真相
「あー、その手があったか。優真って意外と賢いときもあるんだね」
俺のスマホを覗き込んでいたオタクくんが悔しそうに唇を曲げる。〝意外と〟も〝ときもある〟も余計だ。素直に褒められないのだろうか。
「この、『グランド・パトリー』ってとこに記憶の魔女がいるのか?」
「だろうね。ちなみに、『パトリー』じゃなくて『パトリ』ね。フランス語で『故郷』って意味」
二人に構っている暇はない。野々村に記憶の魔女の居場所を共有しようと、今度こそRINEを開く。
ところが、そこで邪魔が入った。スマホが唸るように振動する。画面には『水上春香』の名前とバスケットボールのアイコンが表示されていた。水上からの通話の着信だった。
俺は水上をRINEの友だちに追加した覚えはない。たしか、こういうときは『友だちに追加後に通話が可能です』と表示される仕様だったはず。どうやって掛けてきたのだろうか。
どうしたものかと迷っているとオタクくんが口を挟んできた。
「出たらいいんじゃない? 今なら何でも話してくれると思うし」
「どういうことだ?」
「それが水上春香の〝弱み〟なんだ。まあ、通話の後で説明するよ」
相変わらず勿体ぶった言い方をしてくれる。もやもやしながらも、言われた通りに『応答』のボタンをタップする。
端末を耳に当てると同時に、水上の鋭い声が鼓膜に突き刺さった。
『皆月! その住所を紗代に教えちゃ駄目! お願いだから紗代には何も教えないで!』
金曜日に泣かせたきり、水上とは一度も口を利いていなかった。気まずくて俺が避けていたのだ。
水上だって俺と話したくなかったに違いない。それでも自分から電話を掛けて、必死に頼んできている。それを無下にすることなんてできなかった。
深呼吸を挟んで、静かに声を吹き込む。
「どういうことか説明してくれるか?」
『する! 全部話す! だから、紗代には記憶の魔女の居場所を伝えないで! お願い!』
「俺は、記憶の魔女が見つかったら教えるって野々村に約束したんだ。それを破れっていうのか?」
『そうよ。教えたら……皆月は絶対に後悔する。絶対よ。誓ってもいい』
そこまで断言されるとさすがに恐くなった。どうして約束を守ったら後悔するのだろうか。その答えも聞かなければならない。
『今、どこにいるの?』
「教室にいる」
『分かった。すぐに行く。絶対に紗代に連絡しないで』
一方的に通話が切られ、意識を教室に引き戻される。画面を確認すると、いつの間にか友だちの蘭に『水上春香』の名前があった。
仁が俺のスマホを覗いて片目を細める。
「水上は何だって?」
「全部話すから記憶の魔女の情報を野々村に渡すな、だと」
「なんで水上が、今分かったばかりの記憶の魔女のことを知ってんだよ?」
「それも種明かししてあげるよ。まあ、犯人が来るまで待とうよ」
一人だけ訳知り顔のオタクくんが悠長に言う。名探偵だか頭脳バトルものの主人公だか知らないが、すぐに解説してくれないというなら大人しく待つしかない。
五分もしないうちに水上が教室に駆け込んできた。部活中だったのか、丈の長いタンクトップと七分丈のジャージというダボダボとした恰好だった。
息も整えないまま、水上は噛みつくように問う。
「紗代には連絡してないよね?」
「ああ、してない」
「よかった……」
安心して力が抜けたのか、水上はへなへなとその場に座り込む。彼女が小さいせいもあるが、俺の位置からだと机に隠れて見えなくなった。
「それより、聞かせてくれよ。どうして野々村に連絡しちゃいけないんだ? それから、なんで水上が、俺が記憶の魔女の居場所を掴んだことを知っているんだ?」
「正直には話してくれないだろうし、後者については僕から説明させてもらうよ」
オタクくんが不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。そうして、頼んでもいないのに語りはじめた。
「水上春香が、どうして優真が記憶の魔女に辿り着いたタイミングで連絡してきたのか。どうして優真のRINEの友だちに水上春香が加わっていたのか。どうして白崎智菜から相談を受ける前に姉にコーチの相談ができたのか。どうして先週の月曜日に優真がプレゼントを持ってきたことを知っていたのか。その答えは……水上春香が優真のスマホに監視アプリを入れていたからだよ。RINEの通話やメッセージ、ウェブサイトの閲覧履歴からメールの内容まで筒抜けだったってわけさ」
「えっ」
衝撃の事実に引き攣った声が漏れた。俺が智菜と交わした、あんなメッセージも、あんな会話も、すべて水上に見られ、聞かれていた。もしかしたらエロい画像を保存したことも知られているかもしれない。全身が総毛立つのを感じた。
慌ててスマホ掴み、画面をスライドさせて確認する。けれど、入れるだけ入れてやっていないゲームや随分とログインしていない漫画サービス、三日で読むのをやめたニュース配信アプリなどがごっちゃに並んでいるせいでどれが監視アプリか分からない。ほとんどのアイコンが、見覚えがあるような気もすれば、ないような気もした。
「多くの監視アプリはアイコンを隠せるから見ただけじゃ分からないと思うよ」
「い、いつからだ……?」
「ジャン氏と麻雀したときにスマホを回収されたでしょ? あのときだよ。ジャン氏は水上春香と繋がりがあり、優真が来るのを心待ちにしていた。麻雀でボコボコに、っていうのも本当だったと思うけど、それよりも重要な目的は優真のスマホを水上春香に渡すことだったんだ。走り込みをさせているって言っていた後輩会員も、実際は水上春香に頼まれたバスケ部の新入部員だろうね。優真が信じているから笑いを堪えるのが大変だったよ。話を聞いておおよその推測が立って、返ってきた僕のスマホに何もされていなかったから、優真のスマホに悪戯したんだなと確信したってわけ」
「気づいてたなら言えよ!」
「監視アプリの無断インストールは立派な犯罪。通報されても、訴えられても、水上春香は大打撃を受ける。つまり、簡単には無視できない弱みってことだよ。せっかく弱みを握れたのに手放すわけないでしょ?」
俺はオタクくんを見くびっていた。まさか、ここまで人の心がないとは思わなかった。
「水上春香本人が優真に電話してきたことで弱みは決定的な証拠になった。これでもう、水上春香は僕たちに逆らえない。さあ、知っていることを洗いざらい吐いてもらおうか」
水上が重たい身体を起こすようにして立ち上がる。その表情には諦めよりも疲れが色濃く滲んでいた。
「最初からそのつもりで来たの。あんたに言われなくても全部話すわよ」
「水上は、野々村の能力の副作用も、野々村が笑わない理由も、俺の記憶が欠けていることも、全部知っているのか?」
「うん、そう」
「じゃあ、俺はやっぱり、記憶の魔女に会っているのか?」
水上は俯かせていた顔を上げ、軽蔑するように目を細めた。
「皆月が……皆月みたいなバカが、記憶の魔女を見つけられるわけないでしょ」
今しがた実際に見つけたのにひどい言われようだ。
堪らずオタクくんが割って入る。
「ちょっと待って。優真は記憶の魔女に会っていないってこと? でも、記憶はなくなってるんだよね?」
「ここから先は皆月にだけ話す。通報でも訴訟でも勝手にして。紗代のためにこれだけは譲れない」
「それなら一つだけ教えてよ。どうやってあの短時間で優真のパスワードロックを突破したの? 知ってたのなら、どこでどうやって知ったの?」
水上は答えの代わりに、俺に質問を飛ばした。
「皆月、パスワードは何にしてる?」
言ったらパスワードの意味がないだろ、と思ったが、話が進まないので正直に答える。
「1221」
「……ねえ、それでまだ分からないの? どこまでバカなら気が済むの?」
分からないも何も、パスワードなんて適当に決めたもので何の思い入れもない。どうしてこの番号にしたのかも忘れてしまった。
〝忘れてしまった〟……?
自分の思考に引っ掛かりを覚える。もしかして、このパスワードには何か意味があるのか。その記憶を俺はなくしているのか。
俺の頬を思いきり叩くように、水上は叫ぶ。
「十二月二十一日!」
「…………あっ」
理解した瞬間、息ができなくなった。
どうして気づかなかったのだろう。普段は指紋認証とはいえ、麻雀の後にスマホの電源を入れるときには打ち込んでいたし、本人からもその日付を聞いていたのに。
水上は怒りで歯を剝き出していた。目にぐっと力を入れて俺を睨んでいる。その瞳から涙がこぼれ落ちた。
「紗代の誕生日だよ! バカ!」
続けて、衝撃のひと言が放たれた。
「皆月は紗代と付き合ってたんだよ!」




