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三人寄れば

伏線回収開始

 一人ではいくら考えても(らち)が明かないと判断し、仁とオタクくんに相談することにした。何度も頼って迷惑ではないかとも思ったが、仁は「優真がちっとは元気になったようでよかったぜ」と喜んでくれた。俺は本当にいい友達を持ったと思う。


 月曜日の放課後、俺、仁、オタクくんの三人は教室に集まっていた。今日は司書さんが来ていて司書室が使えないという。オタクくんが「僕の司書室なのにさ」と文句を垂れるのを見て、俺も少し笑顔になれた。


 俺は、智菜が怪我をすることになった経緯から始め、智菜が下半身不随になったこと、治すには野々村の能力に頼るしかないこと、でも智菜はそれを拒否していて、野々村からも治してほしいなら記憶の魔女を見つけてこいと言われてしまったことを説明した。

 話を聞き終えたひと言目に仁は疑問を口にした。


「なんでチナチッタが、野々村が魔女だってことを知ってたんだよ?」


 俺もそれは気になっていた。でも、智菜が話そうとしないなら知りようがない。

 そう思って諦めていたところ、オタクくんが平然と答えを明かした。


「水上春香から聞いたんだよ。コーチを依頼する際に二人っきりで話したんでしょ? そのタイミングだと思うな」

「じゃあやっぱり、水上は野々村が治癒の魔女だと知っているってことか?」

「それはそうだよ。優真もジャン氏から水上春香の過去について聞いたじゃないか。水上春香は野々村紗代に愛犬の病気を治してもらっている。だから野々村紗代が治癒の魔女だと知っているし、副作用についても把握している」

「でも、水上はペットのポン介が治って純粋に喜んでいたって話だったろ? 副作用は能力の使用を躊躇うほど苦しいものらしいんだ。本当に野々村が治したのか?」

「命が助かったんだから喜んで当然じゃないかな。それに、野々村紗代が猫を治したとき、猫は元気に走り去っていたでしょ? たぶん、目に見えるような影響ではないんだよ。たびたび痛みを思い出すとか、PTSDになるとかだったら、根気強く心のケアをすることで改善が期待できるわけだし、そこまで重く捉えなかったとしても不思議じゃないよ」


 そう言われるとそんなような気もしてくる。オタクくんの言葉には妙な説得力があるから不思議だ。

 それならよ、と仁が提言する。


「水上にその副作用ってのが何なのか訊けばいいんじゃねえか?」

「訊いても答えてくれないと思うよ」

「チナチッタには話したのにか?」

「白崎智菜にだけは話せたと考えるべきだね。水上春香が大切にしているのは恩人である野々村紗代なんだ。野々村紗代のために白崎智菜には話した。野々村紗代のために僕たちには話せない。そういう事情があるんじゃないかな」

「オタクくんは水上の弱みを握ったって言っていただろ? それは使えないのか?」

「駄目だね。野々村紗代の過去の交友関係程度なら話すだろうけど、能力の副作用となると家族を人質に取るくらいしないと口を割らないと思う」


 水上から副作用を聞き出せれば智菜を説得することができるかもしれない。そうしたら記憶の魔女に関係なく、野々村は智菜を治してくれる。もうこれしかない、と思っていただけに落胆は大きかった。


「ていうかよ、その弱みってのは何なんだよ?」


 仁の問いに、オタクくんは珍しく唸り声を上げた。


「いやあ、うーん、ちょっとまだ明かすときじゃないんだよね。ぼろを出してくれるのを待っているというか」

「優真が困ってるってのに何言ってんだよ」

「どの道、この弱みじゃ水上春香は喋らないよ。記憶の魔女を探した方が早いと思う」

「どうやって探すんだよ?」

「それを話し合うために集まったんじゃないか」


 そうは言っても、現状、記憶の魔女に関する情報は皆無に等しい。何を話していいかも分からない。


 ふと、野々村から初めて魔女について聞いたときのことを思い出した。議論が停滞するくらいならと思い切って話してみる。


「魔女の探し方を俺なり考えてみたんだが、聞いてくれるか?」

「どうぞ」

「魔女は国に管理されている都合でスマートウォッチを着けさせられているそうなんだ。もし魔女が横浜やそこに近い地域に集められているんだとしたら、同じ端末を着けているやつを探せばそのうち記憶の魔女にも行き着くんじゃないかと考えたんだが……どう思う?」


 オタクくんは表情を動かさずに軽く顎を引いた。


「はっきり言っちゃうと、あまり現実的な案ではないね。純潔の魔女の例があるから捜索範囲は狭く見積もっても神奈川県全域になるし、そもそも特定の地域に集められているとも限らない。仮に神奈川県に固まっているとしても、スマートウォッチみたいなものを着けている人は珍しくもないから苦労すると思う。それに、本人が『そうです。わたしは魔女です』って言ってくれるとも思えないし」

「女子高のあいつはスマートウォッチなんか着けてたか?」

「着けてたよ。ただ、野々村紗代とは違うメーカーのものだった。政府もそれで魔女だと判別できないように配慮しているんだろうね」


 姫路がスマートウォッチを着けていたことには気づかなかった。さすがオタクくん、よく見ている。


「批評はしたけど、魔女の探し方という意味ではいい線行ってると思うよ。魔女が神奈川県に集められている可能性は低くはないし、運がよければいつかは辿り着けるかもしれない。問題はその相手が記憶の魔女ってところだね。苦労して探し出してもその記憶を消されたらまた振り出しに戻っちゃうから」

「無理ゲーじゃねえか」

「うん。だから優真には前にそう言った」


 記憶の魔女は〝会ったことがある〟という記憶を消してしまえる。だから、誰に聞いても情報は得られず、自力で探し出してもなかったことにされる。オタクくんのこの推測が正しければ、記憶の魔女を見つけるなんて不可能としか思えない。

 思わずオタクくんに(すが)るような視線を向ける。と、彼は小さく肩を竦めてみせた。


「無理ゲーかもしれないけど、攻略法がないわけじゃないよ。記憶の魔女の噂があるってことは、そのきっかけになった人物がどこかにいるってことなんだ」

「さっきと言ってること違うじゃねえか」

「違わないよ。記憶の魔女に会った人は記憶を消されているからその人からは何の情報も出てこない。でも、記憶を消された人を知っているって人はいるかもしれない」

「そうか。記憶の魔女に会った本人ではなく、その知人が噂を流したってことならあり得るのか」

「そういうこと。で、その知人経由で記憶を消された人に会えれば、どんな記憶が欠けているのかっていう情報から記憶の魔女に辿り着ける……かもしれない」

「〝かもしれない〟ばっかじゃねえか」

「どういう風に記憶を消されているかによるからね。日記でもつけてくれていたら書いた覚えのない箇所が記憶の魔女への手掛かりになるんだけど、その場合でも〝日記をつけていた〟っていう記憶ごと消されていたらどうしようもないし。とにかく、僕の案は〝記憶を消された人の知人〟を探すってところかな」

「そんなもん、どうやって探すんだよ?」

「ネットで聞き込みするとかかな。あんまりうまく行く気はしないけど」


 オタクくんは自分の案にしっくり来ていないようだったが、俺は素直に感心していた。少なくとも、県内を歩き回って探すという俺のアホみたいな案よりは現実的に思える。


「まあ、記憶の魔女を直接探せた方がいいに決まってるんだけどね。――記憶の魔女について野々村紗代から聞いていることって他にないの? もう少し、ヒントというか、取っ掛かりみたいなものがないと推理するには厳しいよ」

「そんなこと言われてもな……」


 腕を組んで思案する。けれど、いくら思い返してみても野々村がそれらしいことを言っていた記憶は見当たらなかった。野々村だって何の手掛かりもないから俺に頼んだのだ。ヒントなんてあるわけがなかった。


 首を振ろうとしたところで、思わぬ方向から声が飛んできた。


「あ」


 俺とオタクくんが同時に声の主を見る。仁は自分で発したくせに驚いた顔をしていた。


「俺、『記憶の魔女』って言葉になんか聞き覚えがあったんだよな。で、それが何だったのかを思い出した」


 仁はおもむろに財布を取り出し、中から小さな紙を引き抜いた。何かと思ったら牛丼のクーポン券だった。


「これ、優真に返すわ」

「何だよ、こんなときに」


 このクーポン券には見覚えがあった。去年の冬にバイト先で貰って、俺は勤務日割引があるからと仁にあげたのだ。期限は一月十日まで。しっかり切れている。


「ゴミになったものを返すなよ」

「おい、俺は親切心で使わないでやったんだぞ。裏にメモがあったから返してやろうと思ってよ」

「メモ?」


 裏返すと同時に目を見開いた。


『記憶の魔女』、『年齢不明』、『どこかにはいる』、『会っても記憶を消される』、『知っている人物はいない』。


 そんな殴り書きが白紙の裏面に並んでいた。何よりも驚いたのはその文字が見慣れたものであったこと。どう見ても俺の字としか思えなかった。


「なんだこれ? 俺はこんなもの書いた覚えはないぞ」


 仁に説明を求める。すると、またしても想定外の方向から声が上がった。


「うわーっ。ええ? そういうことお?」


 額に手を当てて天を仰ぐオタクくん。何かを把握したらしいが、何をもってその反応になるのかがまったく分からない。

 俺と仁の視線を浴びる中、オタクくんは悔しそうな顔で溜め息を吐いた。


「優真、先に謝っておくよ。ごめん。あと、言い訳をさせてほしい」

「お、おお」

「僕は優真が何か隠しごとをしていると思ってたんだ。だから、それを暴いてから推理ショーでも開いて、矛盾を突きつけるつもりでいたんだよ」

「えっと……? 何が言いたいんだ?」


 オタクくんは悠長に眼鏡を拭いてから、疲れた声で言った。


「優真は記憶を消されてる。たぶん、去年に記憶の魔女を探して、どうやったか辿り着いて、それで記憶を消されたんじゃないかな」

「……え?」


 何を言われたのかすぐには理解できなかった。頭が空白に染まり、その空洞の中でオタクくんの声が虚しく反響している。


 俺が記憶を消されている?

 記憶の魔女を見つけている?

 そんな突拍子もない話を信じろというのか。


 言葉を失う俺に構わず、オタクくんは滔々(とうとう)と語る。


「仁が出したそのメモでようやく分かったよ。探していた形跡はあるのに憶えていないっていうならそうとしか考えられない。ちなみに、さっき言った〝矛盾〟っていうのは麻雀のことだよ。優真、去年は三麻をしてたって言ってたよね?」

「あ、ああ。それがどうした?」

「三麻じゃなくて四麻のときはあった?」

「いや――」

「噓は吐いてないみたいだね。じゃあやっぱり記憶がないんだ」

「え? は? どういうことだよ?」

「ジャン氏は僕らと四麻をするときに、『優真との卓で役満と三暗刻を除くすべての役を達成している』と言ったよね。でも、これはおかしいんだ。三麻なら萬子(マンズ)は1萬と9萬しか使わないから三色同順は存在しない。せっかく四麻になって役のコンプリートを目指そうっていうのに三色同順をカウントしないなんてあり得ないんだよ」


 三色同順は萬子、筒子(ピンズ)索子(ソーズ)の三種類の数牌で同じ数字の三連番を揃えるアガリ役だ。オタクくんの言う通り、三麻ではどう足搔いても成立しない。なのに、どういうわけか俺は、ジャンの言葉に違和感を覚えなかった。


「だから、優真が僕に知られたくない人を連れていったんだと思ってたんだけど……まさか記憶を消されていたとはね。やられたよ」

「おい、麻雀の話は分かんねえって」

「仁、麻雀くらい憶えておきなよ。一般教養だよ?」

「そんなことねえだろ」


 仁とオタクくんが言い争っているが、俺はそれどころではない。記憶が消されていると知らされて、落ち着いていられるわけがなかった。


 自分の人生の一部が切り取られ、削除されている。そう考えた途端、自分の何もかもが信じられなくなった。俺は本当に皆月優真なのか。自信を持ってそう言えるのか。足元が崩れ落ちるような恐怖に、ガチガチと奥歯が鳴った。


 問題は何の記憶が消されているのかだ。

 俺が消されたのは記憶の魔女の記憶だけなのか。それとも、もっと重要なことも忘れさせられているのか。そして、俺が一緒に麻雀をした人物とは誰なのか。それが記憶の魔女なのか。


 俺が疑問を口にするより早く、オタクくんが答えを提示した。


「優真が一緒に麻雀をしたのは野々村紗代じゃないかな」

「野々村が……? でも、野々村は記憶の魔女じゃないだろ?」

「記憶の魔女が〝魔女に関するすべての記憶〟を消したとしたら、優真からは〝治癒の魔女である野々村紗代〟の記憶も消されたことになるよ。優真が去年同じクラスだった野々村紗代を憶えていなかったのもそのせいだと思う」


 理屈は分かるのに頭が追いつかない。意識だけが置き去りになって宙でもがいているような感覚だった。


 どうして俺が野々村と麻雀をするのか。何があったらそんなことになるのか。俺はいったい、野々村とどんな関係だったのか。


 分からない。恐い。知りたくない。


 けれど、知らなければいけないような気がした。


 答えを知る方法は考えなくても分かる。野々村に訊けばいいのだ。恐らく、野々村はすべてを知っている。

 野々村が俺に、記憶の魔女を見つけても会おうとするな、と言った理由もこれで説明がつく。一度記憶を消されているから、同じ失敗を繰り返さないように忠告したのだろう。


 スマホを取り出し、野々村に連絡を入れようとする。何をどう訊くのかは決まっていない。気持ちだけが先走って手が勝手に動いていた。


 RINEを起動しようとしたのに、指が震えてウェブブラウザのアイコンをタップしてしまった。そうして開かれたサイトを見て――、


 頭の中に白い光が駆け抜けた。


「あ!」


 今度は俺が悲鳴を上げる番だった。


 ぼおーんと耳鳴りがして、世界の音が遠ざかり、意識が白く染まっていく。閃光の軌跡が脳に焼きつき、そこから殻が割れるようにして情報が溢れ返った。


 濁流の中で目を凝らすと、その奥底で、確信が顔を覗かせていた。


 これだ、と口の中で呟いていた。


 ようやく触れられたヒントを手離さないように、慎重に引き寄せ、パズルを組み合わせるように静かに並べていく。


 俺が誤って開いたサイトは『失せもの屋』だった。

 失せもの屋はその人の所有物しか探せない。だから、いくら記憶の魔女の居場所を訊いてもまともな答えは返ってこなかった。


 だが、俺の記憶ならどうだ? なくなった俺の記憶は〝俺の所有物〟と言えるのではないか。

 そして、オタクくんによれば、記憶の魔女は『特定の記憶について消したり、逆に忘れていることを思い出させたりできる』という。この世界でただ一人、記憶の魔女だけが、なくなった俺の記憶を持っているのだ。


 もしかしたら……もしかするかもしれない。


『皆月優真のなくなった記憶』


 気がつけばそう打ち込んで送信していた。

 まるで俺の連絡を待っていたかのように、返事のメールはすぐに届いた。


『〝物〟ではないため、今回は特別に料金をいただかないことにします。神奈川県横浜市横浜区中星167―8 GRAND PATRIE G 109号室。そこにいる人に頼めば、あなたがなくした記憶が手に入ります』


 見つけた!


 俺はついに、記憶の魔女の居場所を突き止めたのだった。

物語には直接関係のない補足

失せものの魔女は探す物体に応じて自分に副作用が出るようになっています。料金を取らなかったのは副作用が発生しないためです。

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