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またしても魔女

 五時限目の体育に遅れてきた仁は疲れた顔で頭を振った。ネックレス奪還作戦は失敗に終わったようだ。


「次は〝確実な方法〟だね。放課後は空けられる?」


 オタクくんがそう言ってきたので、智菜の誕生日パーティーは延期することにした。


 智菜にどう切り出そうかと頭を悩ませていたら、授業後、更衣室の前で智菜に声をかけられた。下がり気味の眉と申し訳なさそうな笑みに、急ぎの用件であると察する。


「ねえ優真。謝りたいことがあるんだけどいい?」

「奇遇なことに俺もあるんだ。謝りたいこと」


 樋口のせいで俺たちが付き合っていることは割と広まってしまっている。とはいえ、空き時間にイチャイチャしていると思われるのも嫌なので、人目から逃れるように階段の方に移動した。

 お先にどうぞ、と手振りで示すと、智菜は両手を合わせて目を瞑った。


「ごめん、今日のデートなしにしてもらっていい? 急に部活のミーティングが入っちゃって」

「強制参加なのか?」


 智菜の方から断ってくれるなら都合がいいが、誕生日パーティーがなくなって喜ぶわけにもいかないのでそう訊いてみた。咄嗟(とっさ)にしてはいい判断だったと思う。


 智菜は自分の前髪を見上げるように顔をしかめた。


「強制じゃないんだけど……コーチのことで話し合うって言うから出ないわけにはいかないんだよね。たぶん、水上のお姉さんが学校に連絡を入れたんだと思う」

「やっぱり断るつもりなのか?」

「うん。絶対に嫌」

「俺が頼んでも?」

「いくら優真の頼みでもこればっかりは無理」


 智菜の意思は固い。説得するにはもう少し時間を置くしかないようだ。


「そういうわけだから、今日は無理になっちゃった。ごめん」

「まあ、誕生日パーティーはいつでもできるしな。部活優先でいいよ」

「ありがと。大好き」

「学校ではそういうのやめろって」


 慌てて周囲を見回したが誰にも見られていないようだった。些細(ささい)な愛情表現を許すと、智菜は学校でも構わず「キスしよ?」とか言ってくる。憶測ではなく、一度実際に言われたことがある。何度でも言うが、学校とプライベートはしっかり分けたい。

 智菜は悪びれるどころか悪戯(いたずら)っ子の顔をしている。からかって楽しんでいるようだ。


「それで相談なんだけど、明日、部活が終わるまで待っててくれない? 一緒に帰りたいから」

「珍しいな。いつもは嫌がるのに」

「シャワー浴びてメイクも直すから平気。その分遅くなっちゃうけどいい?」

「日付が変わるまでなら待てる。それ以降は厳しいな」

「そんなに遅くなるわけないじゃん」


 ばちん、と肩を叩かれた。痛いんですけど。


 ヤバい、早く着替えないと授業に遅れるぞ、と焦る演技をして話を打ち切った。俺の〝謝りたいこと〟は秘密にしておこう。



 放課後、オタクくんの号令で俺と仁は司書室に赴いた。カウンターに座る女子生徒が困惑していたが、会釈で強引に乗り切った。


 全員が定位置に着いたのを確認して鞄からペットボトルのコーラと緑茶を取り出した。それぞれ、仁への労いとオタクくんへの誕生日プレゼントのつもりだった。


「二人とも、俺のために無茶をしてくれてありがとう。ついでにオタクくんは誕生日おめでとう」

「『無茶』と『お茶』を掛けているわけだ。面白いね」

「違う。やめろ」

「すまん、優真。俺にはこれを貰う資格がねえ」

「え、じゃあ僕にちょうだいよ。仁からはまだ誕生日プレゼント貰ってないし」


 オタクくんを無視し、仁がコーラの蓋を開ける。資格はないがしっかり貰うらしい。

 ひと口飲んでから仁は事情を説明した。


「実は、ネックレスは見つけたんだ。野々村の鞄に入ってた」

「え?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。耳に残る音を反芻(はんすう)して、ようやく言葉を理解する。


 盗まれた俺のネックレスを野々村が持っていた。なら、野々村が盗んだ犯人だったということか。

 仁がその目で確かめてきたのだから間違いないのだろう。でも、俺は信じたくなかった。誰かの痛みを想像するだけで震える野々村が盗みをはたらくなんて、あり得るわけがない。


 仁は溜め息を挟んで続けた。


「シルバーのチェーンも、しずくのモチーフも、緑っぽい宝石も、完全に優真が言っていた特徴と一致していた。だからあれは優真のものだと思う。ただ、箱には入ってなくて、そのまま鞄に入れてあったんだよ。そんな偶然あるかって話なんだけどよ、もし万が一、優真のじゃなかったらと思ったら回収はできなかった。すまん」


 野々村が盗んだとは信じられないのに、そのネックレスは俺のだという確信があった。決め手は宝石の色だ。野々村は青が好きで、誕生月は十二月。十二月の誕生石はターコイズ、タンザナイト、ラピスラズリ、ジルコンの四種類で、いずれも青系の宝石だ。一昨日、アレキサンドライトの宝石言葉を調べるついでに知ったばかりなのだから間違いない。つまり、野々村が自分で選んだにしても、誰かにプレゼントされたにしても、そのネックレスにアレキサンドライトが付いているのは不自然なのだ。そもそも、チェーンの色やモチーフまで一緒なんて偶然にしては出来すぎている。


 ショックで口も利けなくなっている俺をよそに、オタクくんは呑気(のんき)に語る。


「箱が見つかったときだけ回収するっていうルールだったんだし、正しい判断だったと思うよ。それに、野々村紗代が優真のネックレスを持っていたのは事実かもしれないけど、野々村紗代が犯人ってわけじゃないかもしれないし」

「あ? どういうことだよ?」

「僕はやっぱり水上春香が犯人だと推理してるんだ。だから、水上春香が野々村紗代にプレゼントしたか、勝手に鞄に入れたんじゃないかと思ってる。箱がなかったのもそれで説明がつくしね」

「犯人が誰かなんてどうでもいいって」


 その話をそれ以上聞きたくなくて口を挟んだ。少し棘のある言い方になってしまった。

 呼吸を意識して言葉を足す。


「俺はネックレスを取り戻したいだけなんだ。事を荒立てるつもりも、誰かを責めるつもりもない」

「分かってるよ。そのために準備もしておいた」


 オタクくんがスマホを取り出し、画面をこちらに向ける。そこにはクラスのグループRINEが表示されていた。

 六時限目の前にオタクくんはクラス全体に向けてメッセージを送っていた。内容は、『今日、教室で落とし物をしました。拾得した方はネコババせずにこっそり返してください。落とし物には仕掛けがしてあるので必ず見つけられます。よろしくお願いします』というもの。俺ももちろん見ていたし、リプライはないが既読もけっこうな数が付いていた。


「こんなんで返してくれるってのか? 見てないかもしれねえのに」


 俺が思ったことを仁が訊いてくれた。オタクくんはあっさりと頷く。


「盗んだ犯人はいつ優真が騒ぎ出すかびくびくしているはずだから、グループRINEには敏感になっていると見て間違いないよ。〝仕掛けがある〟なんて言われたら噓だと分かっていても恐くなるものだし、だからこそ〝今なら騒ぎにしないであげる〟っていうメッセージも読み取ってくれたと思う」

「でも、まだ返ってきてねえだろ?」

「返ってこなくてもいいんだよ。重要なのはネックレスが犯人の手から離れることだから」


 わけが分からず俺と仁が顔をしかめていると、オタクくんはスマホを操作し、今度はウェブページを表示させた。黒背景に金のゴテゴテしたフォントで記されたそのサイトのタイトルは『失せもの屋』。下にスクロールすると、サイズがバラバラの文字で『究極の霊視能力』とか、『見えました』とか、『ここに答えがあります』とか、オカルトチックなワードが並んでいた。こんなの誰が引っ掛かるんだ、とツッコミを入れたくなる、明らかに胡散(うさん)くさいサイトだった。


「まさか、こんなヘンテコなサイトにネックレスがどこにあるか占ってもらうってんじゃねえだろうな?」

「そのまさかだよ」


 オタクくんは得意げに口角を上げた。


「ここはただの占いサイトなんかじゃない。魔女が運営する、失くしもの専門のオンライン探偵事務所なんだ」


 また魔女だ。野々村や姫路という実例を知っているだけに、噓だと切り捨てることはできない。


「まあここを読んでみてよ」


 言われるまま、『当サイトの利用方法』に目を通す。


 当サイトは会員制です。会員になるには会員の方からの紹介が必要になります。

 月額料金は500円(税込)です。なお、一度退会すると再び会員になることはできません。

 依頼ごとに料金が発生します。この金額は占う内容に応じて都度決めさせていただきます。

 当サイトで占えるのは『失くしもの』の場所のみです。恋愛相談などは一切行っておりません。

『失くしもの』とは〝会員様ご本人の所有物〟と定義しています。このため、家族や恋人を含め、人物を探すことはできません。また、代理の方のご依頼は受け付けられません。

 会員様ご本人の所有物であってもお断りさせていただく場合がございます。ご了承ください。

 ご依頼は専用フォームから行っていただきます。当日、ないしは一営業日中に料金を提示させていただきますのでお支払いをお願いいたします。お支払いの確認が取れましたら占いの結果をご連絡差し上げます。

 料金の提示から二時間以内にお支払いが確認できなかった場合はご依頼を無効とさせていただきます。再度専用フォームからご依頼ください。

 クレーム、お支払い後のキャンセル、返金等は承っておりません。

 占いの結果はメールにて文字ベースでお伝えさせていただきます。具体的に場所を明記させていただきますのでご安心ください。


 俺たちが画面から顔を上げると、オタクくんは眼鏡を押し上げて微笑んだ。


「ね? 魔女がやっているとしか思えないでしょ?」

「どの辺が?」


 仁と同じく、俺もこの説明書きだけで魔女が運営していると決めつけるのは難しいと思った。失くしもの限定というのはたしかに奇妙だが、適当なことを言って金だけ奪い取る詐欺サイトのように見えなくもない。


 がっかりだよ、とでも言いたげな顔でオタクくんは溜め息を吐いた。


「じゃあ、魔女だという根拠を説明するよ。もし詐欺サイトなら会員制にするのも、物だけ探すのも、本人からの依頼しか受け付けないのも道理に合わないんだ。これらが能力を使う条件に絡んでいるからだと僕は考えている。それから、依頼ごとに料金を請求して、それを先払いさせるっていうのもおかしいよ。物品に応じて一律いくらにしないのは受けられる依頼しか受けないためで、先払いは絶対に見つけ出す自信があるからだと思う。クレームには対応しません、なんて強気なことが言えるのも、政府のバックが付いているからじゃないかな」

「全部予想じゃねえか。そもそも、そんな魔女が本当にいるのかよ?」

「何言ってるのさ。図書館で見せたサイトを忘れたの? 『失くしものを見つける能力』の申告があったって書いてあったでしょ? 僕はその情報を頼りにこのサイトを見つけたんだ」

「あっ」


 驚きが声になって口からこぼれ出た。そういえばそんなことが書いてあった気がする。だとしたら失くしものを探し出す魔女は実在する。このサイトも急に本物らしく見えてきた。


「失せものの魔女は存在していて、このサイトを運営している。僕も会員になって試したから間違いない」

「なんだよ、試したならそう言えよ」


 オタクくんが実証済みなら反論はない。というか、反論の余地がない。仁が文句を言いたくなる気持ちもよく分かった。


「というわけで、〝確実な方法〟っていうのは失せものの魔女に依頼することだったんだ。僕の紹介で優真が会員登録して依頼を出せばあとは待つだけ。学生なのか、昼夜逆転の生活をしているのかは知らないけど、だいたい夕方には返事が来るよ」


 他に頼れるものもないし、騙されたと思ってオタクくんの指示に従った。住所、氏名、生年月日、電話番号、メールアドレス、紹介者の会員番号を入力し、月額利用料を電子決済するとすぐに自動返信メールが届き、会員登録が完了した。続いて依頼フォームで、失くした場所や日時、ネックレスの特徴を書き込む。作業はこれだけだった。


 オタクくんが、ネックレスは学校のどこかに隠されていると思うと言うので、失せものの魔女から返事が来るまで三人でトランプをした。大富豪、七並べ、ポーカー、ダウトと思いつくゲームを適当にやってみたが、そのすべてでオタクくんが勝利した。びっくりするくらい面白くなかった。


 陽射しに茜色が混ざりはじめた頃、失せものの魔女からメールが届いた。『お引き受けいたします。料金は2000円(税込)です』という簡素なメッセージだった。

 電子決済で依頼料を支払い、再び待つ。対応が早かったからか、五分もしないうちに結果が返ってきた。


『二年二組の教室の後方、033番のロッカーの中にネックレスはあります。小箱も一緒です。ビニール袋に入っていて分かりにくいかもしれませんのでご注意ください』


 俺の高校では生徒一人ひとりに出席番号に対応したロッカーが割り当てられている。その存在や場所を言い当てたことももちろん驚きだが、それよりも衝撃的なのはその番号だった。

 横から覗き込んでいた仁が呟く。


「三十三番って誰だ?」

「俺だよ」


 俺がなくしたネックレスは俺のロッカーに入っているらしい。


「優真がロッカーに入れたのを忘れた、ってオチじゃねえだろうな?」

「ロッカーになんて入れていないし、ビニール袋も知らない」

「野々村紗代が持っていたんだから優真がロッカーに入れたわけじゃないよ。とりあえず、失せものの魔女の言うことが正しいかどうか、確かめに行こうよ」


 三人で教室に戻り、該当のロッカーを開ける。教科書や辞書、書道セット、スマホの充電器などを手当たり次第に引っ張り出すと、仕切りの網の下に白いビニール袋を見つけた。四角く硬い感触に、これだと確信する。

 ビニール袋から出てきたのは、水色のリボンでラッピングされた白い小箱だった。ブランドのロゴも入っている。盗まれたアクセサリーで間違いなかった。


「すげー。ほんとにあった」

「だから確実だって言ったでしょ。それより、気になるのはその曲がったリボンだよ。やっぱり一度、野々村紗代の手に渡ったんだろうね。念のため中身も見た方がいいよ」

「あ、ああ」


 なんとなく二人に智菜のプレゼントを見られるのが嫌で、背を向けてこっそり確認する。リボンを解いて箱を開けると、ネックレスは傷も汚れもなく、きれいに収まっていた。アレキサンドライトの淡いエメラルドグリーンの輝きに、ほっと安堵の溜め息がこぼれた。


 どうして俺のネックレスを野々村が持っていたのかは分からない。誰が盗んだ犯人で、何の意図があったのかも不明。ただ、もし知る機会があっても、俺は聞きたくないと言うだろう。

 ネックレスが無事に返ってきた。これで智菜にプレゼントすることができる。その事実だけで俺は満足だった。



 夜十時過ぎに智菜から電話が掛かってきた。今日、デートをドタキャンしたことを謝りたかったらしい。

 俺はちょっと眠かったのだが、智菜が切りたがらないので長電話になってしまった。


 今日はごめんね。気にしてないって。ミーティングはやっぱり水上のお姉さんの件だった。どうなったんだ? 頑張って説得して断る方向に持っていった。それはすごい。どう説得したと思う? ギブ。降参早いって。正解は? ここまであたしたちだけでやってきたのに手柄取られるみたいでやじゃないですかって言った。将来は弁護士かな。ならないし。俺、昔は弁護士になりたかった気がする。噓ばっか。バレたか。明日、ちゃんと待っててくれる? 待つよ。何して待つの? 仁とバレーでもするかな。今度あたしも混ぜてよ。いいぞ。約束ね? ああ、約束する。ねえ、あたしに言いたいことある? あ……。どーぞ。誕生日おめでとう。くふふ、ありがと。危なかった。このまま切ってたらビンタしてた。本当に危なかった。もう一個言いたいことがあるんじゃない? 好きだ。惜しい。大好きだ。もう一声。愛してる。はい合格。さすがに間違えられないからな。二回間違えてますけどー? 間違いじゃないだろ。一発合格してもらわなきゃ困るんですけどー。それはごめんなさい。仕方ないから許してあげる。寛大な処置に感謝します。じゃ、おやすみ優真。おやすみ智菜。


 そんな、他愛なくて幸せな会話をして電話を切った。二時間も通話したせいで身体がだるい。どうして女子はこんなに疲れることを嬉々として続けられるのか。永遠の命題である。


 もう一度ネックレスの箱が鞄に入っていることを確かめ、何て言って渡そうかと考えながら眠りに就いた。


 けれど、その日も、その次の日も、そのまた次の日も、俺は智菜にネックレスを渡すことができなかった。


 約束の当日、智菜は部活中に大怪我をして、病院に搬送された。

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