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彼氏の務め

本日は2話更新です。

 智菜を見つけ出すため、俺は体育館に足を向けた。チアリーディング部はトレーニングルームか多目的ホールで活動している。部活に出ているかは分からないが、部員に聞けば目撃情報くらいは得られると考えたのだ。


 女子の集団に飛び込んで話しかけるのは慣れている。というか、女子バレー部に慣れさせられた。問題はそこに樋口がいることだった。

 チアリーディング部には去年同じクラスだった樋口という女子がいる。彼女は智菜と特に仲がよく、智菜から恋愛の定時報告を受けているらしい。このため、俺は顔を合わせるたびに色んなことを訊かれるのだ。「智菜と付き合ったんだって?」「繁華街行ったんだって?」「キスしたんだって?」ちょっと、いや、かなりうざい。俺はどこまでしたみたいな話は恋人の間で留めておきたいから自分から言ったりはしない。なんなら付き合ったことも二人だけの秘密にしておきたかった。ところが、智菜が樋口に話し、樋口が別の女子に話し、それが仁の耳に入り、俺はその場にいたオタクくんにもまとめて白状しなければならなくなった。女子という生き物は「誰にも言わないでね」という枕詞を付ければ誰に言ってもいいと思っている。「誰にも言わないでね」って言われたのなら誰にも言うなよ。


 今顔を合わせれば「エッチしたんだって?」と訊かれることは目に見えていた。他に想定される質問は、「可愛かった?」「どうだった?」「やっぱりチアの衣装着てもらってしたいって思う?」などだろうか。うん、言いそう。女子ってなんであんなに下ネタが好きなんですかね。

 とはいえ、背に腹は代えられない。俺の体験談と引き換えに智菜の居場所が掴めるのなら安いものだ。


 覚悟を決めてトレーニングルームのある地下へ向かおうとしたところ、階段で仁に出くわした。「あ!」と指を差してくる。目が吊り上がっているので、会えて嬉しい、という感じではない。ここで会ったが百年目、という感じだ。


「おい優真。チナチッタと何があったんだよ? 俺はとばっちりを受けたんだぞ」


 思わぬところで目撃情報が舞い込んできた。


「智菜に会ったのか?」

「さっき体育館前でな。泣きながら怒ってて、いきなり『仁は知ってたの?』って訊かれた」

「知ってたって、何を?」

「俺も『何を?』って訊いた。そしたら『優真のこと』って言うんだよ」


 俺? 俺のことって何だ?


「『優真のことって何だよ?』って感じだよな。だからそう訊いた」

「それで?」

「『死ね!』って言われた」


 ええ……かわいそ。


「智菜がどこに行ったか知ってるか?」

「そのまま坂を下りていったから帰ったんじゃねえかな」


 どうやら智菜はもう学校にはいないらしい。危ない。恥ずかしい思いだけして何も得られないところだった。


「サンキュー、仁」

「さっさと仲直りしろよな」


 仁の声に背を押され、俺は学校を後にした。

 智菜の家に行くことも考えたが、泣き腫らした顔の智菜が会ってくれるとは思えず、まっすぐ帰宅することにした。


 夕方、頃合いを見て『電話していいか?』とメッセージを送った。すぐに既読が付いたが、返事は『話したくない』という簡素な文章だった。普段は絵文字がもりもりなのに文字だけ。これは由々しき事態だ。

 通話は拒否されたが、幸い返信はしてくれる。ここは根気強く慰めるところから始めよう。


『水上に変なお願いをされたんだって? そんなにひどい内容だったのか?』


 一分待ってみたがこれには返事がなかった。幸先が悪い。


『水上の言うことなんて気にすることないぞ。本人も忘れてほしいって言ってたし』

『忘れるとかそういう問題じゃない』

『まあ、謝っても済まないことってあるよな。怒らせるようなことを言った水上が悪いと俺も思うよ』


 送ったそばから既読が付く。膝を抱えて画面を見つめる智菜が想像できた。


『とはいえさ、水上のお姉ちゃんにまで怒ることはないんじゃないか? 水上のお姉ちゃんはチア部のコーチを引き受けるって言っているそうだぞ。チア部の安全のためにもコーチはやってもらったらいいじゃないか』

『無理』

『どうして?』

『水上の紹介なら受けない。もうコーチなんて要らない』


 強情だなあ、と溜め息を吐く。通話じゃなくてよかったのかもしれない。


『でも、危険な技をやるんじゃなかったか? 部員に何かあったら智菜だって嫌だろ?』

『あたしが一番にマスターしてみんなに教えるから大丈夫。コーチがいないチア部なんて珍しくもないし』

『それで智菜に何かあったらどうするんだよ?』

『あるわけないじゃん。心配しすぎ』


 あるわけないってことはないと思うのだが、言葉にしたら現実になりそうで恐くて、打ち込んだ文字を慌てて消した。


『分かったよ。それなら俺がまたコーチをしてくれそうな人がいないか探してみる』

『いい。コーチは要らないんだってば』


 水上のお姉ちゃんの知り合いを紹介してもらおうと企んでいたのだが、どうやらそれも難しいようだ。

 今日のところは説得は無理だと判断した。日を改め、智菜が冷静になったときにまたチャレンジするしかないだろう。


 次に何を打とうかと考えていたら、智菜の方から『ねえ』とメッセージが飛んできた。


『あたしのこと好き?』


 急に何を言い出すのか。困惑しながらも急いで打ち込む。


『好きだよ』

『愛してる?』

『愛してるよ』


 送信ボタンを押したとき、押してしまった、という罪悪感のようなものが胸を掠めた。


 智菜のことは愛している。でも、俺は〝愛〟が何なのか分からない。分からないのにこの言葉を使ってしまってよかったのだろうか。そういう迷いのようなものがちらついていた。恥ずかしいとか、照れくさいとか思うのも、本当の意味が分かっていないからなのかもしれない。


 智菜のメッセージはそこで途切れた。実を言うと、『あたしも』と言ってくれることを期待していた。まあ、いつも言われているので多くは望むまい。


 せめて智菜に元気になってもらおうと、明るい話題に切り換える。


『来週の月曜日は空いてるよな?』

『うん』

『二人で智菜の誕生日パーティーをしよう。ケーキ買ってカラオケに行ってさ、喉が()れるまで騒ぎまくろう』

『うん』

『プレゼントもそのとき渡すから、楽しみにしててくれ』

『だから』


 思わず打ち込んでしまったのか、続きの言葉にしばらく間があった。

 一分も経ってからメッセージが表示される。


『そういうのは当日のサプライズにしてよ。驚けないじゃん』


 語尾には汗の絵文字が付いている。よかった。少しはいつもの調子を取り戻してくれたみたいだ。


『申し訳ありマンチカン』という台詞が入った猫のふざけたスタンプを送って、会話を終えた。

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