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いざ、麻雀対決

 放課後、俺とオタクくんの二人で隣のクラスに足を運んだ。ホームルームが長引いたのでジャンが既に帰ってはいないかと不安だったが、彼はまるで俺たちを待っていたかのように席に座っていた。


「待っていたぜ、優真」


 待っていたかのよう、ではなく、待っていたらしい。


「待っていたって? なんでだよ?」

「俺の勘が来ると言っていたのさ。雀士は勘が鋭いんだ」


 オタクくんと似たようなことを言う。そういうのは一人で十分なのだが。


 俺とジャンが話していると、のっそりとした動きで細田が現れた。『細田』の名に似合わず太い男で、頭を坊主にしている。細田は普段から口数が少なく、麻雀でもあまり鳴かない。何を考えているのか分からない男だ。

 一方のジャンは中肉中背、ツンツン頭の男で、まあよく喋る。麻雀中もうるさい。二人が揃うと傲慢(ごうまん)なスネ夫と無口なジャイアンのようである。いや、スネ夫は元から傲慢だったか。


 俺たちに割り込む形でオタクくんが前に出る。


「僕は『オタクくん』。君たちを倒して、ある情報を貰いに来た」


 オタクくんはやっぱり『オタクくん』で通すらしい。仲間意識でも芽生えたのか、ジャンは肩を揺らして含み笑いをした。


「面白いな、お前。そこまで言うからにはちゃんと強いんだろうな?」

「もちろん。麻雀では負けたことがないよ」


 やったことないんだから当たり前だろ。


「俺も本気を出すしかないってわけか。いいだろう。付いてこい」


 案内された先は別棟にある地学準備室。ここが麻雀同好会の活動場所だ。スチールの机が二つあり、本棚にはびっしりと資料が詰まっている。部屋の隅には全自動麻雀卓が置かれていた。

 ジャンが全自動麻雀卓を引っ張り出し、慣れた手つきで用意を始める。

 風牌を混ぜて卓の四辺に割り振り、席を決定する。地学準備室の扉側が細田、そこから反時計回りにオタクくん、ジャン、俺の並びとなった。

 全員に席に着くように促すと、ジャンはオタクくんに鋭い視線を送った。


「先に賭けの話をしよう。半荘(ハンチャン)でレートはテンゴ。25000点の30000点返し。ウマはゴットー。そこにお前の要求が乗る。何の情報が欲しいんだって?」

「僕が勝ったら水上春香について知っていることをすべて話してもらう」


 面食らうと思ったのに、意外にもジャンは表情を崩さなかった。既に臨戦態勢に入っているようだ。


「水上は俺の幼馴染だ。何でも知っている。だからこそ、負けるわけにはいかないな」


 ジャンが何やらカッコいいことを言ったそのとき、地学準備室のドアが静かに開かれた。

 見れば、ジャージ姿の見慣れぬ女子生徒が立っていた。セミロングの黒髪で平均よりは背が高い。手には小さな段ボール箱を抱えている。


 まさか賭け麻雀の摘発か、と身構えたが、どうやらジャンの知り合いのようだった。ジャンが女子を手招きする。

 誰? と目顔で問うと、ジャンは平坦な口調で答えた。


「麻雀同好会の新入会員だ」

「会員は集めていないんじゃなかったか?」


 ジャンは『麻雀同好会』が『麻雀部』になることを恐れていた。理由は、『会』が『部』になるとジャンの役職が『会長』から『部長』になってしまうから。企業では会長の方が部長より圧倒的に偉い。だから会長がいい、らしい。意味が分からない。


「俺も後輩が欲しくなったんだ」

「なんでジャージなんだよ?」

「走り込みをさせているんだ」


 麻雀関係ないだろ。可哀想に。


 ジャンは女子から段ボール箱を受け取り、俺たちの前に差し出した。


「正真正銘、イカサマなしの真剣勝負だ。全員スマホを預からせてもらう」

「前はそんなことしなかっただろ」

「今回は特別だ。俺も負けられないものを賭けている」


 スマホを持っていたところでイカサマなんてやりようがない。牌効率計算ツールだって入力している暇がないから役に立たないし、そもそもそんなものに頼っていては勝ちようがないのだ。

 明らかに怪しい。


「オタクくん、どうするよ?」


 助けを求めるとオタクくんは肩を竦めた。


「何か裏があるんだろうけど、面白いから乗ってみようよ。電源を落としておけば問題はないだろうし」


 オタクくんがそう言うならと、電源をオフにして箱にスマホを入れる。四人分のスマホが揃うと、新入会員の女子は段ボール箱を抱えて退出してしまった。


 卓から牌が迫り上がり、サイコロが振られる。東一局の親は細田に決定した。


「よろしくお願いします」


 四人が声を合わせて礼をし、山から牌を取っていく。オタクくんは初めてのはずなのに手際がいい。頼もしい限りだ。

 手元で牌を並び替えながらジャンが口を開く。


「優真。今日、俺は三暗刻(サンアンコ)でアガってコンプリートを目指す」

「コンプリートって?」


 事情を知らないオタクくんが訊ねる。ジャンは、ふ、と前髪を払った。


「去年、俺は優真との卓で役満と三暗刻を除くすべての役を達成しているんだ。今日、三暗刻を決めればコンプリートってわけさ」

「そんなわけないでしょ」

「いや、オタクくん、噓でもハッタリでもないぞ。悔しいが実際にやられたことなんだ。ジャンは強いだけでなく、運も持っている」

「そういう意味じゃないんだけど……まあいいや」


 じゃあどういう意味だ、と気になったが、細田が牌を切ったことで戦いの火蓋が切られてしまった。

 早々に仕掛けてきたのは細田。9(ソー)を切ってのリーチ。しかし、放銃を恐れ、全員が下りたことで流局となる。


 点数に大きな動きがあったのは次の局だった。今度はオタクくんのリーチ。河の牌は種類が少なく、手を読むことはできない。警戒して現物や筋を切っていると、オタクくんが手にした牌を卓に叩きつけた。


「ツモ!」


 全員の視線が開かれた手牌に集中する。リーチ、ツモ、タンヤオ、赤ドラ2。30符5翻8000点。満貫だ。きれいな三面待ち。だが、着目すべきはツモ牌と河であった。

 オタクくんがツモった牌は5(ピン)。これで3、4、5の形が作られているが、オタクくんの河には2筒が捨てられている。これはフリテン、つまり他人の捨て牌でロンアガリできないテンパイだ。


 チッ、とジャンが舌打ちする。


「フリテンかよ」

「フリテン多面待ちこそ麻雀の真髄だよ。待ち牌を増やし、得点を高め、放銃を必死に避けようとする相手を嘲う理想形。安牌(あんぱい)を探している三人を僕は鼻で笑っていたんだ」


 言いたいことは分からなくはないが、アガリ牌を捨てなければもっと早くアガれているのだから真髄ではないと思う。

 ただ、この煽りはジャンにクリーンヒットしたようだ。ジャンが点棒を卓上に投げつける。マナー悪いな……。


「俺たちを笑うためにわざとフリテンにしたってのか。ふざけやがって」

「こんなことで心を乱しているようじゃ大したことないね。麻雀は四人で戦うという性質上、75パーセントはアガれないゲームなんだ。勝敗を決する要素は実力が一割、運が二割、そして精神力が七割だと僕は考えている。つまり……ジャン氏、君は僕には勝てないよ」


 ここぞとばかりに煽り散らかすオタクくん。味方でも鬱陶(うっとう)しいが、敵だと殺意を覚えても仕方がない。

 ジャンはクールダウンするように細く長い息を吐き出し、低い声でオタクくんに訊ねた。


「実力はあると認めてやるよ。お前、名前は?」

「今一度名乗ろうか。『オタクくん』だよ」

「本名は『太田』だぞ」


 勝手に盛り上がっているので水を差した。このテンションには付いていけない。

 ところがこれは逆効果だった。


「〝オオタ〟だと……? まさか、『太い田んぼ』の『太田』か?」

「あ、ああ」


 ジャンは目を見開き、対面に座る細田を見やる。続いて握り締めた拳を卓に打ちつけた。


「くそっ。細田が名前負けしてやがる……!」


 名前負けってそういう意味じゃないだろ。


 そんな感じでオタクくんとジャンが口喧嘩をしながらゲームは進んだ。

 俺は大きな放銃を食らわないように注意しつつ、小さなアガリを重ねていった。が、それもジャンの親ッパネで帳消しにされ、甘い一打を咎められてマイナスにされた。ジャンは気性の荒さに似合わず、堅実できれいな打ち回しをする。今回も俺は一歩も二歩も及ばなかった。言い訳をすると配牌が悪かった。まあ言い訳だけど。


 一方、大活躍をしたのはオタクくんだ。ダマテン、筋引っ掛け、西の単騎待ち、海底(ハイテイ)回避の鳴き、さらには脅威の八面待ちなど、小賢しいテクニックで俺たちを翻弄した。おまけに打牌もノータイムで待ち読みも正確。本当に初心者かと疑いたくなる手腕だが、オタクくんはこんなことで見栄を張るような男ではない。単純に地頭がいいのだろう。


 リーチ合戦に高打点の殴り合い、ハイレベルな駆け引きと、白熱したいい試合だった。とはいえ、仁がここにいなくてよかったと思う。麻雀が分からなければこんなものを見せられても退屈だ。ゲームなんて分かる人にだけ分かればいい。

 肝心の結果は、オタクくん34000点、ジャン33200点、俺17500点、細田15300点でオタクくんが優勝した。ジャンは牌をぐちゃぐちゃにして悔しがった。だからマナー悪いって。


「それじゃあ、約束通り水上春香について知っていることを話してもらうよ」

「そういえばそんな話だったな」


 悔しさから立ち直ったジャンが姿勢を正す。俺も牌を全自動麻雀卓に流し込みながら耳を傾けた。


「水上についてか……そうだな、まず出身の小学校は倉矢第二。小一から小四まで水泳を習って、小五のときにミニバスを始めた。だからバスケがめちゃくちゃ巧くて、昼休みのバスケではヒーローだった。あと、ずっと生き物係でウサギの世話をしていた。開校記念日には『ウサギが心配だから学校に行く』なんて言い出したこともある。水上はそれくらい責任感が強くて優しいやつなんだ。頭もそれなりによくて、社会のテストではよく満点を取っていたな。英語も動画で勉強したらしくて、小六のときなんか修学旅行で――」

「待った」


 なんか惚気(のろけ)話みたいだな、と思って聞いていたらオタクくんが右手を掲げて遮った。眼鏡の奥が半目になっている。


「聞きたいのはそういうことじゃないんだ。例えばほら、水上春香の好きな人とか教えてよ」

「水上の好きな人は俺だ。俺以外認めない。俺じゃなきゃ嫌だ」


 なんと清々しい男だろうか。オタクくんとは大違いだ。


「付き合っている人はいないんだね?」

「ああ、いない。いてたまるか」

「家族構成は?」

「両親と姉と水上の四人家族だ。お父さんは電機メーカーの事業部長で、お母さんは小学校の先生、お姉さんはスポーツインストラクターをしている。あと犬を飼っているな。マルチーズの『ポン介』」

「え」


 驚きが声になってしまった。ジャンとオタクくんが同時に振り向く。

 スポーツインストラクター。その単語に、俺は智菜がチアリーディング部のコーチを探していたことを思い出していた。


 オタクくんに片手で断りを入れ、ジャンの方に身を乗り出す。


「水上のお姉ちゃんについてもう少し詳しく聞かせてくれ。スポーツインストラクターっていうのは具体的に何をしてるんだ?」

「フィットネスクラブの先生って聞いたな。水泳とダンスを教えていたはず。水上のお姉さんは体育大学出身で、体育系の色んな資格を持っているんだ」

「チアリーディングを教えたりもできるのか?」

「むしろそっちが専門かもしれないな。大学ではチアリーディングをやってたんだ。水上と一緒に観に行ったことがあるから間違いない」


 息を呑んで椅子に座り直す。口の中では、よし、よしと呟いていた。

 チアリーディングをやっていた現役のスポーツインストラクターで、クラスメートの姉。これ以上ないほど完璧なコーチ候補だ。思わぬ偶然に頬が緩む。


「優真、もういい?」


 オタクくんが迷惑そうな視線を送ってくる。俺が頷くとオタクくんの質問攻めが再開された。


「水上春香は野々村紗代と仲がいいようだけど、二人はどこで知り合ったの? 同じ中学じゃないでしょ?」

「そこは俺も詳しくは知らない。ただ、高校で再会したって言ってたから、小学生か中学生のときに会ったんだろうな」

「再会したとき、水上春香は野々村紗代のことをどう言っていたの? 知り合い? 友達? それとも親友?」

「恩人だって言ってたぜ」


 俺とオタクくんは思わず顔を見合わせた。水上は野々村に恩がある。それは魔女の能力に関するものなのではないだろうか。


「水上春香本人、もしくは周りの誰かで、重たい病気に罹った人や大きな怪我をした人はいる?」

「人じゃなくていいならあるな。水上が中一のときに、ペットのポン介が心臓病になったんだ。病名はなんて言ったっけな……」

「小型犬なら僧帽弁(そうぼうべん)閉鎖不全症じゃない?」

「あー、なんかそんな感じだった気がするな。定期健診はしていたが発見が遅れたらしくて、慌てて薬を飲ませたり、酸素ボックスを設置したりしたそうだ。でも、全然よくならないうえに病気の進行も早くて、水上はめちゃくちゃ泣いてたんだ」

「それが治ったんだ?」

「ああ。お父さんのコネで最新鋭の病院を紹介してもらえたらしい。で、手術したら一発で治ったんだとか」

「ペットの病気が治ったとき、水上は落ち込んでいたりしなかったか?」


 (こら)え切れずに訊ねていた。ジャンが「はあ?」と口の端を歪ませる。


「なんで落ち込むんだよ? ぴょんぴょん飛び跳ねて変なダンスをするくらい喜んでたぞ」


 治癒の魔女の能力には副作用が伴う、という話だった。だから、野々村がポン介を治していたならポン介も副作用に苦しんだはずで、水上は悲しんだのではないかと考えたのだ。

 けれど、水上は愛犬が完治したことを純粋に喜んでいたという。野々村がポン介を治したわけではないのか。能力の方に何か特殊なルールがあるのか。それとも副作用の話は野々村の勘違いだったのか。考えれば考えるほど分からなくなってくる。


 頭を悩ませる俺に対し、オタクくんはつまらなそうな顔をしていた。


「水上春香の弱点みたいなものってないの? 大切なものとかさ」

「なんだそりゃ。まあ、家族とポン介と野々村とバスケくらいじゃねえかな」

「ふうん。じゃあ、最後の質問。ジャン氏が賭けていた〝負けられないもの〟っていうのは何なの? 僕が水上春香の情報を要求する前からスマホ没収の準備をしていたんだから、それとは別のものなんだよね?」

「さすがはオタクくん。お見通しってわけか」


 ジャンは大袈裟に肩を竦めた後、なぜか俺を指差した。


「俺は水上に、もし優真と麻雀することがあったら泣かすくらいボコボコにしてくれ、って頼まれていたんだよ。叶えてくれたらデートしてもいいとまで言われていた」


 俺ってそこまで嫌われていたのか。地味にショックなんだが……。


「優真、お前、水上に何をしたんだ?」


 そんなの俺が聞きたいくらいだ。いったいどこで恨みを買ったのだろう。


 こうして麻雀対決は、当初の目的は果たされず、代わりに水上の謎が深まるという残念な結果に終わった。

 スマホの返却と引き換えに俺は875円を支払い、オタクくんは1700円を徴収して、二人で地学準備室を後にした。

 要らない解説

・テンゴ=0.5の意味。1000点につき50円。

・25000点の30000点返し=25000点を持って開始し、最終的な持ち点から30000点を引いた点数がプレイヤーのスコアになる。(この差5000点×4=20000点が1位に加算される)

・ウマ、ゴットー=対局終了時の順位点。5(000)、10(000)で「ゴットー」。3位→2位に5000点、4位→1位に10000点が入る。

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