司書室会議
本日は2話更新です。
木曜日の昼休み、最近恒例となりつつある司書室会議が始まった。メンバーはお馴染み、俺、仁、オタクくんの三人である。
仁は司書室に召集が掛かると決まって匂いの強いカップ麺を買ってくるようになっていた。教室では苦情が出るからと言うが、匂いを移される本の気持ちも考えてやってほしい。ちなみに、今日は豚骨ラーメン。噎せ返るような濃厚な香りが漂ってきている。
「まさか野々村が処女じゃないとはなあ。信じられねえよ」
音を立てて麺をすすりながら仁が呟く。診断の魔女による調査結果は仁にも共有されていた。
オタクくんがメロンパンを齧りながら顎を引く。
「僕も信じられない。というより、信じるに値しないと考えているよ。野々村紗代は処女じゃなくちゃおかしい」
「いつもの〝勘〟か?」
「そうだね」
オタクくんの勘はよく当たる。俺が知る限り、打率は十割をマークしている。
オタクくんは空いている手で二本の指を立てた。
「考えられる可能性は二つ。一つは純潔の魔女が噓を吐いている場合。ただ、今回はお金が絡んでいるし、信用に関わる問題だからないだろうね。二つ目は魔女の能力で隠蔽されている場合。これが一番可能性が高い。さらに言うと、この二つ目は他の魔女が野々村紗代に干渉している場合と、野々村紗代の能力が純潔の魔女の能力を妨害している場合の二パターンに分けられる」
「最後のはよく分からないな」
コンビニの焼き鯖弁当を口に運びながら適当に合いの手を入れる。なんとなく今日はそばの気分ではなかった。
「例を挙げると、能力を使用する代償、あるいは副次的作用によって他の魔女の能力を受け付けなくなっている、ってところかな。純潔の魔女の識別方法が〝対象が処女の場合はいい匂いを感じる〟だったら、いい匂いを嗅ぎ取れなかったことで非処女と誤判定されてしまった、ということも考えられるでしょ?」
「へえ」
興味がないせいかほとんど頭に入ってこなかった。でしょ、と言われても困る。
「可能性を絞るために聞きたいんだけど、再生能力の詳細を教えてよ」
「断る。口外しないって野々村と約束したんだ」
「野々村紗代の能力じゃなくて、魔女が持つ再生能力について聞きたいんだ。優真にとっても悪い話じゃないよ。法則が見つかれば記憶の魔女を見つけるのにも役立つかもしれないわけだし」
屁理屈だが一応筋は通っている。悩むポーズとして腕を組んだ。
俺はそろそろ記憶の魔女探しに本腰を入れようと決意していた。野々村を笑顔にすることは簡単じゃない。なら、野々村の望みを叶えるしかない。〝忘れたいこと〟のせいで笑えないのならマイナスをゼロにするところから始める。そのための記憶の魔女だ。
一応、散歩がてらに図書館に足を運んだり、身近にスマートウォッチを着けている人がいないか目を光らせたりしていたが、成果はまったくのゼロだった。自力での捜索は無理だと半ば諦めかけていた。
野々村には協力者を得ることの了承は得ているし、記憶の魔女の手掛かりになるのならこれくらいは許されるだろう。
腕を解いてオタクくんに向き直る。
「再生能力じゃなくて、治癒能力と言っていたな。ほとんどの怪我を治せるが、治った人には副作用が出てしまう……らしい。副作用の内容までは知らない」
「ふうん。〝治癒〟っていうくらいだから病気も治せるのかもね。ちなみに、野々村紗代にその副作用が出るわけじゃないんだね?」
「そうみたいだ」
「それなら可能性は一つに絞られた」
「いや、もう一つあるぜ」
待ったを掛けたのは仁だった。キリリとした表情で俺とオタクくんに視線を配る。あ、これは冗談を言うつもりだな、と察したので焼き鯖弁当に戻る。
「仁が指摘するとは珍しいね。聞かせてよ」
「ふっ。それはな……道中で優真が野々村の処女を奪っていた場合だ」
「ごふっ」
想定外の一撃に盛大に噎せてしまった。焼き鯖弁当でよかった。そばなら鼻から麺を出しているところだった。
頭の中では野々村の口をペーパーナプキンで拭ったときの光景がフラッシュバックしていた。自然と顔が熱くなる。
「おまっ、その反応! まさかヤったのか? チナチッタがいながら野々村に手を出したのか?」
「BSSなのか? BSSなのか!」
「してない! してないって! 俺がそんなことするわけないだろ」
必死に手を振って否定する。二人は、まあそれもそうかと納得してくれた。日頃の行いって大事。
「それより、そろそろ本題に入ってくれよ」
水を向けると、オタクくんは待ってましたとばかりに手を叩いた。
「他の魔女が絡んでいるにしろ、野々村紗代の交際経験の有無にしろ、その秘密を本人から聞き出すのは難しいと思うんだ。そこで僕が目をつけたのが野々村紗代の唯一の友人、水上春香だ。水上春香なら絶対に何か知っている」
「絶対じゃないだろ」
「いいや、絶対だよ。僕の勘がそう言っている」
また〝勘〟だ。よく当たるだけに無視できない。
「水上が何かを知っていたとして、水上からはどうやって聞き出すんだよ?」
「弱みを握るんだよ」
それはまた物騒な。
「とはいえ、本人に覚られずに個人情報を手に入れるのって難しくてさ、まだ大した情報はないんだ。具体的には、身長144.9センチ、生まれも育ちも横浜、バスケ部所属、出身中学は倉矢中、Vチューバーが好き、ってことくらいかな」
「ふうん。で?」
「とりあえず同じ中学出身の人に聞き込みしたいんだ。誰か知らない?」
「知らねえなあ。どこ中出身とか気にしたことねえし」
切って捨てる仁に対し、俺には心当たりがあった。小さく挙手をする。
「たしか隣のクラスの寺谷ってやつがそうだったはず」
「寺谷? 誰だそれ」
「寺谷だった気がする……違ったかな? 俺は『ジャン』って呼んでる」
「もしかして、音読みで『ジヤ』になるから?」
「いや、麻雀同好会の会長だから『ジャン』。本人がそう名乗ってるんだよ」
「じゃあ、そのジャン氏に話を聞けばいいわけだ。ありがとう。相談してよかったよ」
勝手に締めようとするオタクくんを、待て待てと片手で制する。ジャンが絡むとなると大きな問題がある。
視線が集まるのを待って説明する。
「ジャンは大の麻雀好きで、何でも麻雀で決めたがるんだ。頼みごとを引き受けてもらうにはジャンとの麻雀に勝たなければいけない。ついでに金も賭ける。レートはテンゴで場代はなし」
「なんでそんなこと知ってんだよ?」
「去年の後半から月一くらいで遊びに行ってた」
「部活サボってそんなことしてたのかよ」
麻雀には腕に自信があるので、噂を聞きつけて殴り込みに行ったのだ。しかし、ジャンは想像以上に強かった。初回はボロ負け。その次も惨敗。悔しくて、今度こそ、今度こそと足を運ぶようになり、結果、俺は一度も一位にはなれず、半年で一万円近くも巻き上げられてしまった。
ちなみに、俺が麻雀を打てるのは父さんのお陰である。〝いい男〟は麻雀が打てるものだ、大学生になったときにそれを痛感する、と力説し、小学生の俺に指導を加えた。他にも、〝いい男〟という大義名分で車の運転の練習をさせられたり、酒を飲まされたりした。父さんは母さんに怒られていた。
「麻雀で勝てばいいんだね。交渉するよりずっと楽じゃないか」
「オタクくんは麻雀やったことあるのか?」
「ないけど、知識としてルールや役は知ってるよ。得点計算もできるし、セオリーもおおよそ予想がつく。たぶん強いと思う」
その自信はどこから来るのか、と思ったが、オタクくんならたしかに強そうだ。経験不足は頭脳と観察力で補うのだろう。
「相手はジャン氏だけ?」
「麻雀同好会にはもう一人、細田ってのがいるんだ。その二人とやることになる。一人で行けば三麻、二人で行けば四麻、三人で行けば細田が抜けると思う。俺はいつも一人で行ってたから三麻だった」
「結託されたら勝ち目は薄いだろうから人数は多い方がいいね。優真と仁にも来てほしいんだけど」
「俺はパス。麻雀分かんねえし」
「じゃあ、僕と優真か」
俺はまだ行くとは言ってない。まあ行くのだが。今度こそジャンに吠え面を搔かせてやろう。
「開催日は決まってるの?」
「そういうのはないな。ジャンの予定が空いていればいつでも対局できる。というか、ジャンは予定があっても麻雀を優先する」
「じゃあ、今日の放課後に行ってみよう。ジャン氏を倒して水上春香の情報をもぎ取るんだ!」
そんなこんなで、急遽麻雀をすることになってしまった。
おい俺、記憶の魔女探しはどうした?
未成年の飲酒、賭け麻雀は違法です。やめましょう。




