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五月二十八日

<日記>

 五月二十八日(火)


 今日は放課後に皆月くんとオムライスを食べに行きました。男の子と二人きりでご飯なんて初めてです。デートみたい、と思ったら緊張してぎこちない歩き方になってしまいました。


 行きの電車の中で皆月くんとたくさんお話をしました。と言っても、わたしは顔が見られず俯いてばかりいたので、話していたのはほとんど皆月くんの方です。


 今日だけで皆月くんの色んなことを知れました。身長は185センチあるとか、誕生日は八月八日で星座は獅子座だとか、血液型はA型だとか、小学生の頃からバレーボールをしているとか、お小遣いはだいたい洋服に消えているだとか。皆月くんのこととなるとメモもせずに憶えてしまえるから不思議です。皆月くんに関するテストがあったらいい点が取れる自信があります。


 皆月くんといるとわたしはわたしじゃなくなってしまうみたいです。人に苦しみと絶望を与えるわたしは笑っちゃいけない。そんな資格はない。そう言い聞かせているのに、皆月くんの手に掛かると簡単に笑わされてしまいます。皆月くんは色んな面白い話を知っていて、ただでさえ面白いそれを可笑しく話すのでどうしても抵抗できません。あれはずるいと思います。


 中でも面白かったのは、皆月くんがわたしの答えに適当に合わせてオーバーなリアクションを取ることでした。好きな色を訊かれて、またなんとなく「青」と答えると、皆月くんは「俺も」と言います。数学が苦手なのも、大学生のお姉ちゃんがいることも、好きな映画も「俺も」だそうです。そんなわけがありません。皆月くんは噓つきです。でも、合わせてくれるのが可笑しくて、もしも本当だったら嬉しいなと思って、笑ってしまいました。


 肝心のオムライスですが、卵はふわふわ、掛かっているビーフシチューも濃厚で、とても美味しかったです。お腹もいっぱいになりました。皆月くんはこのオムライスを「世界一」だと言い張りますが、それはさすがに言い過ぎです。皆月くんお得意のジョークでした。ただ、皆月くんがすごく嬉しそうにしていたので、本当に世界一だと信じていたらどうしようと思ったら指摘はできませんでした。


 びっくりする出来事があったのは食べ終わった後でした。

 皆月くんが「ソースが付いてる」と言って、ナプキンでわたしの口を拭いたのです。こんなの少女漫画でしか見たことがありません。本当にびっくりして固まってしまいました。


 しばらくして自分の身に起こったことを理解すると、その途端に心臓がばくばくと鳴りはじめました。

 子ども扱いされてしまったことも、心臓の音が聞こえてしまいそうなことももちろん恥ずかしかったのですが、わたしの口がナプキン越しに皆月くんの手に触れてしまったことが何よりも問題でした。手とはいえ、これはナプキン越しのキスです。もう大問題です。


 でも、不思議と嫌ではありませんでした。それどころか、喜んでいる自分がいたような気がします。


 こんな気持ちになるのは相手が皆月くんだからなのだと思います。


 今思うと、わたしは皆月くんがそうしてくれるのを望んでいたみたいでした。だって、ナプキンを取ってもらったのにわたしは受け取ろうとせず、皆月くんの手が近づいてくるのが見えていたのに動こうとしなかったのです。完全に待っていました。もしも近づいてきたのがナプキンではなく顔だったとしても、やっぱりされるがままになっていたと思います。


 誰も好きになっちゃいけないと頭では分かっています。でも、もう、認めるしかないようです。


 わたしは皆月くんを好きになってしまいました。


 皆月くんも無理をしていたのでしょう。澄ました顔を作って照れを隠していました。それが可愛くて、また心臓が跳ね上がりました。

 鼓動はなかなか落ち着いてくれず、帰りは何を話して何を答えていたのか、全然憶えていません。失言がなかったことを祈るばかりです。


 皆月くんと別れた後、駅前の薬局に寄ると犬のミニフィギュアのガチャガチャを見つけました。色んな犬種があったのですが、その中のサモエドが目に留まりました。白くてもふもふの毛を持つ大型犬で、優しい目をして舌を出しています。あ、皆月くんだ、とちょっと失礼なことを思って、一人で笑ってしまいました。大きな身体も、優しい表情も、嬉しいときに「嬉しい」と伝えてくるところも、皆月くんにそっくりです。

 一回だけ、と挑戦してみたら見事にサモエドが当たりました。感激して、ほわあ、と変な声が出てしまいました。大切に両手で包んで持って帰り、今は机の上に飾っています。皆月くんの名前を呼ぶ練習相手になってもらうつもりです。


 夜に春香ちゃんと電話をしました。今日のことを話したら、春香ちゃんは怒ってしまいました。

 春香ちゃんが言うには、皆月くんみたいな人は絶対に信用してはいけないそうです。彼女を取っ替え引っ替えするのは当たり前。女の子なら誰でもよくて、その気にさせてエッチをしたらすぐ捨てるか、身体だけの関係でキープしようとするのだとか。好きなものをわたしに合わせたのも、まさに結婚詐欺師の手口だと言います。春香ちゃんは物知りです。

 皆月くんはそんな人じゃないと思うよ、と言いたかったのですが、お母さんにいつまで電話してるのと叱られてしまったので、またの機会にしておきました。


 皆月くんはわたしを騙そうとしているのでしょうか。

 もしそうだとしたら悲しいですが、心のどこかでは、皆月くんになら騙されてもいいと思ってしまっている自分がいます。


 だって、騙されて少しだけいい夢を見るか、こっぴどく振られて傷つくかの二択です。この恋が実らないことは重々承知しています。皆月くんには彼女さんがいるようですし、わたしのことは何とも思っていないかもしれません。今日だって、わたしがいつも暗い顔をしているから元気づけようとしてくれただけだと分かっています。どうせ傷つくのが一緒なら、わたしはいい夢を見たいです。


 失恋すると決まっているのに、そもそも誰かと付き合う資格もないのに、それでも好きになるなんてバカみたいだと自分でも思います。

 でも、わたしはこの先の人生で、皆月くん以外の誰かを好きになることはありません。そんな予感がします。それくらい、皆月くんのことが好きで仕方がないのです。

 無邪気に走り回ってちっとも言うことを聞いてくれないこの気持ちは、春香ちゃんにも、わたし自身にも止められません。


 だから、これを最後の恋にしようと決めました。


 皆月くんはわたしに優しくしてどうするつもりですか。

 わたしをこんな気持ちにさせるなんて何を考えているんですか。

 何とも思っていないのなら、早く諦めさせてください。

 もし諦めなくていいのなら、もう少しだけ夢を見させてください。


 少し前までは能力のことで悩んでいたのに、今は皆月くんのことで頭がいっぱいです。皆月くんはわたしを困らせる天才です。


 能力といえば、明日は放課後に魔女の仕事が入っています。とても憂鬱ですが、皆月くんの顔を見たら頑張れるかもしれません。


 今日は心臓を酷使してしまったので早めに寝ようと思います。

 おやすみなさい。

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