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絶対とは限らない

(短いので)本日は2話更新です。

 ベッドに腰掛けて自らのバカな行動を猛省していると電話が掛かってきた。嫌な予感がすると思ったら、案の定、相手はオタクくんだった。

 無視してもよかったのだが、労いの言葉くらいは貰ってしかるべきだろうと思い、電話を取ることにした。


『お疲れ様。さすが優真だよ。いや、さすが僕の勘、と言うべきかな』

「片道一時間近くも掛かる他校に連れていったんだぞ。もう少し何かあるだろ」

『ありがとう。感謝しているよ。童貞ヤリチンの名は伊達じゃないね』


 もう童貞じゃないけどな。言わないけど。


「そんなことを言うためにわざわざ電話してきたのか?」

『違うよ。一番の功労者である優真に結果を共有しようと思ったんだ』


 何の結果かは訊くまでもない。野々村が処女かどうかという話だ。

 聞こえるように溜め息を吐いた。


「いいって。興味ないし」

『それは結果を聞いてから判断してよ』

「どういう意味だよ?」

『純潔の魔女はこう言ったんだ。「ビッチですね」って』


 一瞬、頭の中に空白が落ちた。


「……は?」

『僕も耳を疑ったよ。だから訊いたんだ。それは処女ビッチか、ただのビッチかって。答えは……ただのビッチだった』


 処女ビッチが何かは知らない。そんなことはどうでもいい。

 野々村が処女じゃない。

 たったそれだけの事実に、俺は呼吸も忘れるほど動揺していた。


 いつも、処女か非処女かなんてどうでもいいと思っていた。そんなことを気にするなら好きになる資格はないと鼻で笑っていた。今もその考えは変わらないし、誰が非処女であってもなんとも思わない。


 でも、野々村だけは別だ。

 野々村は誰かと身体を重ねたことがある。なら、その誰かは野々村の笑顔を見たのだ。野々村の笑顔を見たくせに、野々村を捨てて、野々村にあんな顔をさせている。


 俺はその誰かに嫉妬した。その誰かに、殺意に近い怒りを抱いた。

 耳に当てたスマホがみしみしと軋んだ音を立てている。


 もしも、と考えてしまった。もしも、野々村が俺の姉ちゃんと同じように浮気され、心が壊れるような振られ方をしていたら。

 そう仮定すると野々村の暗い表情も、〝忘れたいこと〟にも説明がついてしまう。


 そうなのだろうか。

 そうだったとしたら、俺が野々村にできることなんてあるのだろうか。


 無責任に『笑っていた方がいい』と言った俺も、オムライスなんかで笑顔にしようとした俺も、許可もなく口に触れた俺も、何もかもがバカみたいに思えた。

 いや、バカ〝みたい〟じゃない。ただのバカだ。

 無力な俺は、野々村がひどい目に遭っていないことを願うしかなかった。


 ベッドに倒れ込んで天井を仰ぐ。シーリングライトのカバーの中に点々と虫の死骸が見えた。

 意識の外側からオタクくんの声が聞こえてくる。


『純潔の魔女は野々村紗代をビッチだと言ったけど、単純に処女じゃないって意味なんだろうね。回数や人数は分からないって話だったし。でも、諦めるにはまだ早いと思うんだ』

「諦めるって、何を?」

『野々村紗代が僕の彼女になれる可能性を、だよ』


 そういえばそういう話だった。というか、何様なんだよ。


『純潔の魔女の証言が絶対とは限らないんだ。例えば、魔女の能力を正常に働かせない魔女がいて、その能力のせいで純潔の魔女が誤認したってことも考えられる』

「要は、野々村が処女じゃないとは認めたくないってことだろ?」

『認めたくないんじゃなくて、認めるのは早いってだけだよ。仁だって野々村紗代が処女じゃないわけないって言ってた。絶対に何かカラクリがある。それを解き明かしたい』

「どうやって?」

『野々村紗代の唯一の友人、水上春香なら何か知っていると思うんだ。水上春香からそれを聞き出す』

「そうか。頑張れ」


 投げやりな声援を送るとオタクくんの溜め息が返ってきた。


『そこは〝頑張ろう〟でしょ? 僕たちはチームじゃないか』

「いつチームになったんだよ」

『そういうことだから、明後日の昼休みはまた司書室集合ね。明日のうちに情報を集めておくから』

「俺はやらないぞ」

『じゃあまた明日』


 俺の抗議は聞き入れられず、通話は一方的に切られてしまった。

 スマホを放り投げ、きつく目を閉じる。色んな意味で頭が痛かった。


 野々村は付き合った人に裏切られたのだろうか。

 答えは分からないし、知りたくもない。

 どちらにせよ、俺が思うことは変わらない。


「俺が――」


 思わず出そうになった呟きを慌てて呑み込む。

 抑圧された言葉は胸の中で膨らみ、弾け、音となって身体中に反響した。


 ――俺が彼氏だったら、野々村にそんな思いはさせないのに。


 この瞬間、はっきりと自覚した。自覚してしまった。

 俺は野々村のことが好きなのだ、と。

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