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五月二十五日

<日記>

 五月二十五日(土)


 今日は土曜日ですが珍しく魔女の仕事がなかったので、勉強をしたり、部屋の掃除をしたり、映画を観たりと、家でのんびり過ごしていました。


 映画を観ようと思ったのは異能科に勤める田辺さんにお勧めされた作品があったことを思い出したからです。主人公は天才的外科医の男の先生で、傲慢(ごうまん)なところがあったのですが、恋人に脳腫瘍が見つかったことをきっかけに心を入れ替えます。これまで見下していたチームメンバーに頭を下げてともに治す(すべ)を模索し、恋人の励ましで失敗の恐怖を乗り越え、ついには成功事例のない手術に挑みます。最後は無事に回復した恋人と手を握り合ってハッピーエンドです。医療ものと聞いていたのですが、どちらかと言うと恋愛映画だったように思います。恋人の女性が、「もしも失敗したときはあなたの子どもに生まれ変わる。だから誰かと幸せになってくれてもいいよ。わたしはいつまでも、どんな形でも、あなたを愛してる」と涙を流しながら先生に告げるところが感動的で、わたしもちょっとだけ泣いてしまいました。


 田辺さんはわたしに、あなたはこういう患者を助けている、そのことをもっと誇りに思ってほしい、と言いたかったのかもしれません。実際、映画に出てきた病気は、先月にわたしが能力で軽症化させたものと同じでした。


 けれど、わたしが抱いた感想は田辺さんの期待から大きく離れたものでした。


 こんな先生が本当にいてくれたらいいのに。そうしたら、わたしなんて必要ないのに。

 そもそも、わたしがいない世界だから映画は成り立っていたのだと思います。わたしが出ていって能力を使ったら感動も何もありません。そのうえ、先生と恋人の仲を引き裂いてしまうのですから、バッドエンドもいいところです。


 こんな能力なんて欲しくありませんでした。

 もし魔女ではなかったら、わたしにもこんな恋愛ができたのでしょうか。

 何も恐れることなく、誰かを好きになって、誰かに愛してもらうことができたのでしょうか。


 そんなことを考えると、ふと、皆月くんの顔が浮かんできました。

 最近のわたしはどこかおかしいみたいで、気を抜くとすぐに皆月くんのことを考えてしまいます。皆月くんの笑った顔や穏やかな声を思い出したり、外を歩けば無意識のうちに皆月くんの姿を探していたり、皆月くんっぽいものを見つけて一人で笑ってしまったり。昨日なんて皆月くんと一緒に登校する夢まで見てしまいました。


 ただ、わたしには皆月くんとどうなりたいなんて気持ちはありません。

 魔女のわたしに誰かを好きになる資格なんてない。そのことをよく理解しているからです。


 だから、もう皆月くんのことを考えるのはやめよう。もう二度と、皆月くんのことは考えちゃいけない。


 そう心に決めたばかりだったのに、神様は残酷なようでした。


 夕方に買い物に出掛けると、皆月くんに出くわしてしまいました。

 笑顔で駆け寄ってくる皆月くんを目にした途端、胸の中がぐちゃぐちゃになりました。道端で会ったことにびっくりして、会えたことに嬉しくなって、そして最後に、無邪気な顔を見せる皆月くんに怒りを覚えました。


 わたしは魔女で、人とは違うのに。もう皆月くんのことは考えないって決めたばかりなのに。わたしは誰も好きになっちゃいけないのに。

 なのに、どうしてわたしに優しくするの?

 無責任に優しくなんてしないでよ。


 自分でも理不尽なことを思っていると自覚していました。

 怒っていることもおかしいのですが、もっとおかしいのは、それと同じくらい皆月くんに声をかけられて喜んでしまっていることでした。もしも駆け寄ってきた皆月くんが抱き締めてきていたら、わたしはされるがまま、その胸に顔を埋めていたかもしれません。もう、自分でも自分が分かりません。


 皆月くんは、一緒にオムライスを食べに行こうと誘ってきました。とても美味しいお店を知っているそうです。

 断るべきとは分かっていたのですが、あれよあれよという間に約束させられてしまいました。


 オムライスは好きでも嫌いでもありません。この間、皆月くんに好きな食べ物を訊かれて、なんとなく思いついたという理由でわたしは「オムライス」と答えました。皆月くんはそれを憶えてくれていたみたいです。


 あのときは気が動転していたとはいえ、騙すような形になってしまいました。皆月くんには申し訳ないことをしたと反省しています。

 けれど、約束してしまったのですから行かないわけにはいきません。せっかくなのでオムライスを堪能してこようと思います。


 なんだかわくわくして今夜は眠れそうにありません。今からこの調子では病気になってしまいそうです。

 そんなわけで、わたしは今日、好きな食べ物ができました。


「わたしの好きな食べ物はオムライスです」


 今なら自信を持ってそう言えます。

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