第37話 聖女の誘惑
歩きながら、少し手が触れ合うたびにフランクがあからさまにびくっと身体を震わせる。
それだけじゃない。目を見るとすぐに逸らされるし、名前を呼べばいつもより大きく目を見開く。
この人、めちゃくちゃ意識してるじゃない……!
昨日、実は女であることを打ち明けた。直後は俺のことが好きなんだろう、なんてふざけていたくせに、一晩明けた途端にこれである。
本当に可愛いっていうか、なんていうか。
酒場や周辺での聞き込み調査の結果、メリナのことが少しだけ分かった。
未だに姉が死んだ不幸な少女を演じていること、姉に会いたいとあちこちでもらしていること、他にも何人かの王都相談員に相談していること。
しかしまだ、メリナが必死にテレサを探している理由は分からない。
「いっそ、本人に聞くか?」
「聞いたってどうせ、本当のことは言いませんよ」
「それもそうだな」
このまま放っておく、というのも一つの考えかもしれないが、ずっと探されているというのも厄介だ。
「どうにかして、死んだという証拠を捏造できればいいのですが」
「ああ。だが、難しいだろうな。死体を見るまでは納得できない、という勢いだったから」
「ですよね」
状況だけで死んだと納得してくれるような女なら、今さらテレサを探そうとはしていないだろう。
「今までは、お前が行きそうな場所を探していたのかもしれないな」
「母の故郷付近も探したのかもしれませんね」
焼け果てて、何もなくなってしまった母の故郷・モルグ。
真っ先に探すとしたら、きっとそこだ。
「……四日後、それまでの経過報告を聞きにメリナがやってくる予定だ。どうする?」
「とりあえず、僕は会わないようにしたいと思っていますが」
何も進展はなかった、と聞いて、メリナがおとなしく帰ってくれるだろうか。
「分かった。なにかあったら対処できるよう、部屋の外で控えていてくれ」
「はい」
「男のくせに、情けないと思うか?」
そう言って、フランクが目を伏せる。長い睫毛が揺れて、綺麗だなと単純に思った。
「今さらそんなこと思いません。フランク様は、女のくせに気持ち悪い怪力だ、と思いますか?」
「思うわけないだろ!」
「それと一緒です」
微笑んでみせると、そうか、とフランクは安心したように頷いた。
「女だろうと男だろうと、貴方を守りますから」
◆
予定通りの時刻にメリナはやってきた。前回と同じく供は屋敷の外で待たせているため単身だ。
やけに着飾っているように見えるのは気のせいじゃないだろう。
こっそりとメリナの様子を窺いながら、記憶を遡る。確かメリナが着ているのは、彼女が気に入っていた服だ。
白と薄桃色の、フリルがたっぷりとあしらわれたワンピース。
舞踏会に着ていくドレスではないが、それでも高価で華やかな物である。
どういうつもりなの?
「フランツ殿、お久しぶりですわ」
ドレスの裾をつまみ、メリナは優雅に一礼した。テレサと違って幼少期から一流の家庭教師をつけられていたメリナは、当然ながら淑女としての所作も完璧だ。
「お久しぶりです。では、こちらへ」
にっこりと笑って、フランツがメリナを応接間へ案内する。しかしその笑顔が少しだけぎこちないことに、テレサは気づいた。
たぶん、メリナには分からないでしょうけど。
二人が応接間へ入ってすぐ、クルトが二人分の紅茶とケーキを持っていく。ケーキは、早朝から気合を入れてクルトが作ったものだ。
クルトにも、既にテレサの秘密は話してある。クルトに隠し事はできない、と困ったような表情でフランクに言われたからだ。
心を落ち着かせるために深呼吸をし、壁に耳を這わせる。
「それでフランク殿、なにか進展はありましたの?」
「……いえ。いろいろと調べてみましたが、これといった進展はなく」
「……そうですのね」
メリナの声はとても切なげで、彼女のことを知らなければ心底悲しんでいると錯覚しただろう。
「正直、今後調べても、姉君を見つけ出せる自信はありません。うちには、そういった異能を持つ部下もいませんから」
メリナの依頼を断り、メリナとの関りをなくす。そうするべきだと主張したのはフランクだ。
彼女のことを思い出す機会は極力減らすべきだと、そう言ってくれた。
「ここには、怪力の異能を持つ殿方がいるんですってね。フランク殿は、どんな異能を持っていらっしゃるの?」
「それは、企業秘密ということで」
「まあ、残念ですわ。もっと、貴方のことを知りたいと思っていますのに」
甘えるような声を聞くだけでぞわぞわする。壁一枚を隔てた部屋の中で、二人はどんな風に向き合っているのだろうか。
メリナには、第二王子って婚約者がいるはずよ。
それなのに、どうして?
「本当に綺麗なお顔。わたくし、フランク殿と個人的に仲良くなりたいんですの」
もしメリナが、フランクに本当に好意を抱いているのだとしたら、どうなるのだろう。
メリナは美しい上に、公爵家の娘だ。
どうしよう。どうしよう。
「もっと、近くに座っても?」
動くべきではないことは分かっている。けれど、身体が勝手に動いて、応接間の扉を開けてしまった。




