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脳筋男装令嬢、一国の英雄になる!~偽りの聖女を倒し、愛も名誉も金も、全て拳で手に入れます!~  作者: 八星 こはく


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第36話(フランク視点)いつも通り

「フランク様、おはようございます」


 部屋を出ると、テレンスが笑顔で挨拶してきた。テレンスは寝起きがいいようで、いつも朝からちゃんとしている。

 もっとも、フランクが起きるのが遅い、ということもあるのだが。


「あ、ああ、おはよう」


 昨日、テレンスが実は女だったという衝撃の事実を聞いた。

 今までずっと男として接していただけに、かなりの驚きだったのだ。


 女相手には格好いい男として接していたわけだが……こいつには散々、情けないところを見せてしまったな。

 だが、こいつが俺にがっかりしている様子はない……たぶん。


「フランク様? どうかしましたか?」


 不思議そうな表情をしながら、テレンスが近づいてくる。いつもと変わらない姿のはずなのに、妙にどきっとした。


 こいつ、女……なんだよな。


 身長は高く、身体は華奢だ。隠しているのか元々なのか、身体に凹凸はほとんどない。

 整った顔をしているが中性的な顔立ちで、男だと言われても信じてしまう。


 正直なところ、まだテレンスが女だという実感がないのだ。


 テレンスは間違いなく、俺のことが好きだろう。でもそれは、恋愛的な意味でなのか?

 というか、恋愛的な意味で好かれているのだとすれば、俺はどうすればいい?


 今まで、数えきれないほどの女性から好意を向けられてきた。好意を向けられるように振る舞ってもきた。

 それでも適当にかわして生きてこられたのは、フランク自身が相手の女性に何の好意も抱いていなかったからだ。


 しかし、テレンスは違う。男女の仲ではないが、既にテレンスとの間には信頼があり、絆がある。

 他の女と同じように考えることはできない。


「テレンス、今日の予定だが……」

「はい」

「とりあえず、聞き込み調査にでも行かないか。メリナについて調べる必要があるだろう」


 メリナからの依頼を受け、昨日は彼女の姉であるテレサ……もとい、テレンスの噂話を聞いてまわった。

 だが、メリナが嘘をついていると判明した以上、メリナについて調べるべきだろう。


「どういうつもりでお前を探しているのかも気になる。それに、他の相談員にも依頼しているかどうかもな」

「……ですね」


 メリナの話をすると、テレンスは嫌そうな顔をする。テレンスにそんな顔をさせたいわけではないが、避けては通れない話題だ。


「じゃあ、俺は着替えてくる」

「はい、分かりました」





「フランク様、妙に気合入ってますね?」


 身支度を終えたフランクを見るなり、テレンスがそう言った。指摘されるのは恥ずかしいが、紛れもない事実である。

 今日はいつもより高い服を着たし、髪も丁寧に編み込んだ。もちろん自分ではできないから、クルトにやってもらったが。


「単にそういう気分だっただけだ」

「そうですか」

「お前はいつも通りだな?」

「だって、聞き込み調査に行くんでしょう。目立っても困るじゃないですか」


 呆れたように言われ、少しだけ腹が立つ。

 テレンスが、あまりにもいつも通り過ぎるのだ。


 こいつは、何も意識してないのか?


「じゃあ、行きましょうか」

「……ああ」





「ちょっと待っててくださいね」


 そう言って、テレンスは酒と料理を注文しにカウンターへ向かった。

 屋敷を出て少し周辺を歩いた後、大衆居酒屋へやってきたのである。噂を聞くにはぴったりの場所だ。


 昼から酒を楽しんでいる連中はそれなりにいて、店内は賑わっている。酔っ払って気が大きくなっている者が多いのか、話し声も大きい。


 さりげなくメリナの話を聞かないとな。


 こちらがメリナの情報を聞きまわっている、なんて噂にされたら困る。怪しまれて、テレンスの正体がバレてしまうからだ。


 酔っぱらい相手なら、そこまで怪しまれずに済むはずだ。


 一人客ではなく複数できている客がいいが、多すぎるのも問題だな。


 店内をきょろきょろと見回し、ちょうどよさそうな客を探す。

 そうしていると、二人組の男と目が合った。


「おい。何見てんだ?」

「え? あ、えーっと……」

「ここにそんな格好で着て、目立つと思わなかったのかよ。それとも金持ち自慢か?」


 いつの間にか近づいてきた男たちに左右を挟まれてしまう。酒臭い息が頬にあたって不愉快だ。


「俺たちは金がないんだ。余ってるなら恵んでくれよ」


 下卑た笑みを浮かべつつ、背が高い方の男が手のひらを差し出してきた。逃げようとしても、背後にはもう一人の男が立っている。


 まずい。


 ここでは、今日の格好は目立ち過ぎた。テレンスのことを意識するあまり、今日何をするのか、ということを考えていないコーディネートだった。


「おい、なんか言えよ」


 いらいらして男がそう言った瞬間、男の身体が勢いよく吹っ飛んだ。


「この人に手を出さないでください。殴りますよ」


 テレンスである。


「もう殴ってんじゃねえか……!」


 殴られた男は頬をおさえ、舌打ちするとすぐに店を出ていった。もう一人の男も、慌てて走り去っていく。


「フランク様」

「……あ、ありがとう。助かった」

「まったく、本当に目が離せない人ですね、貴方は」


 呆れたように、困ったように……けれど優しい顔でテレンスが笑う。

 どきん、と飛び跳ねた心臓を、フランクは自覚せざるを得なかった。

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