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脳筋男装令嬢、一国の英雄になる!~偽りの聖女を倒し、愛も名誉も金も、全て拳で手に入れます!~  作者: 八星 こはく


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第32話 やっぱり可愛い

「……あ、いや、えっと、僕は女装してオルタナシアに……」

「いやでも、貴女、女性ですよね?」


 カーラが手を伸ばし、そっとテレサの手に触れた。そして、やっぱり、と確信したように呟く。


「私の異能は、触れた異性を魅了すること。だからか、触れた時に、相手が能力の対象者かどうか……つまり、異性かどうかが分かるんです」


 だから、とカーラはテレサの目を見つめた。その瞳に戸惑いはあるが、迷いはない。


「貴女が本当に女だってことは、分かってたんです」


 どうしよう。

 バレちゃった。私が、本当は女だってこと……!


 潜入捜査が終わり、カーラにはもうフランクの下で働いていることを伝えている。

 もし彼女がこの秘密を人にバラして、その話が広まってしまったら?


 怪力という異能を持った女が、名前や性別を偽って働いている。


 それがもしバウマン家に伝われば、間違いなくテレサではないかと疑われてしまう。確信はなくても、一目顔を見て確かめようとするかもしれない。


 テレサにはもう、彼らに従う理由はない。

 だが、彼らが権力をひけらかし、フランクを脅せばどうなる? テレサを返せと大貴族から脅されて、フランクはそれを拒んでくれるだろうか。


 もし拒んでくれたとしても、きっと、フランク様にすごく迷惑をかけてしまうわ……!


「リリーさん」

「……は、はい」

「本当の名前と、本当のことを教えてくれませんか。私たちは、友人なんでしょう?」


 どくん、どくんと心臓がうるさい。だって、この秘密を誰かに打ち明けるのは初めてだから。


 でも、今さら誤魔化すことはできないわ。

 それに私は、友人としてカーラさんと向き合うことを決めたんだもの。


「食事をしながら、話を聞いてもらってもいいですか?」

「もちろんです!」


 そう言って頷いたカーラさんの笑顔が眩しくて、私はなんだかほっとした。





「……というわけで、家から逃げるために男装してるんです」


 バウマン家を出てから今に至るまでの事情を、ざっとまとめてカーラに説明した。そうだったんですね、とカーラが神妙な面持ちで頷く。


「私が女だということは、秘密にしててもらえますか?」

「もちろんです。テレサさんの秘密をばらしたって、私にはいいことなんてありませんから」


 テレサ、と本名で呼ばれるのはずいぶんと久しぶりだ。なんだか、ちょっとだけ温かい気持ちになる。

 この名前は、母親がつけてくれた大切な名前だから。


「カーラさんは、お仕事見つかりましたか?」

「はい、実は……住み込みのお仕事が見つかって。今はそこに住んでるんです」

「えっ、そうなんですか!?」


 びっくりして声が大きくなってしまう。目立ちますよ、とカーラに言われた時には既に遅く、周囲の視線を独占してしまっていた。


「それから、テレサさん。お互い、敬語はやめにしませんか?」


 カーラからの思いもよらない提案に少しだけ驚いた。

 でも、すごく嬉しい提案だ。


「ぜひ、そうしてもらえると嬉しいわ」

「テレサさんって、そんな口調だったんだね」


 お互いにちょっと慣れなくて、ふふ、と笑い合う。何気ない会話だけれど、テレサにとっては特別だ。


 秘密がバレた時は焦ったけど、結果として、素で話せる友達ができたわ。


「それで、カーラの新しいお仕事って?」

「お菓子屋さんなの。……結構力仕事だし、大変なんだけど。でも、小さい子供や女の人が、ありがとうって言ってくれるのが嬉しくて」


 カーラはにっこりと笑うと、グラスに注いであったワインを一気飲みした。

 妓楼育ちなだけあって、カーラはかなりの酒豪である。


「しばらくは、男とは極力関わりたくないの。だから、女性しかいない店で働いているんだ」


 カーラのすっきりとした表情を見ていると、それで正解だったのだと分かる。

 彼女は長い間男性を騙し、そして、翌日にその男性から怒鳴られる日々を過ごしてきた。しばらくは男性と関わりたくないと思うのは当然だ。


「テレサも今度、お菓子を買いにきてくれる? まあ、まだ雑用ばかりで、私の作った物を売ってるわけじゃないんだけど」

「絶対行くわ。店の名前と場所、教えてくれる?」


 メモをとるために懐から紙とペンを取り出すと、もちろん、とカーラはとびきりの笑顔で頷いてくれた。





 なんか、ちょっと遅くなっちゃったかしら?


 カーラとの会話が思っていたよりも盛り上がり、店を出るのが少しだけ遅くなってしまった。


 駆け足で屋敷へ戻り、鍵を開けて扉を開ける。するとそこには、分かりやすく頬を膨らませたフランクが立っていた。


「遅くなって申し訳ありません」


 中からはいい匂いがする。きっと、クルトの料理はもう完成しているのだろう。


「……遅い」

「えーっと……もしかして、拗ねてます?」

「ああ。拗ねてる。それも、かなりだ」


 そう言いながら胸を張ったフランクがやっぱり可愛くて、すいません、と再び頭を下げながら、テレサは笑ってしまった。

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