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脳筋男装令嬢、一国の英雄になる!~偽りの聖女を倒し、愛も名誉も金も、全て拳で手に入れます!~  作者: 八星 こはく


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第23話 羨ましい

 昼過ぎにオルタナシアへ行くと、疲れきった顔のカーラが出迎えてくれた。目の下にはクマがあるし、髪には艶がない。


「大丈夫ですか?」


 ついそう尋ねると、カーラは力なく頷いた。


「はい。その、昨日のお客さんは、ちょっと大変で」


 カーラは昨日、三人の男を相手にしている。体力的にも精神的にもかなりきついはずだ。

 それに人気嬢であるカーラは、昨日だけでなく、連日仕事をしているに違いない。


 ちゃんと休めているのかしら?


「今日も大体は昨日と一緒で、店が開くまでの時間に掃除とかを……」


 喋りながらふらついてしまったカーラの背中にそっと手を回す。カーラの身体は、簡単に壊れそうなほど華奢だった。


 依頼人によると、金を使った翌日に、返金しろと客が言ってくるのよね。

 それが事実なら、今日も昨日の客がやってくるはずだわ。


「カーラさん。私、掃除はそれなりに得意なんです。私がカーラさんの分もやりますから、少し休んでてください」

「ありがとう……悪いんですけど、そうさせてもらえると本当に助かります」

「ええ」


 カーラは頭を下げて、自室へ戻っていった。今にも倒れそうな足取りは、見ているだけで不安になる。

 あんな状態なのに、彼女は今夜も客をとらなければならないのだろう。


 カーラの借金は、彼女自身のせいではなく母親のせいでできたものなのよね。

 それなのに、カーラがあんなに苦しまなきゃいけないなんて……。


 仕方がないとはいえ、納得できるものではない。


 潜入捜査をしているのは、この店の人気の……カーラの秘密を暴くためだ。けれどいつの間にか、カーラに同情してしまっている。


 溜息を吐いて、テレサは掃除を始めた。





 店の前で掃き掃除をしていると、昨晩オルタナシアを訪れた客がやってきた。ほうきを握る手に力を込め、入り口の前に立つ。


「なにかご用でしょうか? 開店まではまだ時間があるのですが」


 控えめにテレサが言うと、客は盛大に舌打ちをした。


 この人、確か一番お金を使っていた客よね。昨晩、カーラが真っ先に相手をしたはずだわ。


 四十過ぎの、やや太り気味の男だ。それほど金持ちそうに見えなかったのに、昨晩は大金を使っていたから少し印象に残っている。


「カーラを出せ。俺は昨日、あいつに騙されたんだ」

「騙された、とは?」

「お前も昨日見てただろう! 俺は昨日、あいつにとんでもない額を貢がされたんだ。あんな女に大金を使うだなんて、騙されたとしか思えん!」


 男は盛大に舌打ちし、地面を乱暴に蹴りつけた。


 予想通り、怒った客がやってきたけれど……これからどうすればいいの?

 こいつを殴って終わり、ってわけにはいかないわよね。


「落ち着いてください。お客様は昨日、お金を払うことに同意していたはずでは?」

「黙れ! あんなの、ただのぼったくりだろう! あんな醜女に大金を払うわけがない!」


 そう怒鳴ると、男はテレサに向かって突進してきた。とっさにかわすと、さらに男が怒り始める。


 どうしよう? 正直めちゃくちゃ殴りたいけど、殴ったら、私の正体がバレるわ!


 テレサが頭を抱えそうになったところで、店の扉が開き、アイーダが出てきた。怒り狂った客を見ると、慣れた様子で男の前に立つ。


「お客さん。昨日はきっちり、契約書に署名してもらいました。今さらぼったくりだと騒がれては、うちもいい迷惑です」


 アイーダの堂々とした態度に、男が一歩後ろへ下がる。アイーダにはそれほどの威圧感があった。


「それ以上騒ぐようなら、うちはちゃんと対応してもいいんですよ、お客さん」

「……くそっ!」


 吐き捨てて、男が去っていく。男の姿が完全に見えなくなると、アイーダはにっこりと笑った。


「ごめんね、びっくりさせちゃって。ああいう客は多いから、またきたらすぐに私を呼んで」

「は、はい。分かりました」

「じゃあ、また」


 ひらりと手を振って、アイーダは店の中に戻っていった。彼女と入れかわるようにしてカーラが中から出てくる。


「今の客、私に文句を言いにきたんですよね」

「……はい」

「よくいるんです。もう慣れましたよ」


 言葉とは裏腹に、カーラは今にも泣き出しそうな顔をしていた。とても、異能を使って他人を騙しているようには見えない。


「掃除、ありがとうございます。店内も、いつもよりずっと綺麗でした」

「えっと……それはよかったです」


 気まずくて、何を喋ったらいいか分からなくなる。そもそもテレサには友達がおらず、同世代の少女との接し方もよく理解していないのだ。


「リリーさんは昨日、若いお客さんに気に入られてましたよね」


 フランクのことだろう。カーラに触られないように、フランクは昨日ずっとテレサの傍にいたから。

 そして今晩もフランクはやってくる予定だ。


「はい」

「素敵な方でしたね」


 はあ、とカーラが溜息を吐く。テレサを真っ直ぐ見つめて、羨ましい、と小さく呟いた。


「リリーさんは私と違って、店に借金もない。身請け話がきても、受けるも受けないもリリーさんの自由です。受ける場合は、店にいくらかお金を渡すことになりますけど」


 それに、とカーラが一歩近づいてきた。


「好きな人ができたら、いつだって店を辞めて、自由に一緒になれるんですから」

「カーラさん……」

「私には、ここで働き続けるしかないんです。一度寝た客に、ぼったくりだと怒られながら」


 どんな言葉をかければいいか分からなくて、じっとカーラを見つめる。カーラは自分の発言を恥じるように頭を下げ、優しく笑った。


「リリーさん。一ヶ月経たないうちに、こんなところは辞めるべきです。美しい貴方なら、私と違って、本当の意味で人気になるでしょうけれど」


 そうしないと……とカーラは低い声で言葉を続けた。


「いつか、好きでもない男の子を身籠り、愛せるはずのない子を産むことになりますよ。私の母のように」


 冷ややかな声で言うと、カーラはテレサに背を向けた。


「掃除はもう大丈夫です。一緒に中に戻りましょう」

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