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脳筋男装令嬢、一国の英雄になる!~偽りの聖女を倒し、愛も名誉も金も、全て拳で手に入れます!~  作者: 八星 こはく


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第22話 目が離せない

「今日は俺がカーラを指名するぞ」

「いや、俺の方が多く金を出せる。なあ、カーラ」

「いいや、俺だ。他の奴の倍は出すぞ!」


 宴が始まってしばらくすると、客たちがカーラの前で騒ぎ始めた。中には、鞄から大金を取り出している者までいる。

 カーラは困ったような笑顔を浮かべながら客たちを見ていた。


 周囲を見回すと、他の妓女たちが呆れたようにカーラを見ている。数少ないカーラに夢中になっていない客は、何事かと戸惑った表情だ。


 そろそろ、楽しい食事は終わり。誰が今晩カーラを買うかで、客たちが揉めてるんだわ。


 どうなることかと様子を眺めていると、いきなり部屋にアイーダが入ってきた。カーラに群がっている男たちを眺め、にやりと口角を上げる。


「お客様、うちのカーラを気に入ってくださり、ありがとうございます。ですが残念なことに今晩、全員のお客様の相手をすることはできません」


 そう言うと、カーラは右手の指を三本立ててみせた。


「今晩、カーラを買うことができるのは三名です。最も多くのお金を払っていただける方から順に、カーラを部屋に行かせましょう」


 アイーダの言葉に、客たちは興奮して金額を叫び始めた。過熱していく客たちの様子を、カーラは嬉しくなさそうな表情で見ている。


「すごい人気だな」


 そう呟いたフランクの顔は真っ赤だ。だいぶ酒を飲ませてしまったから、かなり酔っているに違いない。


 これじゃ、一人で帰れないわよね?

 私が抱えて帰るしかないじゃない。


「俺はお前を指名するぞ」

「……申し訳ありませんが、私はまだ客をとれない新人ですので」

「なんでだ。別にいいだろう」


 酔っ払わないでください、と強く言いたくなるのを我慢し、微笑んで首を横に振る。するとフランクが身を乗り出して、テレサの右手をぎゅっと掴んだ。


「頼む。俺はもう、帰れそうにない」

「だから、無理なんですって」


 テレサが強く言うと、フランクは不満げに頬を膨らませた。そんな表情ですら様になっているのだから、顔がいいというのは狡い。


「ふざけるのはやめてください。酔ってるなら、僕が運んであげますから」


 他の人に聞こえないよう、こっそりと耳元で囁く。するとフランクは頷いて、また酒の入ったグラスに手を伸ばした。

 強くないくせに、フランクは結構酒が好きらしい。


「気をつけてくださいよ。一緒に店を出られるわけじゃないんですからね」


 念を押すように小声で言ってみる。一応頷いたものの、フランクがちゃんと理解しているかは怪しい。


 こんな様子のフランク様、ちょっとの間でも一人にするのは心配だわ。


 なるべく早く着替えて、帰り支度をしなければ。


 そんなことを考えていると、カーラを今晩買う客が決まったようだ。アイーダがにっこりと笑って、客から大量の金を受け取っていた。





 着替えを終えて、慌てて店を出る。男の姿で店を出るわけにはいかないから、着替えたといっても、女装姿のままだ。


 店から少し離れた噴水の前にフランクは座り込んでいた。どうやら、立っていられないほど酔っ払っているらしい。


「フランク様」


 名前を呼ぶと、フランクがゆっくり顔を上げた。

 上目遣いで見つめられると、ついどきっとしてしまう。


「遅かったぞ、テレンス」


 拗ねたように、フランクは唇を尖らせた。わざとらしいそんな表情も似合っていて、つい、すいません、と謝りそうになる。


「これでも急いだんですよ。立てますか?」


 しゃがんでフランクと目を合わせる。フランクは首を横に振って、両手を差し出した。


「立てない」

「……歩けますか?」

「歩けない」


 子供みたいなことを言って、フランクはじっとテレサを見つめた。


 本当に、どうしようもない人だわ。


「分かりました。落ちないでくださいよ」


 一度溜息を吐いてから、フランクを抱きかかえる。俗に言う、お姫様抱っこ、というやつである。

 フランクは一瞬驚いたように目を見開いたが、次の瞬間、声を上げて笑い始めた。


「さすがの怪力だな」

「……誰かに見られたら、笑われますよ。今の僕は女装してるんですから」

「別にいいだろう。お前が女でも、俺は抱きかかえてもらうぞ」

「それ、誇らしげに言うようなことじゃないですからね?」


 呆れた顔をしながらも、内心では少し嬉しくなってしまう。男だとか女だとかじゃなくて、人として見てくれているような気がして。


 まあ、この人は絶対、深く考えていないだけだろうけれど。


「お前の腕の中は落ち着くな」

「そうですか?」

「ああ。これからは、こうやって移動するのも悪くないかもしれない」

「ふざけないでください。さすがに嫌ですよ」


 テレサがそう言うと、フランクはむっと頬を膨らませた。


「主人に向かってその態度はないだろ」

「あんまり暴れられると、落としちゃうかもしれませんけど?」


 急に黙り込んだフランクが面白くて、声を上げて笑ってしまう。本当に子どもみたいな人だ。どうしようもなくて、目が離せない。


 静かになったフランクを抱えたまま歩く。あまりにも静かだと思ってフランクを見ると、完全に眠っていた。

 いくら酔っているとはいえ、他人に抱えられたまま寝るなんて。


 なんか、心配になってくるわね。フランク様って、簡単に人に騙されちゃいそう。

 私がちゃんと見ててあげなきゃ。


 あまりにも可愛い寝顔を見ながら、テレサはそう思ったのだった。

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