4話 堕胎
「……は?」
変わり果てたののかさんの顔を見て、私は情けない声を漏らす。
彼女は虚ろな瞳で私を見ていた。
口が裂けて血塗れになっている。
何かを言おうとして口を開いたののかさんの体を、いつの間にかその場にいた知らない女が、胴体から真っ二つに引き裂いた。
ののかさんは嗚咽を漏らすと、私に向かって手を伸ばした。動けない私の目の前で、こちらに伸ばしたその手ごと女にちぎられてしまう。
ののかさんが私を睨んだ。その後、胃酸を吐いて事切れたののかさんを見て、私がまず感じたのは吐き気だった。
女がののかさんの死体を持ちあげる。
ののかさんの内臓が引き摺り出され、ぐちゃぐちゃにして喰われる。私は、動くことすらできずに、そんな女の行動を凝視していた。
ののかさんの原型がなくなっても、私は動くことができなかった。動くと言う行為が頭の中に存在しなかった。だが、女がこちらを見て笑った瞬間、私の心に鮮烈な恐怖が戻ってきた。
ののかさんと、同じ目に会う……
動かない足を捨てて手だけで這いずったが、無駄だった。腹に爪のような何かが刺さる。痛覚よりも、自分から生暖かいものが滴る感覚が先に来た。
目の前に私の左目が落ちるのが見えた。次に腸らしきものが溢れ、左腹を殴られ何かが口から出る。みっともなく助けを乞いながら、ただいたぶられ続けていた。
そうやって数十分間傷つけられ続け、やっと、死んだふりをしたほうがいいと理解した。無駄な抵抗をやめ、力を抜く。
恐らく、身体的にはもう死んでいたのだろう。口から何か黄色いものが漏れ、それを境に体が動かなくなった。
死んだふりはしたが、それから数時間は傷つけられ続けていたと思う。
かなり時間が経ってから、死にかけの耳に、やけに高い声が聞こえてきた。
「……もうそいつらはいいから、ゴミ箱に捨ててこい。」
高い声ではあるが、女か男か区別がつかなかった。さっきの女がそれに返事をする。次の瞬間、私は窓の外へ放り投げられた。
地面に打ち付けられ、傷だらけの背中に激痛が走る。叫び出したい衝動に駆られて口を大きく開けると、口から血が止まらなくなった。私の下にあった柔らかい何かに吐血し続ける。もう体内には何もないはずなのに、なんで血が出るんだろう。
腐った桃を潰すような感覚がする。沈み込む手の下を見ると、そこにはののかさんの死体があった。
彼女の虚ろな瞳が、真っ直ぐ私を見ている。話しかけようとしてきている。連れて行こうとしてきている……
「……ねえ、大丈夫?」
背後から、少し高めの男性の声がした。
痛む目で声の方を見る。そこには、緑の目をした少年が立っているところだった。
たすけて、と言ったはずだった。
だが、口から出たのはただの嗚咽だけ。
少年の方に這いずり寄って手を伸ばす。すぐそこにいると思ったのに、私の手は空気を掴んだだけだった。
「え……な、どうしたの?」
少年は若干引いているようだった。私は、そんなことなどお構いなしに、狂ったように助けてと叫び続けた。
それでも、きっと彼には何も聞こえていなかったのだろう。少年が訝しげな顔をする。
そして諦めたような表情をなると、ぶつぶつと何かを唱え始め___
そして、私の意識は途絶えた。