第九話 業 ~かるま~
その日の休憩時間は、三人の新入生についての話が絶えなかった。
癖の強すぎる三人の中で、ミカド、カルマを押しのけて美猴王が勝ったという事実。それは女子高生たちの間で、スクールカーストの議論を巻き起こすのに十分すぎる内容だった。
「完璧超人のミカドくんも格好いいけど、やっぱり美猴さんが素敵……」
「いいや、私はカルマくん推しよ! あの小さな体に鋭い目つきがたまらないわ!」
女子高では男子っぽい女子、逆に高度な女子力を持つ女子がもてはやされる傾向にある。男らしい仲間がおらずただでさえ刺激に飢えた女子の集団には、どこかボーイッシュな三人は鮮烈な刺激となっていたのだった。
ユリは、自分を挟んでばちばちと火花を散らす三人に居心地の悪さを感じていた。
この三人は誰もが互いに因縁を感じている。そして、その輪の中に自分もいることをユリはひしひしと感じているのだ。
それは、あの妖怪絡みの内容だろうか。それだったら、またいつ血なまぐさい戦闘が始まるかわかったものじゃない。ユリの胃はきりきりと痛むのだった。
そして、四限目の体育。
種目はバスケ。ここでも三人は接戦となった。体操服姿の彼女たちは、溌溂とした肉体から汗を飛ばし、コートの上を走る。
「ミカドっ! パス!」
ユリの投げたボールを、持ち前の長身を活かしジャンプして受け止めるミカド。
「お前の想い、無駄にはしない!」
「何少年漫画見たいなこと言ってるのよ! カッコつけんな! 集中しろ!」
ミカドはにっとユリに微笑み、言われなくても、と言う代わりにコートの上を滑るようにドリブルしていった。
「させるかよ!」
噛みつくようにミカドに立ちはだかる影があった。
相手チームにいるカルマは背こそ低いが、持ち前の俊敏さでミカドの周囲を走り回り、妨害してくる。
ミカドが右を向けばそれを先回りし、左を向けば横跳びですぐ追いつく。そこにカルマの意地が感じられた。
「俺はぜってぇあんたを認めねぇ!」
「勝手にしろ! 西洋魔術協会のシスター!」
ミカドのドリブルの正面で小刻みに動き、ボールを横からかっさらおうとする。
二人の顔と顔が近くなる。大きくは叫ばないが、カルマはミカドに食いつくように言った。
「本当なら、『神の器』のあんたがここにいるのは許されない!」
「それも把握済みか。だからといって、この町から引くつもりはない。社から与えられた使命だからな」
「あんたは危険な女だ……『神』がその身に宿ったら、大災害すら起きかねない。それがわかっているのか?」
「私は誰も傷つけるつもりはない」
高速で動き回る二人の会話を、盗み聞きできるギャラリーはいない。聞いたとしても、何のことだかわからないに違いない。ただ一人、ミカドの戦いを間近で見て、その超常性を知ったユリを除いては。
(二人とも、何の話をしてるの……?)
自然と二人の会話が耳に入ってくる。ただならぬ内容だが、それから逃げてはいけない、とユリは本能で思った。ユリは冷や汗がこめかみを伝うのを感じながら、二人に耳を傾け続ける。
自分たちをじっと見ているユリに気づいたのか、にいっとカルマは邪悪に笑った。
「あのユリって女、俺が盗ってやろうか。あんたが命の次に大事にしてるんだろ? 天叢雲剣と『神の器』は剣と鞘のようなもの。二人でセットなんだからな」
「何だと?」
「あの女を奪って、天叢雲剣を協会が手に入れれば『神』を操れるかもしれない。俺は先に剣を掴むことにするぜ。見たところあの女は、自分の運命に気づいてもいないな。敵に奪われるくらいなら、拘束して保管してやる」
「貴様……」
ミカドの眉がぴくりと動き、ドリブルが若干ぶれる。
「もらった!」
スライディングで弾をかっさらい、そのままカルマはディフェンスを潜り抜け、跳躍する。
がこん、とゴールにボールが叩きこまれた。
ギャラリーの女子たちから、わあっと歓声が上がる。
「『神の器』……? あたしの運命……?」
カルマが言った言葉をユリは聞き逃さなかった。
その真意を彼女に問いただそうとしても、女子たちの黄色い声に囲まれるカルマにその余裕はなさそうだった。
「てめえら、うぜぇっ! どっか行ってろ!」
カルマが叫ぶも、小さい彼女に女子たちは殺到する。
小さくてかわいい、同時にカッコいい。おそらく本人は自覚していないが、女子心をくすぐる何かがカルマにはあった。
「彼女たちの言葉を気にする必要はないわ」
美猴王はユリの肩に手をぽんと置き、こともなげに言う。
ユリは振り返って、彼女を見上げた。美猴王は何の感情も湛えず、カルマを見ている。ミカドもまたカルマを見ていた。
この三人は目的があって自分に近づいてきた。それは一体、どういうことなのだろう。ユリの疑問は尽きない。
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「ユリさんの指、本当に綺麗……」
休み時間ずっと、美猴王はユリの机の前で、その手を眺めていた。すらっとした、本当に綺麗な指だ。
「やめてよ、あたし、褒められ慣れてないんだから……」
ユリはどうしてここまでグイグイ来るのだろう、という顔だ。その顔も、どうしようもなく愛おしいと美猴王は思った。
邪魔なミカドとカルマは、校庭で試合の続きをしている。どちらが先に持久走でへばらないか、延々校庭を走り続けているのだ。彼女たちのスピードは計っていないが、おそらく競走の選手並みの速さは出ているだろう。外や校舎で眺めているやじ馬たちも、声が出ないと言った風だった。
そんな連中は関係ない。美猴王は、ユリを独占できるこの時間を尊いと思っている。
「ユリさんは、何も心配しなくていい……。今後、自分がどんな困難に直面してもね」
「どういうこと?」
「人は誰しも、自分ではどうにもならない運命に囚われることになる。だけど、それは意味があることだと、私は思う。でも、あなたは私が守ってあげるから。ずっと、ずっと……」
「今日知り合った人に、そんなこと言われても……少女漫画とか好きなの?」
ふふっと美猴王は笑った。「そうかも」と呟く。窓から吹き抜ける風に、短い白髪がふわりと揺れた。
そろそろ潮時だろうか、と美猴王は思う。
この日のために用意した天魔波旬たちが動き出す。邪魔者たちを一掃し、計画を次の段階に進める頃合いだ。
授業は後二時間。そこからが、決戦だ。
・
放課後。きーん、こーん、かーん、こーんとチャイムが鳴る。
そしてしばらくしたら、逢魔が時がやってくる。
学校裏は墓地だ。若い熱気あふれる学校と、静かな墓地が近い場所にあるのは、都心から遠い地域では珍しくない。
夕暮れの中で、墓を荒らしている者がいる。ここは外国人も埋葬しており、土葬を拒む遺族が棺を埋めていた。何者かがその棺を掘り返しているのだ。
それは、天魔波旬。白目をむき出した鬼が、獣の息を発しながら、素手で地面を抉っていた。
そして棺を見つけると、蓋を破壊し、半分ミイラ化した死体の上で自分の腕を傷つける。
どす黒い血が滴り、それが死体にかかると、「アアア……」と死体は声を発した。
そうして天魔波旬は、仲間を増やしていくのだ。