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巫女×シス ~天魔波旬奇譚~  作者: 樫井素数
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第六話 聖者 ~しすたー~

 逢魔が時。それは毎日、太陽が黄昏る時にやってくる。


 闇に紛れて天魔波旬たちが蠢き、たまに町のどこかで人が死ぬ。

 だが、それが外部に漏れることはない。日本の対人外支部、社がマスコミに報道規制を敷いているのだ。


 この町での被害者は十人以上。それも、死体の近くにいた人間が多く殺されている。天魔波旬は死体に乗り移り、人間を襲うからだ。

 地上によみがえった天魔波旬たちは、何か動きを見せているらしい。復活して所かまわず人を襲うのではなく、どこかに身を隠し、固まっているようだ。これは動物的な思考しか持たないと思われていた天魔波旬には見られなかった行動だ。社も既に動いているが、物化町における天魔波旬の異常発生は西洋魔術協会としても見過ごすわけにはいかない。おまけに社は他国に天魔波旬対策の内容を公表していなかった。


 流カルマはシスターの中でも戦闘部門に特化した少女だ。弱冠十四歳で並の兵士では太刀打ちできない力を持っていた。それは、彼女の特殊体質によるところが大きい。生まれつき筋肉量、運動神経が人より優れているのだ。その分背は伸びなかったが、本人としてはそれを悔やんでいない。

 それだけではない。カルマは特殊部隊隊長の父と、その右腕だった母から生まれ、幼少期から銃の使い方を叩きこまれていた。特に二丁拳銃の腕は達人級と言っていい。カルマはさらに、自身の卓越した運動神経と二丁拳銃の特性を合わせた独自の兵法を編み出している。最強のシスターとして、協会が指名するに十分な人物ということだ。


 今、流カルマは路地裏伝いに、『神の器』の動向を陰から見守っている。目標とは三十メートル離れているが、彼女の視力なら十分視認可能だ。

 夕日に照らされた二人の少女は、自販機の前で何やら会話している。

「あんた、桃サイダー好きなの?」

「あの爽やかな甘さが好きだ。一本奢ってやろうか?」

「結構。あたし、炭酸飲めないの」

 見かけは普通の少女たちのよう。だが彼女たちの本性は、カルマより余程得体のしれないものだ。


 土屋ミカドと自称しているあの少女は、転校という形でこの町に来た。なぜあれが人間の形をしているのか、西洋魔術協会では判断がつかなかった。

 その土屋ミカドと共にいるのは岬ユリ。彼女の素性は洗いだしてある。オロチの娘、つまり剣を体内に持つ少女だ。

 どちらも敵の手に渡したら非常に厄介な存在だが、『神の器』と『天叢雲剣』を接近させるなど、本来ならあり得ない。かつて歴史の中に何度も現れ、その度に災厄を引き起こした『神の器』が、完全に人間の味方であるとは言い切れないからだ。


 西洋魔術協会からの指示は、『神の器』の監視。動き出した天魔波旬に、社が繰り出したのは最終兵器と言っていい『もの』。社の内通者からの情報で協会はその存在を知ったが、深い事情までは知ることはできなかった。

 あれを野放しにすれば、場合によっては天魔波旬以上の脅威となる。しかしここで、天叢雲剣の監視も加わることになる。社も厄介な真似をする、何を考えているんだ、とカルマは思った。


 そしてカルマは、空気が一瞬ぴりっとするのを感じる。 


 目の前の土屋ミカドもそれに感づいたらしい。傍らの少女ユリに言う。

「ユリ。少し用事ができた」

「……何、用事って」

 そしてあろうことに、ミカドは突然ひょいとユリを抱え上げたのだ。

 お姫様抱っこ。あまりに突拍子もない行動に、ユリは赤面する。

「ちょ……ちょっと、あんた! 何して……」

「一旦お前を安全な場所に置いておく。あれくらいの敵なら、天叢雲剣を使わずともいい。家までショートカットするぞ」

 ユリを抱え上げたまま、たん、とミカドは地面を蹴った。


 ミカドの身体が空中を駆ける。ユリは目をぐるぐるさせて、叫んだ。

「あたっ、あたし! 飛んでる! 飛んでるぅぅぅ!」


 ぐんぐんとミカドの姿は遠ざかり、家の屋根に飛び乗った。そのまま走り、兎のように家々の屋根にぴょんぴょんと飛び移って遠ざかっていく。

 ユリの悲鳴がドップラー効果のように響きを変えつつ、やがて聞こえなくなっていった。


 カルマは見た。跳躍するとき、ミカドが確かにこちらを向いたのを。

 にぃ、とその愁眉淡麗な顔は微笑していた。いかにも余裕、といった顔だった。

 気づかれていた。天魔波旬じゃないと気づかれていて、無視されていた。

 ちっ、とカルマは舌打ちする。ぎりっと白い手袋をした手を握りしめた。


(あれくらいの敵、ねぇ……)

 確かにこの気配は、ヒルコと同等の下等な敵だ。しかし数が多い。ざっと十二体。物化町は緑地が多いことで有名だが、それは森に遺棄される死体もあることを意味している。数からしてこの場合、SNSで自殺仲間を募って心中したのだろう。天魔波旬の格好の入れ物だ。


 カルマはたっと走った。その速さは、ミカドのそれに劣らない。

 人気のない通りを疾駆して、カルマは林に向かった。通りを抜け、山のふもとに差し掛かるあたりで妖気が一段と濃くなった。


(俺が全部やってやるよ……)


 カルマが到着したとき、林の中にそれらは蠢いていた。

「アァ、アァァ……」

 ヒルコと同じような背格好の怪物たちが、のろのろと茂みの中を這い出てくる。十二体の怪物たちは背丈は様々だったが、誰しも破れた衣服を身に着け、生気のない目をしていた。


 カルマはスカートを翻し、両脚の大腿に収められた二丁拳銃を取り出した。

 じゃきっ、と銃口が、鈍重な怪物たちを捉える。その銃身には十字架の意匠がある。カルマの白い手袋の、引き金を引く穢れた指だけは黒い。


「……Amen」

 カルマは呟く。これから死すものへの鎮魂だった。


 怪物たちはぐわっと牙を剥きだし、カルマに飛び掛かった。


 だぁん、と音が二重になって響く。手近にいたヒルコ二体の眉間を銃弾が貫いていた。血を吐き、二体のヒルコはうつぶせに倒れ込む。

 倒れた仲間を押しのけ、後ろからヒルコたちが押し寄せてくる。地獄の呻きを発し、口からよだれを垂らしながら、小柄なカルマを濃い千切ろうとした。


 カルマは一切怯まない。二丁拳銃の連射。カルマは走り、常に敵の各個体を把握しながらも、銃口をぶれさせなかった。視界の効かない林の中でも正確にヒルコたちの急所を捉え、少しすばしっこい個体は脚の腱を貫き、動きを止めてから心臓と眉間に一発ずつ打ち込む。

 拳銃は小さくても、肩に大きな負担がかかる。女性ながらも天賦の才と鍛錬で骨の脆弱さをカバーしたカルマは、瞬時に最適な行動を導き出し、実行に移していた。


 マシンガンの斉射ほどやかましい音は響かない。だぁん、だぁんと散発的に音が鳴り……五分も経たないうちにすべてが終わっていた。


「こんなもんだ。あんたはこんな早く倒せっかよ」

 その場にいない『神の器』に向け、カルマは言い放つ。

 天魔波旬の死骸が十二体。どれも急所を打ち抜かれて、即死していた。腐った血の臭いが林にむわっと立ち込めている。

 そして銃をホルスターに収め、死骸の山に背を向け、立ち去った。


   ・


 ユリを家に送り届け、ミカドは遅れて林に着いた。

 しかし血の臭いで全てを察した。シデムシすらたからない、人ならざるものの死体。林の有様を見たミカドは、ほぅ、と言った。

「中々腕の立つ奴だったか。面白い」

 そろりと、ミカドは興味津々と言った顔で頬を撫でたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  それぞれの組織の背景がわかりつつあって、なかなか面白くなってきましたね。
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