第四話 接近 ~ふれあい~
ユリの家に上がってきたその少女は、いきなりお茶を要求してきた。
ぶしつけだなとユリは思わなくもなかったが、危ないところを助けてもらったお礼だ。自分にできることならなんでもしたい。
「……喉、乾いてるんですか?」
「いいや。茶の入れ方で人柄がわかる。私はお前をもっと知りたい」
顔のいい女にそう言われると、ユリはどこか照れてしまう。
美味しいお茶を入れてあげなきゃ、という気持ちになった。
彼女は戦闘が終わった後、家に帰るユリを送り届けてくれるようだったが、そのまま中にまで入ってきてしまった。まるで自分の家のように、無言で上がり込んできた。それでもユリは、悪い気はしない。なにせ絶世の美少女が、何かわからないながらも家に来てくれたのだ。追い返すなんてとんでもないことだ。
しかも、超強い。
なぜこの少女が自分を助けてくれたのか。同じ制服……同じ学校の子だろうか。しかしこんな美人がいたら、学校でも有名人になっているはずだ。ユリはこの少女に見覚えがなかった。
謎のヒーロー。そんな存在だろうか。格好いいじゃないか、とユリは思う。
同時に、それならば自分はヒロイン? とも思い、勝手に気恥ずかしくなってしまった。
ソファに座った少女が怜悧な目でユリを見つめる。見据えられ、少しどきっとしてしまった。
「私は土屋ミカド。しがない巫女をやってる。お前を護衛するよう、社から仰せつかった。以後、よろしくな」
護衛? 社?
聞きなれない単語がいくつも出てきて、ユリは困惑する。
「お前も困惑しているだろう。ざっと説明する。さっきお前を襲った妖怪は『天魔波旬』。妖怪、と言っても、実のところは奴らも生態系を持った生物だ」
「……生物? あんな生き物、図鑑でも見たことないわ」
「理科の授業で習わなかったか? 生物は遺伝子情報を更新しながら進化していく。奴らは我々地上の生命体と対立する邪悪なものだ。いわばこれは、人間と妖怪の生存競争と言ってもいい」
この子は何を言っているのだろう。
ユリは飲み込めないながらも、ミカドの言葉に耳を傾ける。
「遥か昔、地球の生態系が混沌としていた時、『調律者』が現れた。『調律者』は選び取った系統の生物を地球の支配者として選び、それ以外を魂だけの存在として地下に追いやった。それぞれの末裔が人間と、妖怪……天魔波旬だ」
待って待って。いきなりスケールがデカい。
「天魔波旬とは仏敵のことを指す。人間に悪意を持ち、死んだばかりの死体のような、魂の抜け殻を見つけて入り込む。火葬の習慣のない地域は、それらが古来より妖怪、吸血鬼、狼男などとして扱われた。ここ日本では、天魔波旬はまとめてこの町の地下に封じ込めてある……はずだった」
ミカドは一呼吸置く。
「しかし、なぜかここ最近、封じているはずの連中がたびたび地上に出てくるようになった。そして、お前を狙ってくるわけだ。その理由は……自分でさっき見ただろう?」
ミカドが言っていることは、何となくわかる。
ミカドが自分の身体から取り出した剣。人間の構造的に、あんなものはあり得ない。
まだへそのあたりがじんじんと痛む。無理やり指を突っ込まれたのだから当然だ。
「あれは天叢雲剣。ヤマタノオロチの身体から出てきたという伝承が残る、三種の神器の一つだ。かつて合戦で紛失されたとされているが、あれは歴史の表舞台から存在を隠すための方便だ。オロチ一族の中に代々宿る、遺伝子の中に隠された武器。それが天叢雲剣の正体だ」
「それを、てんまなんとか……妖怪に奪われたらどうなるの?」
「『調律者』を呼ぶ儀式に使われる。奴らはもう一度『調律者』を復活させ、一度すべてを無に帰すつもりだ。『調律者』は降臨するだけで、地上の生命の半数が失われる。そうなれば人間にとって大きなダメージとなる」
「つまり……あたしが妖怪の手に渡ったら、世界が大ピンチってこと?」
「ああ。そしてお前の身体から天叢雲剣を長時間出していると、生命力が徐々に減り、死を迎える。お前は私に守られる以外、生きる手段がないということだ」
正直、いきなり自分の生死を賭けた戦いが始まったことに、ユリは実感を持てないでいる。
とりあえずは、ミカドに要求されたお茶を出さねば。
キッチン脇にある戸棚に良いものがあったはずだ。ここに越してくるときに貰った急須と、先日仕送りでもらった茶葉。ユリは茶の趣味はなく、押し入れにずっとしまいっぱなしだった。
(お湯、沸かして入れればいいよね……)
急須におもむろに茶葉を入れ、ポットからお湯を出し、少し振る。
ちょうどよく温度が下がったころ、湯呑を二つと急須を盆にのせ、居間にいるミカドのところに持って行った。
「おまたせー」
そう言ってユリは急須から湯呑へ茶を注ぐ。やや色が薄いと思った。
ミカドは黙って、注がれた茶を飲む。何故かユリはわくわくしながら、ミカドを見つめていた。
「これ……結構いいものだと思うけど」
「いいや、不味い」
バッサリ言われ、ユリはややショックを受けた。ミカドは茶を飲み干し、ことりとテーブルに湯呑を置く。
「茶葉に直接熱湯を注いだな。せっかくの味が台無しだ。全体的にガサツで、上等ではない。だが……相手への気遣いは感じられる。貸してみろ。茶はこう入れる」
ミカドは盆に一式を乗せて、キッチンに行く。
しばらくしてミカドが戻ってくる。
上品なしぐさで、二人分の湯呑に茶を注いだ。
先程よりも良い香りが、ふんわりと漂う。
「飲んでみろ」
ユリは半分疑いながらも飲んでみた。ティーパックと茶葉、どう違うのか。
しかし茶を口に含んだ時、さっきとの違いが一目瞭然になった。
「……美味しい」
「だろう? 茶は優しく温めるものだ。人と人との関係性のようにな」
ミカドはソファに座り、うんと伸びをする。
「今日はこのままお前の家に泊まる。寝床はお前のと共同で使わせてもらおう」
「……へ?」
呆けるユリに、何を言っているんだという目をミカドは向けた。
「寝てるときに奴らが来たら困るだろう? それと、へそが隠れる下着はこれからつけるな。普段着はできるだけへそ出しルックを心掛けろ。これも全部、お前を……ひいては人間を守るためだ」
(ええええええええっ?)
羞恥心と動揺で、ユリの頭はパニックになってしまう。
こうして二人の、奇妙な共同生活が始まった。