第三十八話 最終局面 ~しとう~
がががっ、と壮絶なラッシュがミカドと斉天大聖の間で応酬される。常人の視力では何が起こっているかすら理解できないだろう。
剣で戦うミカドに対し、斉天大聖は薙刀で応戦する。だがミカドは、刀身でもろにその攻撃を受けるのは避け、あくまで受け流すように努めた。今までとは気の大きさが段違いだ。天叢雲剣といえど、これほどの気の束をぶつけられては折れかねない。
ミカドは剣を突き入れる突破口を探す。しかし、斉天大聖のオーラが体表を包むバリアになっているのがわかる。下手に攻撃すればはじき返されるのが落ちだ。加えて相手は、下半身が麒麟になっている分、その背丈はミカドより大きい。何らかの方法でパワーアップした斉天大聖は、どんな能力を持っているかもわからない。ここは早急に蹴りをつけたほうがよさそうだ。
ミカドは一旦飛び退いて距離を取り、メギド弾を剣に装填する。かちゃっと音がして、弾が柄に込められた。柄のトリガーを引くと、刀身に炎が宿る。この一撃で決める。
ミカドは床を蹴って、斉天大聖に再び接近する。ミカドの脳内にアドレナリンが迸った。そして敵の心臓に、炎の刃を叩きつけた。刀身の炎が紅蓮に染まり、今まで以上に業火となって燃え盛った。
斉天大聖の薙刀は長物である分、小回りが利かない。よって瞬時の反撃はできず、懐への攻撃を許してしまった。
ズバン! と一閃。炎の斬撃がオーラを切り裂き、斉天大聖の胸を薙ぐ。
斉天大聖の身体から血が滝のように溢れ出した。続いて剣の炎が彼女の全身に燃え移り、肌を焦がす。
斉天大聖の驚いた表情はしばらく彼女の顔に張り付いていた。それほどまでにミカドの剣戟が秀でていたのだ。
斉天大聖は胸を押さえる。血がどくどくと指の間から漏れ、床を濡らす。彼女を包む炎はその勢いを増し、めらめらと炎上していった。
ミカドは今までになく滾る思いを抱いていた。ユリの力を取り入れて復活し、今までの倍は力が出せる気がする。だが油断は禁物だ。相手もまた退くわけにはいかない。この戦いにすべてを賭けているのはわかっていた。
だからこそミカドは、手向けとして渾身の一撃を見舞った。
斉天大聖はややたじろいだが、倒れない。ミカドは目を疑った。
「……ちょっと驚いたわ。完全体の神の器の力が、これほどとはね」
斉天大聖は呟くように言う。ミカドは黙って次の構えに移った。まだ喋る余裕があるのか、と驚いたのはミカドの方だ。今のが最大の攻撃だったのだが。
「でもね。私には宇宙の力がある。エーテル・エンジンは生物の肉体に入ると、爆発的な筋力増加、細胞の突然変異を促す。正直私にも、自分の力は未知数なの。だから」
斉天大聖は炎の中で、歯をむき出しにして笑った。
「……あなたで試させてね」
ミカドの背筋をぞわりと戦慄が撫でる。
こいつを仕留めきれなかったら、人知を超えた怪物を人の世に解き放つことになる。
そんな時、斉天大聖の周囲に空中を泳いでくる四つの影があった。
仮面たちの亡霊。肉体を失い、魂だけになった彼らは戦闘力もなく、斉天大聖にすがる哀れな幽霊だった。
『斉天大聖さまぁ』
そう最初に言ったのは般若だった。
『アチキたち負けちゃった……新しい肉体をください……』
仮面たちは心なしか悲しそうに見える。
斉天大聖はその言葉に答えず、にやりと仮面たちを見た。その目は仲間を見るものではなく、贄を見るものだ。仮面たちはぞっとしたのか、「ひいっ」と叫んで影だけの姿で逃げる。しかしそれを許す斉天大聖ではなかった。
斉天大聖は苦も無く追いついて、仮面たちの頭をわしづかみにし、まるで生卵を呑むかのようにつるりと口に入れる。一匹喰らうごとに、彼女は美味そうにごくんと喉を鳴らした。
『食べないで……食べないでぇ!』
仮面たちの悲痛な声もむなしく、斉天大聖は『完食』してしまう。彼女は食後、恍惚の表情をしていた。肉が盛り上がり、胸の傷が癒えていく。それと共に彼女を包むオーラも増大し、全身に燃え移った炎が勢いで負け、消えていった。
ミカドの眉間にしわが寄る。一撃で勝負を決められなかったのが悔やまれる。が、ミカドは後悔に時間を割く女ではない。
再びメギド弾をセットする。が、先程のような余裕は与えられなかった。
馬のように駆け、斉天大聖が薙刀を振りかざす。風の如き速さだ。
薙刀から伸びた気の束がミカドの背中に叩きつけられ、間髪入れず蹄がミカドの腹を蹴飛ばす。その衝撃たるや、全身の骨が粉々に砕けるかの如くであった。
壁際まで吹っ飛ばされたミカドは背中を強打し、かはっ、と息を吐き出した。
同じ一撃でも、ここまで重さが違う。
天叢雲剣がミカドの手から滑り落ち、からんと音を立ててそのまま床を滑っていった。
敵は特殊能力ではなく、純粋な肉体の強さで戦っている。そこに戦略などはなく、ただ激しい暴力で叩きのめすだけ。それ故に真正面から戦っても無意味だ。
しかし、勝機が一切ないわけではない。
先程斉天大聖の胸に付けた傷。あれが完治する前に、再び一撃を決めることができれば。
しかしミカドの指は、すぐには動かない。真正面から受けた激しいダメージにミカドはまだ立ち直れずにいた。このままでは斉天大聖が全快してしまう。
「ユリ! 来い!」
ミカドの叫びは虚空に飲み込まれるかと思われた。
だが、その声はしっかりとユリに届いていたのだった。
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岬ユリは、自分だけ安全な場所にいることをよしとする女ではない。
ミカドの邪魔にならない位置まで来て、二人の戦いの様子を見守っていた。いざとなれば自分がミカドの力になるためだ。
奇しくも天叢雲剣は、白い壁の後ろに隠れていたユリのところに滑り込んできた。
その柄を咄嗟に掴んだ時、ミカドの声がユリに聞こえてきた。彼女はユリの気配を察していたのだ。
「それを私のところに持ってこい!」
だがユリは、ミカドがすでに限界なのを知っていた。
指すら動かせない状態の彼女に剣を持って行ったところで何ができよう。
「あたしも戦うわ!」
ユリは宣言し、ミカドは目を丸くする。
「痛みに耐えて、血みどろになりながらも戦う! それがあたしの、いや、人間の宿命よ!」
そしてユリは、斉天大聖に突っ込んでいった。




