第三十五話 復活 ~きかん~
土屋ミカドは生まれた時、一人ぼっちだった。
双子の妹ユリは生まれた瞬間からポッドに入れられ、その体内に宿す天叢雲剣の研究が進められた。天叢雲剣は神への信託だけでなく、最大の武器ともなる。これはユリが誕生する以前から企画されていたものだ。
母体にいたときから、ミカドとユリが人ならざるものだということは知られていた。
しかしながらオロチ一族の歴史の中で、神の器と天叢雲剣が同時に生まれることは珍しい。そのため国の機関である社は特例により人権を無視した、超法規的な措置を二人に強いたのだった。
妹から取り出された天叢雲剣は改良され、メギドの弾を装填できる、より強い武器となった。そして、それを使うべきは自分なのだとミカドは言い聞かされた。神の器は、転ずれば強力な兵器ともなり得る。その力を制御するには、強靭な精神を持たねばならない。そのためミカドにはありとあらゆる英才教育が施されることとなった。
自分は戦わなければならないのだ。社に伝わっている、人類の脅威。天魔波旬とそれを庇護しようとする斉天大聖。ツングースカ大爆発の時から、それはもう動き始めている。
なぜ自分が戦わなくてはならないのだろう。その理由は知っている。自分が『神の器』として生まれたからだ。器の力の一部は妹に受け継がれた。しかし器の本体は自分。
だからこそ自分が戦わなければならない。ミカドは敵を迎え撃てる力を持っている。ならばその力は人類のために役立てる必要がある。
そして妹を守らなければならない。彼女を守れるのは世界で唯一人、ミカドだけなのだから。
妹にはせめて、真っ当な人間として生きてほしかった。できれば天魔波旬は全部自分が倒して、ただの女の子として人生を楽しんでほしかった。自分はもう、この運命から逃れられない。できれば妹にそんな思いはさせたくない。
どうしてか。それは血を分けた姉妹だから、というだけではない。培養液に満たされたポッドで眠るユリの寝顔に、この子はどうしても幸せにしたいと感じさせるものがあった。
それはミカドが初めて覚えたときめきだったかもしれない。肉親への愛、同年代の同性への気持ちなど複雑な思いがありつつも、近いものを言うならミカドは妹に恋をしていた、と言えなくもないだろう。
ユリの存在だけがミカドの心の支えだった。
ミカドは社の研究所で訓練を強いられた。来る日も来る日も採血、戦闘演習、シミュレーション。そして歴史、言語の勉強だ。
そんな中でミカドは文化的な作法……料理や茶を嗜むことに喜びを覚えた。人間的なことをしている間は、自分が人間だと思える。
ユリの前に出ても恥ずかしくない人間になりたい、ミカドにはその思いがあった。
妹に、大切な人に顔向けできない人間にはなりたくなかった。自分で自分を誇る、そのような毅然とした人間でありたかった。ミカドは社の官僚である証として土屋の姓を授かり、天魔波旬が動き出したとの報告を受け、ユリのもとに送られることとなる。
しかし後にユリと寝食を共にしていく中で、ユリをひたすら守るのは間違いかもしれないと思い始めるのだった。
ユリには力がある。自立し、生きていくための力だ。それだけの気の強さ、意思が彼女には見られる。彼女の手を引く必要はあっても、過干渉は避けるべきかもしれない。
彼女が彼女の思う通りに人生を歩んでほしい。いつしかミカドの中には庇護欲よりも、そうした気持ちのほうが強くなっていった。
体内で器化を防いでいた鞘を抜き取られ物体と化してもなお、ミカドの精神は生きていた。意識の一部はユリと繋がり、彼女が戦うさまも見ていた。
そして今。
斉天大聖のもとにユリが来た。自分を助けるために。
ミカドの精神は昂ぶっていた。ユリにこんな思いをさせてしまった自責。
そして大切な人を傷つけまいとする心。
ミカドの精神は激しく揺すぶられていたが、自分一人ではこの彫像と化した身体をどうすることもできないでいた。
しかし、ミカドが人の身体に戻れる可能性はある。
それはユリの中にあるミカドの一部が、再びミカドと融合することだった。この虚数空間は斉天大聖の思念で造られている。それと同じ方法で精神を高めれば、数値化できない人の精神力を形にできる。今のミカドの精神であれば、完全体の神の器でありつつ、人の姿を保てるはずだった。
しかしそのためには、ミカドに力を与えたいと思うユリの強い思念も必要だった。
・
「うぅあっ!」
ユリは斉天大聖の一撃を受け、吹っ飛ばされる。
斉天大聖は薙刀を振りかぶり、そのままユリに向け気の束を叩きつける。
見えない壁に背中が衝突し、ユリは呻いた。
悲しそうな顔をしつつ、斉天大聖はユリへの攻撃の手を緩めない。ひたすら打撃が続く。これはもはや虐待の類だ。
「あなたが悪いのよ……。私に器の力を渡さないあなたが。だから実力行使しかない。あなたを失神させて力を奪う……でも意外と頑丈ね」
倒れたこちらを見下ろす斉天大聖に、ユリは必死で立ち上がろうとする。
「誰があんたなんかに屈するもんですか……!」
しかし場慣れしていないユリは既に息が上がっていて、壁にぶつけた額から血が流れていた。
「……あたしは、ミカドに」
ユリの語気に力がこもる。
「あたしはミカドに、お礼の一つも言ってない! あたしを守ってくれて、あたしの代わりになってくれてありがとうって、言ってないもの!」
「何の話……?」
斉天大聖は拍子抜けた顔をする。そしてもう一度、薙刀をユリの背中に向け振るおうとした。
だが、ユリの声はしっかりとミカドに届いていた。
斉天大聖の後ろにある朱雀の彫像が光り輝く。がたがたと震え始めた彫像に、斉天大聖は鼻白んだ。
「何? 何が起こったの……?」
ユリもまた何が起こっているのか理解できなかった。が、彼女の中にも変化は起きていた。
ユリの心臓がどくどくと高鳴る。彫像の震えと呼応しているかのようだ。そして、ユリの胸から光が飛び出し、彫像に向かっていった。
ユリの光と融合した彫像は輝き、その輪郭を変えていく。
人の姿となった光は高速で移動し、ユリの前に立った。斉天大聖すら知覚できない速さであった。
「待たせたな。ユリ」
やがて光が晴れ、斉天大聖の前に仁王立ちする人物があらわになる。
それは紛れもなく、巫女姿の土屋ミカドその人だった。




