第三十四話 苦戦 ~きょうてきとのたいじ~
空中に浮かぶ仮面たちは、ひゃっひゃと手を叩いてカルマを見下ろしていた。
「斉天大聖さまの言ったとおりだ!」
「こいつら、まんまと引っかかったよ!」
結界か、と気づいてカルマは舌打ちした。
こんな単純な手になぜ気づかなかったのだろう。
「あの時は影のせいでやられたけど、この虚数空間に影はできないからね!」
「今度こそ血祭りにあげてやるわよ!」
影縫は使えない。カルマは大腿につけていた釘をすべて捨て、代わりに二丁拳銃を取り出す。
ひゃあっと仮面たちは散り散りに逃げ、四人の指を一点に合わせる機会を伺う。
させるか、とカルマは跳躍した。
跳躍した先で、不意に足場らしきものを足裏に感じる。ちょうど着地できるならここがいいと思った場所だ。
カルマは瞬時に理解した。この空間は見えないブロックが周囲に浮いており、おそらく仮面たちはその位置を理解している。
これは厄介だな、と思わずにいられなかった。知らず知らずのうちに敵の術中にはまる恐れがある。
銃を構えながら思案する。できるだけ撃つ回数を最小限に、それでいて四体の動きから目を離さずに。
だぁん、と一発。般若を狙って撃った。
仮面を捉えたと思った。
だが。
「秘技、スクエアバリアー!」
四人が手をかざし、正面に大きな正方形の防護膜を作る。
透明なぶよぶよとした膜につつまれるように、弾は勢いを殺された。
ひゃっひゃっひゃと仮面たちが嗤う。
「ぼくらの新技! 決まったね!」
「これでお前の攻撃は通らない!」
ちいっとカルマは再び舌打ちした。
ただでさえ、一度捉えられたら回避の難しい亜空切断もある。こいつらをさっさと片づけてユリを探すのは不可能だ。
決死の覚悟で臨まなければならない。余力を残して勝てる相手ではないのだ。
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別の白い空間で、ユリは斉天大聖と対峙していた。
斉天大聖は正装で、ユリに向かい合っている。彼女はユリがここまで来てくれたことに、感謝すら覚えていた。彼女の後ろには不完全な神の器、鳳凰の像と化したミカドが鎮座している。
「美猴……さん……?」
斉天大聖は少し寂しそうな顔をする。自分で作った身外身とはいえ、印象がそいつに上塗りされているのは気分がよくない。
「……そう。あなたにとって私の顔は、あいつのもの……」
斉天大聖は一歩ずつ、ユリに近づいていく。
「私は斉天大聖。あなたたちが戦っている組織のボス、と言えばいいかしら」
それを聞いたユリの顔は一瞬にして臨戦態勢に変わる。
「美猴さんじゃ、ないんだね。なんで町を……こんな酷いこと!」
「『正しい世界』にするためよ。不当に地下に押し込められた天魔波旬たちに自由が与えられる世界にね」
ユリは剣を構えた。しかし剣先はふるふると震えている。自分を睨みつけるユリを、斉天大聖は優しく包むように言う。
「そんな顔をしないで……私はあなたと戦いたくない」
「ミカドを返せ!」
「あの子のどこがいいの?」
斉天大聖に、ユリは勇気を出して言い返す。
「ミカドはあんたと違う! あんたなんか、人を傷つけて正義面してるだけじゃない! こんなに町の人たちが苦しんでるのは、全部あんたのせいなのよ!」
「……そう。哀れね。世界レベルでものを考えられないなんて。何が正しいのか、身の回りからしか考えられないなんて」
斉天大聖はそう言った後、にいっと笑った。
「単刀直入に言うわ。私と来なさい。そうすればあなたの命は保証する」
「嫌!」
ユリは震える剣を斉天大聖に向け続けた。
斉天大聖は悲しそうな顔をする。
「……どうしたら、私があなたに敵意がないこと、本当に世界のために動いていることをわかってもらえるのかしら」
「あたしがあんたを認めることは絶対にない! あんたがどんな考えで動いてるのか、バカなあたしにはわからない。でも、平和に暮らしてる人たちを脅かすのは違う! 平和を踏みにじる人が、正しい世界なんて作れるもんか!」
すんっと斉天大聖の顔から笑顔が消える。
代わりに黒いオーラが彼女の周りに渦巻き、ごおっとユリに向かった。
ユリの背中をぞろりと戦慄が撫で、全身が逃げろと危険を訴える。だがユリは逃げなかった。逃げる場所がない、だけでなく、ここで自分が逃げたら誰も救えないからだ。そう外部から察するのに難くなかった。
「でやぁーっ!」
ユリはがむしゃらに剣を振るう。その太刀筋は滅茶苦茶で、素人の動きでしかない。
あぁ、とそんなユリを斉天大聖は愛しく思った。
戦いとは無縁に過ごしてきた少女が、勇気を振り絞って自分に挑んできている。
それは小動物の威嚇を見るような愛らしさを斉天大聖に与えた。
ユリの剣が斉天大聖の肩に食い込む。しかし、ユリの腕力では鋼のような斉天大聖の筋肉を切ることすら難しい。刃を食いこませながら、困惑するユリをも斉天大聖は可愛いと思えた。
斉天大聖は素手で刃を掴み、血の流れる肩から剥がす。そして力任せに刀身ごとユリを投げ飛ばした。
どがっ、と衝撃音。
見えない壁に背中から衝突し、ユリは「ううっ」と肩を押さえる。
ユリに選択肢はない。斉天大聖は勝ち誇った顔で、ユリににじり寄っていった。
しかし斉天大聖は知らなかった。
彼女の背後にある鳳凰の像が鼓動を強めていることを。




