第三十三話 決意 ~めざめ~
滔々と事実だけを言うカルマに、目を見開きユリは聞き入っていた。
真相を知ったユリは、信じられないと最初思ったものの、これまでの自分の感覚が全て腑に落ちた。
ミカドは双子の姉。だからこそあんなに自分に目をかけてくれた。彼女は出会った時から何となく好きだった。それも、自分と血を分け合った姉妹だからなのか。
そしてミカドは姿を変えてしまった。彼女こそが神の入れ物だった。今は斉天大聖の手の中にある。そして斉天大聖は、『神の器』の片割れである自分を狙っている。
カルマはその事実を告げるとき、本当に辛そうにしていた。ユリの今まで見てきたものが崩壊しかねない内容だったからだ。
「お前がショックを受けると思って黙ってた。けどな、お前をこれ以上巻き込むわけにいかねぇ。だから教えた。これを聞いてもまだ、お前はしゃしゃり出てきたいか?」
双子の姉を好きになっていた。もし姉と妹が逆だったら、ミカドの運命を自分は受け入れられただろうか……。
ユリは確かに頭を揺さぶられるような衝撃を受けた。が、それで折れる彼女ではない。きっとユリはカルマを睨み返す。
「でも、あたしは好きな人を見殺しに出来ない! 自分だけ指くわえて安全な所にいるなんて、我慢できないの!」
「ユリ、お前の『好き』って何だ?」
カルマに冷静に言われて、はっとユリは我に返る。
「お前は何のためにここにいて、何をしたいんだ?」
立て続けに起こる出来事に、我知らず熱くなっていた。顔面を負傷して醜くなった自分を支えてくれるカルマに恋愛感情を抱いたのも、全てを失った反動によるところが大きい。
ユリは今一度、自分の立ち位置を振り返らずにいられなかった。
これまでだって『好き』という衝動に駆られることはあっても、それが何なのか、何の理由によるものか、考えずにいた。最初はそれでいいと思った。しかし今は、そうではない。自分が本当にやるべきことを考えなければならないのだ。
「……あたし」
祭りの前日に四人で撮った写真が思い出される。
あの日常は、自分にもかけがえのないものだった。できれば、あの頃に戻りたい。でもそれは不可能だ。誰も触れないが、美猴王が死んだことも悟っていた。滅茶苦茶な運命。しかし、この運命がなければ四人は巡り逢わなかったのが皮肉だ。
世界は歪で、とことん滅茶苦茶だった。幸せになんて、なれるはずがなかった。今までは薄氷の上を歩くような平和でしかなかったのだ。
「……わかんない」
ユリは頭を抱えた。
「わかんない、わかんない! あたし、ミカドやあんたと違ってそんなに真剣に生きてないもの! 戦わなきゃいけないのだって、町がこんなになったからだし……。辛い時に支えてくれるなんて、好きになるしかないじゃない! ミカドは助けたい、でもあんた一人で行かせるわけには……」
軽くパニックになるユリに、カルマはつかつかと歩み寄る。
グーで殴ろうと拳を振りかぶった。が、殴る直前で平手打ちに変える。
ぱしっ、と頬を叩かれ、ユリは再び熱くなっていた自分に気が付いた。
しばし二人は無言になったが、先にカルマが口を開く。
「お前は結局どうしたいんだ。目先のことに精一杯なのはわかる。でもな、それで生きていけるほど世の中甘くねぇんだよ。お前の見ている世界を変えるために、お前が何をしたらいいのか、それがわかってない。戦う覚悟もない奴を連れて倒せるほど、ボス野郎は弱くねぇんだ」
ユリは何も言い返せなかった。
生まれついた特性。剣を体内に宿し、それをつけ狙う者と守る者にもまれる生活。
守られるだけでいいのか。このまま何もしなくていいのか。
誰かに変化を与えられるままでは、自分の『個』も揺らいでしまう。それが自分の人生と言えるのだろうか。誰かに頼るんじゃない。自分で行き先を決めるべきだ。
カルマはそう言っている。
それに。
『ユリ』
ミカドにそう囁かれたような気がして、ユリは決意する。
あいつもそう言うだろう。
「……カルマ、我儘言ってごめん」
自分の決意は他者に突き動かされたからではない。
ユリ自身が今、ミカドを助けたいと思っている。ミカドがどれだけ辛かったのか、ユリに知る由もない。しかしユリの運命を半分背負ってくれた彼女にできることは、ただ待っていることじゃない。
「あたしも戦う」
ユリの目はいたって冷静で、しかしその奥に炎が燃えている。カルマは今度は反対しなかった。
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「地下には広大な空間がある。きっと信者たちの集まりに使われていたんだろう。そのために通気孔が確保されている。別の道もあったが、今はそこに行くのは危険だ」
目の前に仏舎利塔が見えてくる。あたりに野良の天魔波旬が蠢いていても、防衛線を張っているようなものは見かけなかった。
「しかし、見張りすらいないとは……てっきり仮面どもがいると思ったが」
「きっと中で待ち構えてるのよ」
「だろうな。嘗められたもんだぜ」
カルマたちは無用な戦いを避け、物陰を移動しつつ、仏舎利塔の裏に回る。
排水溝のような通気口が、裏庭にあった。網をかぶせてあったが、カルマがそれを蹴って壊し、二人は内部に侵入する。
「まるであわてんぼうのサンタクロースね」
「落っこちるなよ」
通気口内には照明もなかったが、夜目の利くカルマに導かれてユリは地下に進んでいった。
出口にはまた網があり、がぁんとカルマが蹴りで破壊する。
仏舎利塔内部は白檀の香りがして、回廊には誰もいないようであった。
「ユリ、気をつけろ。何が起こるか……」
その時。
ぐわん、と時空が歪んだ。カルマは突然目の前が真っ白になったような気持ちになる。しかしそれは、白く広い空間に転移したということだった。
傍らのユリがどこにもいない。周囲は真っ白なだけで何もなく、まるで白い宇宙に放り出されたようだ。
そして、黒い影法師が四つ、カルマの上でにたにた笑っていた。




