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巫女×シス ~天魔波旬奇譚~  作者: 樫井素数
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第三十二話 中間点 ~いんたーばる~

 背中に刺したエネルギーパイプから供給を受ける斉天大聖を、四人の仮面は御前にて畏れ多い様子で見ていた。

 彼らなりに斉天大聖を案じているようだ。しかし、仮面たちの前に鎮座する斉天大聖は……。


 紛れもない、天魔波旬を超えた怪物であった。


 注入を始めてから一日半。体格こそ変わらないが、その身体から発する気の量が劇的に増えている。並大抵の人間であれば、睨まれるだけで胃が縮みあがり、失神してしまうだろう。

 斉天大聖の頭髪は軽く逆立ち、威嚇するような容貌を見せている。それは毛の一本一本に気が張りつめ、静電気を発しているためだ。目は爛々と光り、まるで獰猛な肉食動物のようである。手に持った薙刀はいつ刃を向けてくるかわからない。

 触れざる者。その殺気を常に放っていた。


「……あの二人、こっちに近づいてきますぜ。気配でわかります」

 猩々が畏れ多くも進言する。

 ぎょろりと斉天大聖の目がそちらを向く。仮面たちは、ひいっと身を寄せ合った。

「そんなことはわかってる。あなたたちはこの部屋で待っていればいい。特別な策を講じる必要なんて何もないのよ」

 何を悠長な、と誰も口にできない。が、般若だけは焦って言ってしまう。

「でもでもっ、このまま何もしなくていいのぉ? そりゃアチキたちも頑張るよ! だけどあいつら、思ったより手強」


 打!


 他の三人の仮面が知覚できないほど速く、斉天大聖の薙刀が振り下ろされ、そこから迸る気が般若を打ち据えた。

 こだまする打撃音。空気を通してびりびりと感じる波紋。床に大きなクレーターができる。

 般若がいた場所には、襤褸切れと化した布。粉々になった仮面や肉体の破片しか残っていない。辛うじてぴくぴくと、ずたずたになった指がミミズのように動いていた。

「鬱陶しいわよ般若。さっさと新しい身体で戻ってきなさい。また騒いだら、あなたたち全員まとめて潰すわよ」

 恐ろしいほど無感動な声に、残った三人は再び震え上がった。

 しかし、斉天大聖はこうも続ける。

「なに、あの子たちがここに来れば、私の結界が発動する。そうすれば虚数空間に飲み込まれて、私たちに有利な場所にワープする。岬ユリは私が、あの金髪の蠅はあなたたちが相手するのよ」

 うんうんと仮面たちは頷く。それ以上余計な口出しは誰もしなかった。

 般若が新しい死体に乗り移るのも間もなくだろう。

 斉天大聖はしばし、ユリたちが来るのを待った。自分が襲撃した場所からこの仏舎利塔まで、人の脚で来るとするならそろそろだろう。


 斉天大聖は自分の手を見る。自分が念じたコンマ数秒後に指が動いた。反射神経としては遅すぎるくらいだ。

 やや神経の動きが鈍っている。この肉体も限界ということか。

 今まで人間の少女に乗り移りながら現世に留まっていたが、もう時間がない。斉天大聖自身の魂が摩耗し、擦り切れようとしている。

 岬ユリの力を奪い『神の器』を完成させ、神を未来永劫この地に留まらせなければならない。そうすることで斉天大聖の望む、生きとし生けるものに自由の保障された千年帝国が完成する。

 そのためには初恋も捨てるつもりでいる。岬ユリ。その顔を初めて見た時のときめきは忘れない。できれば彼女と添い遂げたかった。

 だが、斉天大聖は成さねばならぬ。負け続けた人生、勝って生を終えなければならない。

 それが自分を封印した『十二匹の猿』そして神との因縁の決着なのだから。


   ・


 天魔波旬と化した市民にはもう自我がなく、暴れるだけの下等な怪物となっていた。

 血に飢えた天魔波旬たちが「うおう」と吼え、ユリたちに向かってくる。

 ユリとカルマは視線を交わし、臨戦態勢に入った。


 カルマが銃撃で翻弄し、相手の動きを止める。続いて腕、足の腱を攻撃し、相手の肉体を地に落とす。

 ユリが天叢雲剣で敵の首を斬る。最初より力を入れずとも、首を落とせるほどユリは成長していた。それを繰り返し、二人は天魔波旬の群れを瞬く間に倒していった。

 元々ユリには天叢雲剣と、『神の器』の力の一部がある。そのため天性の戦闘スキルに恵まれているのだろう。そんなことを考える余裕は、必死で戦っているユリにはなかったが。

 二人の連携のとれた動きは、この短い期間とは思えぬほど取れていた。敵を一掃して、血にまみれた地面の上でユリとカルマはしばし休息をとる。 あの戦いの後でも、カルマは汗一つ流していない。対してユリは汗びっしょりで、破れた巫女服が濡れていた。


「……しかしよ」

 瓦礫に腰かけたカルマは言いかけて、それでいて言い淀む。躊躇いながらも彼女は言った。

「……この戦力で、どうやってあいつと、美猴王の本体と戦う? 正直、俺とビギナーのお前じゃ戦力不足だ。あの仮面たちにもなんとか勝てた程度だからな……」

「ミカドはね、生きてるよ」

 呟くようにユリは言う。ぽかんとカルマはユリを見た。

「お前、わかるのか。ミカドが生きてるって」

「確証はないけど、鼓動を感じる。あいつが死んじゃいないって、命と命が糸で繋がってるのよ」

 

 そうか、とカルマは一人合点する。何か、ミカドについて知っているようだ。しかしあえてそれをユリに知らせようとしない。そして、厳しい目をユリに向けた。

「……だったら、お前は戦いから降りろ。ここから先は、俺が何とかしてミカドを蘇らせて戦う。剣は大事に持ってるんだ。それを手放すと、お前は死んじまうんだからな」

「……ほんと、あんたって優しいのね」

 ユリは以前よりカルマが、自分の身を案じていることをひしひしと感じていた。それは単に、非戦闘員を戦いに巻き込むわけにはいかないという気持ちからだったのかもしれない。しかしその優しさが、傷ついたユリには沁み込むように感じられるのだ。

 思えば四人で暮らしていた時から、カルマはこうだった。愛想は悪くても、ユリを第一に想っている。それは、ユリが襲撃されてから顕著になった。

 ユリは感謝と、愛の気持ちで胸がいっぱいになっている。ここまで自分を思いやってくれるカルマ。自分が立ち直るきっかけになったカルマ。危険が迫ると、こうして自分に戦いから退くように言ってくれるカルマ。

 そしてユリは、自分にもわからない衝動でカルマにすがるように言った。


「カルマ。あたし、あたしね、きっと前からあんたのことが好きだったと思う。あんたはいつだって正面からぶつかってきた。あたしも、あんたに正直な気持ちで応えたい」

「……お前」

「あたし、カルマの力になりたい! だからついていく! 精一杯戦う!」

「……それは、吊り橋効果ってやつだ」

「何それ?」

 ユリは頭に疑問符を浮かべる。カルマは、ふぅとため息をついて答える。

「危機を乗り越えた奴が、共にいる相手に恋愛に似た感情を抱くことだ。お前は熱くなりすぎてる。少し頭を冷やせ……」

「あたしは本気でカルマのこと!」

「黙れ!」

 その力強い声にユリは気圧される。


「お前がそう想うべきは、俺じゃない。そうであるべきは、あいつだ……」

「ミカドのこと?」

「そうだ」

 カルマはユリを正面から見る。射すくめるような視線にユリはたじろいだが、逃げなかった。

「お前に本当のことを教える」

 ごくっとユリは生唾を飲み込んだ。

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