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巫女×シス ~天魔波旬奇譚~  作者: 樫井素数
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第三十話 過去 ~いまわしききおく~

 銀ピカの宇宙船。超合金でできた船体は、どれだけの年数を経てもその輝きが失われることはない。大きさは横に十五メートルほど。高さは四メートル。居住区を備えたこのモデルとしては非常に小型の部類と言える。仏舎利塔の地下深くにそれは、封印されるように安置してあった。

 卵型のそれに近づくと、当時の忌々しい記憶が斉天大聖の脳裏によみがえる。

 十二匹の猿。斉天大聖はその末端。彼らは罪人であったが、同時に追放せざるを得ないほどの強大な力を持っていたのだった。

 

 管理社会である猿の惑星では、システムに逆らう者は厳罰を強いられる。斉天大聖はレジスタンスの指導者であり、投獄された後は他の猿とともに追放された。漂流して死ぬ前提で造られたこの船がどういうわけか宇宙の特異点スター・ゲートに飲み込まれ、たどり着いたのが人類発生以前の地球である。恐竜が絶滅し、哺乳類が栄え始めた時代だった。

 十二匹の猿は早速テラフォーミングを開始し、自分たちの望む環境に合わせて地球の生き物を選別していった。それは生物としておごり高ぶった態度だ。斉天大聖は、それをずっと複雑な気持ちで見ていたのだった。


   ・


「こんなの、正しい世界じゃない!」

 現住生物をポッドに入れ、DNAを操作する仲間の一人に斉天大聖はそう言った。

 ここは地球に設置された第一基地。現地の素材で簡易的な住居を作り、そこに機材を運び込んでいた。

「何が問題なのかね?」

 一人いくつものコンピュータを操作していた猿が、椅子をくるっと回転させてこっちを向く。この宇宙船に、テラフォーミングのための装置を密輸したのは彼だ。監視の目をかいくぐって材料を届けさせ、宇宙船内でくみ上げた彼は、間違いなく一流の科学者だった。

 白衣を着た、年老いたチンパンジーのような彼は肥大化した脳を持ち、知性の高さをうかがわせる。

 投獄される前は研究と称して人殺しを続けていた彼に、斉天大聖は物おじせず続けた。

「あなたたち、自由が欲しかったんじゃないの? 私たちはそれを奪う立場になっている。テラフォーミングを続けたら、この星の生物の自由は失われるわ! 地上で生きるものと、それを許されないものに分けるなんて、残酷にも程があるわ!」

「それの何がいけない? 自分たちが心地よく生きるために他の生き物を犠牲にする。どの生物も行っていることだよ」

「でも、私たちが虐げるものと同じになってどうするの? 犠牲の上に自分たちが安穏を得たって、そんなの意味ないじゃない! そんなの、私たちの星の圧制者と同じよ!」

「斉天大聖。君は潔癖症すぎるな」

 白衣の猿……オンコットは、しーっと指を口に当てた。斉天大聖は我知らず、声が大きくなっていたのを自覚する。


「この星はうまく使えば、発展の可能性だってあるのだ。こんなに緑豊かな星は、恒星系に類稀なる存在だよ。この地で我々の子孫が繫栄し、ゆくゆくは他の星と交易することだってできるかもしれん」

「宇宙船を操作してスター・ゲートに突入したのは、もしかしてあなたの計算……」

「そうだ。そしてその理由がここにある」

 椅子から立ち、机の上にあったリモコンを手にとって、こつ、こつとオンコットは基地の奥に歩いていく。

「ついてこい」

 斉天大聖は不服ながらも、今は彼に従うしかなかった。


 様々な機械が立ち並ぶ基地内部は、斉天大聖にも知らされていないものが多い。そもそもオンコットという老人は、他人に自分の頭の中を探られるのも嫌らしい。

「これを見てくれたまえ。つい先日、採取した生物……と言っていいのかわからないがな」

 厳重な保護ガラスに囲まれたそれは、生き物の常識を超えたものだった。

 それは金色の彫像。朱雀の身体に青龍が巻き付いている。

 鼓動もなく、一切動かないが、確かにそれは生命のエネルギーを放っていた。


「これは?」

「『神の器』。我々の星の神話に出てくるものだよ。『剣』も別のところにある。共振して暴走しないようにね」

 その神話は斉天大聖も知っていた。蛇の尾から生まれる『剣』と、その形で生まれてくる『器』があれば神である『調律者』が降臨し、呼んだ者の願いを叶えるという。『剣』と『器』は星を離れ、別の世界に行ったとされた。

「では、『剣』と『器』がたどり着いた新天地というのは……」

「そう。太陽系第三番惑星。この星だよ。私はそれを知るのに随分と文献を調べた」

 オンコットはリモコンのスイッチを押す。

 強化ガラスが自動で開き、中の『器』を持ち出した。

「これはある日、探索隊を待ち構えるように山頂に鎮座していた。近くにいた生き物……全長二十メートルの大蛇の身体から特異な反応が検出され、捕獲し尾を切ったところ、『剣』も出てきた。その容貌は我々の伝承と一致する。ここは間違いなく神のおわす星だ」

 オンコットは、はぁと感慨深くため息をついた。

「今より『神』を呼ぶ儀式を始める。仲間たちを招集する。君も見ていてくれ」

 斉天大聖は何も言えなかった。ここでオンコットを倒すことはできない。斉天大聖と彼では力の差は歴然。だがそれより優先すべきことがある。

 『器』の光輝に魅了され、『神』を見てみたいとの気持ちが強まったからだ。

 何かよからぬことが起きる。そんな予感より好奇心が勝った。

 知的生命体は、自分より高次なものの存在に惹かれるのだ。


   ・


「では、神を呼ぶ儀式を始める」

 十二匹の猿は終結し、拓けた大地に立った。それは奇しくも、後にツングースカと呼ばれる場所だった。

 オンコットは右手に『器』を捧げ、左手に『剣』を構える。神を信奉する彼は、僧侶のような高貴さを放っていた。

「神よ……我らが願いを叶えたまえ」

 その祈りが通じたのか、一瞬晴天に雷が生じたようにかっと空が光る。


 斉天大聖が目を細めると、一瞬後には、『神』の仮面が雲から顔を出し、自分たちを見下ろしていたのだった。

 まるでそこにいるのが当然というように、異常な存在が鎮座していた。

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