表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巫女×シス ~天魔波旬奇譚~  作者: 樫井素数
3/41

第三話 邂逅 ~であい~

 我を忘れて走っていたユリは、いつの間にか自分が別空間にいることに気づいていなかった。

 逢魔が時。それは夕方のほぼ数分の出来事のはずだ。それが今、三十分以上も続いている。

 町並みがやや歪んでいくことに、ユリは数百メートル走ったあたりで何かおかしいと感じ始めた。

 家々は捏ねた粘土のようにねじれ曲がり、木々は不自然に折れ曲がっている。その頽廃的な光景は、まるで悪夢に迷い込んだかのようだ。


 ユリは前方に威圧感を感じ取り、急停止する。

 夕日に背中を照らされ、体全体が影になる形で『それ』は立っていた。


 ユリと同じ制服。あの首を吊っていた少女、ヒガサだ。やはり生きていたのか、と最初は思った。

 しかし異様なのは、その背中が妙に盛り上がり、肌がぶよぶよで死人の色をしていることだった。白目は煮た魚のそれで、鋭い牙の覗く紫色の唇からよだれが滴っている。

 その様は、まるで地獄の鬼だ。背骨が大きく曲がった、身長二メートルの餓鬼だ。

「あぁあぁ……」

 亡者のうめきをヒガサは漏らす。

「ひいっ!」

 ユリは恐ろしさのあまり、へたりと座り込んでしまった。

 この異様な空間は、ヒガサ……もとい、ヒガサの死体に乗り移ったものが仕組んでいるに違いない。誰にも助けを求められない。

 ヒガサの形をした『もの』は、ずるり、ずるりとユリに歩を進める。

 逃げなきゃ、ユリはそう思った。

 だが、どこに? この空間に逃げ道があるはずがない。逢魔が時がずっと続くここは、人間界とは隔絶された空間なのだ。

 じりじりと迫ってくる怪物にユリは、絶望の顔を向けるしかなかった。脚がガクガクと震え、生まれたばかりの小鹿のようになっていた。


   ・


 ミカドは疾駆し続けた。脇道のない一直線の歩道は、ユリが他に行き場のないことを意味している。

 走り続けていると、前方に二つの人影が見えた。

 絶望している顔のユリに、怪物がじりじりと近づいている。その様は獲物が怯えている様子を楽しんでいるかのようだ。


 ひゅっ、とミカドは跳躍する。怪物はようやく迫ってくるミカドに気づいたが、時すでに遅かった。

 どがっ、とミカドは強烈な蹴りを怪物にお見舞いした。

 ミカドのすらりとした脚はアスリート並みに鍛えられており、見た目に合わない力強い一撃を加えたのだ。

「『ヒルコ』か……」

 敵を蹴りざま、ミカドは呟く。『天魔波旬』の中でも下等な生命体だ。

 ヒルコと呼ばれた怪物は吹っ飛び、数メートル地面を擦った。

 しゅたっとミカドは華麗に着地する。


 突然現れた珍客に、ユリは動揺を隠せないようだ。ヒルコとミカドを交互に見て、何が起こっているのか必死で考えようとしている。

 ミカドはへたりこんでいるユリを見下ろした。

 こいつが護衛対象。一見普通の女子高生だが、ミカドは事前に彼女のデータを教えられていた。

 であれば、この場を潜り抜ける方法は一つ。


「おい、そこの女」

「はっ、はいぃ!」

 ミカドが言うと、ユリはびくっと身体を震わせる。

 この女が護衛対象なら、体内の『あれ』は既に形作られているはずだ。


「へそを出せ」

 突然何を言われたのかわからないといった、ユリの当惑が伝わってきた。

「あの……どういうことですか?」

「へそを出せ!」

 ミカドに強い口調で言われ、ユリは一層びくっとする。

 そして無我夢中でセーラー服の裾をまくり上げ、へそを出した。

 やや痩せ気味だが、良いラインの腹部があらわになった。へそは、腹部の下部中央につつましくある。生娘特有の柔肌が晒されていた。


「こっ……これでいいんですか?」

「ああ」

 ミカドは震えているユリの肩を掴む。

 えっ? えっ? と言いたげに瞬きを繰り返すユリ。

 ミカドは彼女の肩を引き寄せ、へそに手をやった。


 ずぶり。


 ミカドの細い指が、ユリの小さなへそを押し広げていく。

 あまりにも突拍子もない出来事に、ユリは真っ赤な顔で焦燥を隠せていない。

「あなた、何して……!」

 ユリに構わず、ミカドは一心不乱に穴を押し広げる。

 やがてへその穴に、ミカドの手が全て入ってしまった。


「痛っ、痛い……!」

 激痛がユリを襲う。

 へその中をまさぐるミカドは一心不乱に何かを探した。ユリは苦悶の表情を湛えながらも、初めての感覚を制御できずにいる。ミカドが指を動かすたびに、あっ、あっ、と呻き声が漏れてしまう。

「やめて、あなた、何なの!」

 ミカドは何も答えない。言ったところで、この場でユリが理解できるとは思わない。

 やがてミカドの手が、固いものに触れた。ミカドはそれを掴む。

「ううっ……」

 ずるりと一気にへそから『それ』を引き抜くと、ユリは苦悶の声を発した。

「ああっ!」

 大きくユリはのけぞる。ユリのへそから出てきたものは、血にまみれた長いものだ。


 それは間違いなく剣であった。


 ユリはぜいぜいと息をつき、自分の中から出てきたものを信じられない目で見た。

「あたしの……あたしのへそから、剣が……」

「ヤマタノオロチの血筋を引く者が代々体内に持つ、天叢雲剣。三種の神器の一つにして、天魔波旬と戦う武器だ」


 ミカドが言うと、剣はひとりでに輝きを放つ。

 剣にこびりついていた血がばっと飛び散り、その全貌があらわになった。


 柄の部分に拳銃のトリガーのようなものがついている。その刀身は太刀のようでもあり、高貴さを放っていた。


 ヒルコが起き上がり、ずりっ、ずりっと体勢を立て直す

「グァァァ……」

 呻き声を発するヒルコを、ミカドは冷たい目で見ていた。

「魂のない死体に乗り移ったか。この程度の敵にはいささかオーバーキルだが、せっかく剣を使うチャンスだ。思う存分試させてもらう」

 ミカドは剣を構えたまま、だっと駆ける。


 高速で相手に迫り、その巨体を袈裟斬りにした。ヒルコの肩の部分がばっくりと割れ、緑色の血が噴き出す。

「グゥゥゥアアッ!」

 ヒルコが叫んでも、ミカドは容赦しない。

 続けて下から上へ、V字の斬撃を食らわせる。

 ヒルコの両肩から夥しい血が溢れた。

 ぎゃあお、ぐおうとヒルコはのたうち回る。

 ミカドは間髪入れずその胴体を蹴った。

 再びヒルコは投げ飛ばされ、空中に血の軌跡を描きながら、数メートル先に転がった。

 

 ヒルコは上体を起こし、そのぎざぎざの口から長い舌が伸びる。しゃあっと蛇のようにミカドに迫る舌には、もう一つ口があり、牙がある。

 ミカドはその攻撃を剣で受け止める。じゃりぃぃん、と火花が散った。しかしミカドは攻撃を受けきり、弾いた。断ち切られた舌が路上に転がり、しばらく生き物のように蠢いた。


「呆気ないが、これで終わりだ」

 ミカドはポケットから何かを取り出す。

 それは銃弾だった。金色の、鉛玉ではないオーラを放つ弾。隕石『メギド』から作られた銃弾だ。

 剣の柄に一発、それをセットする。かちゃり、と音がした。


「グゥアアアアアアアアアアアアアア!」

 両腕も舌も失ったヒルコが苦肉の策で突っ込んでくる。

 しかしミカドは冷静に、迎撃する構えを取った。


 ミカドは剣のトリガーを引く。柄の部分から紅蓮の炎が立ち上り、刀身の先まで達する。まるで炎の剣だ。

 ミカドは襲い来るヒルコに、炎の剣で斬りつけた。


 斬られたヒルコの身体に炎が燃え移り、その身体を焼く。浄化の炎は人外を滅する。

 しゅうしゅうと蒸発していくヒルコの身体。

「クゥアアアアアア……」

 無念の声を発しながら、ヒルコは消えていく。

 かしゅん、と剣の柄から空薬莢が飛び出し、地面に転がった。

 ヒルコは徐々に小さくなっていき、後には燃えかすだけが残る。


「ふん」

 たわいもない、とミカドは心の中で思う。今ので剣の使い勝手はおおよそ掴んだ。

 ミカドの手の中の太刀は、徐々に消えていく。空気に溶けていくようだ。

 逢魔が時は終わり、夜の闇が訪れ始めた。

 後方で見ていたユリは、ぼうっとしたままミカドの背中を見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] へそから剣… 作者の性癖が露見する作品は良作って昔から決まってるのです
[良い点] オロチの体から天叢雲剣という神話の一節を JKの臍に手を突っ込んで取り出すというのはかなりフェティッシュなアレンジですね…w [一言] いい感じにバトルと百合の気配を感じるので続きも読ま…
[良い点] 戦闘シーンは特に緻密に武器の設定など含めて描かれていた印象を受けます。天叢雲剣を取り出すシーンが思っていたよりも遥かに生々しくて驚きました。 [気になる点] シスターだと取り出す武器が変…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ