第二十九話 黒魔術 ~きしかいせい~
「あっちむいてぷん!」
「こっちむいてぷん!」
四人の仮面が指を向けるたび、こぉん、こぉんと空っぽな音がこだまする。
ユリはカルマに手を引かれて逃げ惑う。ジグザグに逃げるカルマの足跡に、次々に地面が削られた痕ができる。
しゅう、と焼かれた煙が薄く痕から立ち上った。一体削られたものがどこに行くのか。カルマには想像すらできない。したくもない。
亜空切断。空間を削る相手の技に、カルマたちは対抗策を講じられずにいた。相手が四人合わせて指を向けてきたら、その直線上の物質は削られる。ややタイムラグがあるのが救いだが、空中を身軽に動く奴らは隙を見せない。そんな相手とどう戦うべきか。
「間違ってもユリちゃんの心臓に当てるんじゃないわよ! アチキたち斉天大聖様に怒られちゃうんだから!」
常にカッカしている般若に泥眼が疑問の目を向ける。
「でも足の一本くらいはいいんじゃないかしら? 戦ってる以上不可抗力なのだしー」
「金髪のおちびさんは血祭りにあげていいって言ってたよー。そっちを攻めようよ」
泥眼、顰の意見を聞いて、うーんと猩々は腕を組み、言った。
「じゃ、金髪をまず狙おっか。そうすれば剣の子も動けないだろうし。みんな、行くよー!」
それを合図に、びゅっ、と仮面たちがカルマの周囲に追いつく。
「しゃあっ」
仮面たちが鋭い爪で襲い来る。しかしカルマは知っている。これは相手を威嚇するだけのものだ。冷静に対処すれば、なんてことはない。むしろ必死に攻撃を避けようとするだけ、相手の術中にはまる。冷静さを失わせ、その次に亜空切断が来る。
だぁん、とカルマは銃を放ったものの、目の前の猩々の仮面はにんまりとしている。
銃撃により布の一部が破れているが、相手の実体がどうにもわからない。脚はなく、上半身のみの身体。その布の中がまともな人間のものかも怪しい。
こいつらはシンプルなぶん、どこを狙うべきかわからなかった。たとえ心臓を射貫いたとしても死ぬかどうか定かではない。それは相手もわかっているのだろう。連中はにやにやしつつ、獲物を弄ぶ猫のようにカルマの周囲を舞った。
「ユリ。お前の剣はどのみちあいつらに届かない。ここは俺に任せろ……」
「あたしがいれば、あんたが致命傷を負うリスクも減るんじゃないの?」
ユリの口答えに、そうかとカルマは考え直す。敵はユリを殺してはいけないと言われている。それを利用するのも手だ。
「だったら、俺の心臓の延長線上にいてほしい。奴らの能力は直線状の空間を削る能力。そうすれば、少なくとも俺の心臓は狙われない。俺の心臓を削ったら、同時にあんたのも削れるからな」
「わかった。あんたの後ろにいるけど、邪魔はしない」
ほっとカルマは息をついた。
こういう時、理解ある仲間だと本当に心強い。カルマは時折、自分が熱くなりすぎることを理解している。それを諫めてくれるパートナーこそ、彼女に必要なものだった。
指を揃えようとする三人の仮面を、般若が手で制する。
「待って! アチキたちの亜空切断をやったら、ユリって子まで巻き添えよ! それだと斉天大聖さま、本気でトサカだわ!」
「ややっ。これは少しやりづらい」
むむ、と猩々が言ったのち、ぽんと手を叩く。
「金髪の手足をもいでダルマにすれば関係ない、みんな、そうだよね?」
うんうんと仮面たちが頷く。明らかにこっちを苛つかせる茶番。カルマは敵愾心をなるべく収めるよう努めた。
「それならいいよねぇ。斉天大聖さまの命に反してないんだし」
「ねー」
「みんな、頑張るぞ!」
猩々が言い、四つの幽霊が一斉に指をさす。狙うはカルマの四肢だ。
カルマはその気配を感じ取り、即座に転がって位置を変えた。こぉん、と彼女がいた位置の空間が削られる。そして、シスター服のポケットから釘のようなものを取り出す。
「これはできれば使いたくなかったが……」
カルマは釘を銃にセットする。そして、浮遊している四つの影法師を狙った。
だぁん、だぁん!
銃声と共に釘が発射されるが、わーっという声とともに、鬼ごっこをしているように仮面たちは逃げた。
「どこ狙ってるのー?」
「へったくそー!」
仮面たちが嘲って笑う。だが、カルマはいたって冷静だった。
「これでいい。お前たちを止められるからな」
猩々と泥眼がぐい、と何かに後ろから引っ張られるように動けなくなる。
「……えっ」
いくら動こうとしても、縫い付けられたようにその場から動けない。その時初めて、仮面たちに焦りが見えた。
「影縫。西洋魔術協会が押収した、黒魔術の一種だ。できれば聖職者がこれを使うのは控えるべきだが、状況が状況なんでな」
カルマはそう言い放つ。
猩々と泥眼が必死に動いても、杭で打たれたようにその場から動けなかった。ひぇ……と彼らが声を漏らす。
「……Amen」
BANG!
カルマはメギドの弾を、泥眼の仮面に向けて放つ。
今度こそ泥眼は避けられず、ぱりん、と仮面の額が割れ、へなへなと黒い布、その下に隠されていた死体の上半身が崩れ落ちた。
身体を支える力がないということは魂が抜け落ちた、その証でもある。
「で、泥眼……!」
他の仮面たちがおののく。カルマはにいっと笑って、次の照準を猩々に合わせた。銃声の直後、仮面が真っ二つになり身体とともに地に落ちる。
「次はてめぇらだ。外道ども」
だぁん、だぁんと、釘が般若、顰の影を捉える。
この仮面たちは四人で指を向けないと能力が発動しないらしい。追い詰められ、こひゅーこひゅーと細く息をする仮面たちに、つかつかとカルマは歩み寄っていく。
「これでゲームオーバーだ」
だぁん、だぁんと、銃声が響く。それをユリは、カルマの真後ろで聞いていた。
しかし。
けらけらけらと何もない空中から声がする。
「ぼくらの身体の代わりはいくらでもある! またあそぼーねー!」
魂だけになった四人が、どうやら本部に帰っていくらしい。不可視の相手にカルマはどうすることもできないが、肉体のない天魔波旬たちもカルマを攻撃できないようだ。
「けーんかしたってー」
「なきべーそーかいたってー」
「あしたーになったらーわすれるさー」
そんな歌を歌いつつ、それらの気配はすぐに消え失せた。
がくり、とカルマは膝をつき、ユリが駆け寄る。
「あんた……こんなに細い身体で無理して……」
ユリは労りの目でカルマを見る。カルマは蓄積した疲労で、肩が震えていた。
「……あたしにできることは、何でもやるから」
ユリの目に、強い意思が宿る。




