第二十八話 仮面 ~たのしいなかまたち~
壊れた家を出て、ユリとカルマはとぼとぼと歩いていく。
ここから『十二匹の猿教団』の仏舎利塔まで距離がある。更に、町中にうようよしている天魔波旬たちとも戦う必要もあった。それを思うだけでユリはうんざりした。
ユリは初めての戦闘に高揚感と生命を絶つことへの嫌悪感を覚え、吐いてしまった。まだ胃がきりきりと痛む。
こんな自分は、ただの女子高生だった頃には考えられなかった。あの時が一番幸せだったと思う。怪物に襲われず、戦うなんて概念もないまま日々を過ごす。結局は状況が許してくれず、こんなことになった。この世の終わりのような光景の下で、自分は戦わなければならない。
(ミカドを……助けなきゃ)
その思いだけがある。
斉天大聖の手中にあるミカドを取り戻さねば。彼女は生きている。そうでなければ、ユリの中にミカドの鼓動は聞こえないはずだ。
「気分が悪かったらすぐ言えよ。おぶってやるから」
不意に隣から声が掛けられる。ユリは意外そうにカルマを見た。彼女はぶっきらぼうな表情だが、じっとユリの様子を見ている。
「……あんた、優しいのね」
「優しくないと思われてたのか」
「……ごめん。今は大丈夫。でも、あたしの方が背高いけどおぶれるの?」
「チビ扱いすんな。力はある」
カルマはふんと鼻息をついた。
「……お前も、難儀だよな。こんなことになって。俺も人には言えないような生活を送ってきた。でも、お前の置かれた状況は遥かに酷い。でもよ」
カルマは拳をユリに差し出した。
「俺に出来ることがあったら、何でも手助けする。困った時、俺を頼ってくれ」
ユリは、きゅんとする胸を感じずにはいられなかった。
(この子、あたしを本気で守ってくれようとしてる……)
ユリも拳を差し出す。ごつん、と自分の拳をぶつけ、にかっとカルマは笑った。まるで年下の男の子だ。
カルマの低い身長と相まって、ユリはときめいた。
この子もきっと、身の丈に合わない経験を経てきたのだろう。跳ねっ返りに見えても素朴な優しさが滲み出ている。そんな彼女にユリは親しみを感じていた。
二人の上を四つの影が通り過ぎる。
一瞬、周囲の気温が下がったような気がした。
はっとして、ユリとカルマは上を見た。そこには黒い布をまとった仮面たちが、こちらを見下ろしてけたけたと笑っている。
芝居に出てくる幽霊のような簡素な姿。しかしながら彼らの仮面は墨入れがしてあり、おどろおどろしいものになっている。
「に~こに~こし~まがあ~りまして~」
「に~こに~こな~かまがいるんです~」
調子っぱずれの歌が不気味にあたりに響いた。
カルマの目が戦闘態勢に切り替わる。じゃきっと二丁拳銃を構え、ユリを庇うように前に出る。
「こいつら、斉天大聖の側近の……!」
「泥眼!」
「般若!」
「猩々!」
「し~か~み~」
仮面たちが自己紹介した。妙に飄々とした言い方が、逆に危険な雰囲気を感じさせる。
「斉天大聖さま、カンカン! アチキもカンカン! どうして斉天大聖さまの邪魔をするの? とっちめて鼻からスパゲティ食わせてやるんだから!」
般若の面の天魔波旬が、くわっと腕を上げて威嚇する。こちらを馬鹿にしているのかと思うくらい滑稽な動きだ。それに手を叩いて、猩々が笑う。
「あははは、般若、面白い!」
「なんですってムキー!」
般若の怒りの矛先が猩々に向かう。そのまま二人は空中でぐるぐると追っかけっ子を始め、常に泣いているような表情の泥眼がよよよと顔を覆う。
「般若、そんなに怒らないで。アタイは悲しいよぉ〜。みんなおともだちじゃない~」
「泣かないで、でいがん~」
顔を覆っておんおんと泣く泥眼の肩を顰がぽんぽんと叩く。その顔はどこか腑抜けている。二人はまるでミュージカルでも踊っているかのように大げさな素振りを見せた。
「あんたはぼーっとしすぎなのよ、顰!」
「ごめん、はんにゃ~」
「ぼくたち今日も絶好調!」
仲良し四人組のじゃれあい、といった感じだ。きゃっきゃと笑い合う児童そのもの。
しかしユリは、はっきりと四人からの殺意を感じていた。彼らから発せられる、まるで空間を覆っていく黒いオーラ。カルマもそれは感じているらしい。立ち向かった足が、じりじりと後退していく。
「ユリ、気をつけろ……こいつら、ふざけてるけどヤバい!」
途端。
ぎょろっと四つの仮面がユリたちを見た。
「あっちむいてぷん!」
四人の仮面が一斉にユリを指さす。
瞬間的にカルマはユリを押し飛ばした。
ざざっ、と地面にユリの身体が擦れ、一瞬後に「こぉん」と空洞の鉄を叩くような音がする。
ユリはわけもわからず上体を起こした。カルマが肩を掴んで強引にユリを立たせ、その手を引いて仮面たちから逃走する。
「あれは防ぎようがねぇ!」
ユリは、さっきまで自分がいた直線上の地面がえぐれていることに気が付く。
まるで空間そのものを削り取ったようだ。あの一瞬で、そんな芸当をしたというのか。ユリの肝が冷える。
「ぼーくらはみーんな、なーかよしー」
「なかよくけんかもいいじゃない~」
笑いながら仮面たちは飛んで追ってくる。
「こいつら、俺たちを嬲りものにする気だ!」
カルマのその声には、鬼気迫るものがあった。




