第二十七話 新生 ~あたらしいせんし~
かちゃり、かちゃりとカルマはメギド弾を銃に装填する。
ユリはぼーっとそれを眺めていたが、不意に疑問を口にした。
「それ、ミカドも使ってた。何なの? それ」
「これか。特別な隕石、メギドが入ってる。かつて調律者が世界を造るとき降ってきた、いわゆる『神の破片』。空にいるあいつの垢ってことだ」
カルマが親指で空を指す。
壊れた母屋の天井は抜けており、空を見ることができた。『神』は相変わらず、その仮面を雲の雲の間から出し、虚ろな目で周囲を睥睨している。
ふーん、とユリは言った後、ぼそっと漏らす。
「……神様って何のためにいるのかな」
「さぁな。意味なんてないのかもしれない。俺たちが道端にいる蟻の群れを見るとき、蟻からは俺たちが神に見えているだろうな」
「そう。その程度。だったら蟻を潰すのも造作もないってわけね」
「そうかもな。慈悲をくれる存在なんて期待しないほうがいい」
「聖職者なのに、神様に対してドライすぎない?」
「俺は兵士の子だ。平和を守る、そのために人々を律する。神の教えに従えというのは方便にすぎない。西洋魔術協会は、人の心の平和も守るのが仕事だ」
「あんた、ちょっとヒーローっぽいわね……」
カルマはついと目をそらす。少し照れたらしい。
神様なんて、いなければよかったのに。
ユリはそう思わずにはいられない。人に災厄をもたらし、自分を不幸にする。こうなるためだけに自分は生まれてきたのか。天叢雲剣なんて、なければよかったのに。
しかしユリの手には鞘に収まった天叢雲剣がある。
カルマが盗み、ユリに護身用として持たせた。剣は消えてしまうはずだが、鞘があるためか実体化したままだ。これを手放して時間が経っても、自分は死んでしまう。
ユリは瞼が切れた方の目に乾きを感じ、床から腰を上げた。
まだ雨水タンクの水道水は生きている。ユリは戸棚で見つけた小瓶に水を入れ、目薬のように目に垂らした。
目に潤いが戻り、ユリはカルマの近くに戻っていく。
この家の家族は全員天魔波旬に取り憑かれ、暴れながら共食いしていたところを、カルマが全員仕留めた。悲しい家族だったな、と他人事ながらユリは思う。
とことん幸せになるか、とことん滅茶苦茶になりたい。それは、平穏に生きていたから思っていたことだ。平和が崩れてしまえば、自分が生きること以上に考えることなんてない。なんて贅沢な悩みだっただろう。自分の愚かさに、ユリは勝手に恥ずかしくなる。
ミカドはどうなっただろうか。殺されてしまったのか、それもカルマは教えてくれない。殺しても死なないような奴だと思っている。だからきっと、動けなくされているだけなのだろう。
理屈はわからないが、ミカドが生きているという確信だけがあった。それはユリにも不思議だった。自分と何処かで繋がっているような、そんな気持ちがある。
助けに行かなければ。だが、どうやって?
自分の手にある天叢雲剣。自分がこれを振り回せというのか。
カルマ一人に押し付けるわけにはいかない。自分もこの騒動を引き起こした一端だ。できる限りのことはしなければならない。
ちん、と刀身を少し出してみる。濡れたように光る刃。指で撫でればすっと切れそうだ。
自分がこれを振るっている姿など、想像もできなかった。
突如。
どがぁんと、壁が破壊される。
半分木の根のような怪物がぬっと現れた。さしずめいかつい木の妖精といったところか。オーガのような天魔波旬は、ユリを見てにいっと笑った。
「下がれ!」
カルマがユリの前に立ち、がぁん、がぁんと連射する。
しかし固い皮膚の相手には正面から撃っても弾かれるだけだ。ちいっとカルマは舌打ちし、比較的皮膚の薄い首筋を狙うため、周囲を跳びまわった。
壁を蹴り、床を蹴り、縦横無尽に動いて敵を翻弄する。
しかし敵は一体ではなかった。
がぁん、と壁を壊し、同型の天魔波旬がカルマを捉えようとする。
空中で翻ったカルマは、新手の腕をかわすことはできない。剛腕がカルマの華奢な身体を握りつぶそうと迫る。
ユリは自分だけ何もできず、多勢に無勢のカルマに任せることはできなかった。
我知らず天叢雲剣を抜き、カルマを掴もうとする天魔波旬の腕を根元から斬り裂いた。
「ぎゃああああああああああっ!」
天魔波旬は叫ぶ。その切断面からどす黒い血が噴き出す。
ユリは着地し、どすっと太い腕が彼女の背後に落ちた。
私、今、何をした?
ユリは無我夢中で剣を抜いた。そして天魔波旬を攻撃した。
ぞくぞくと高揚感が彼女を包む。
自分は、守られるだけのか弱い女の子じゃない。
「カルマ! 二手に分かれるわ!」
しゅたっと着地したカルマは意外そうな顔をしていたが、すぐに事態を把握し、頷いて自分は五体満足の天魔波旬に向かった。
がぁん、がぁんと銃声が響く中、ユリはミカドがしていた構えを思い出す。
相手が来るのを待ち受けるカウンタースタイル。待っていれば、相手の動き、息遣い、そうしたものが自ずとわかる。
後は本能の赴くまま剣を振るうだけ。
迫りくる巨体。しかし焦らなくていい。
ずばっ、と剣は相手の胸を切り裂いた。
切断面からじわじわと消えていく自分の身体に、天魔波旬は泣き声のような声を発した。
跳躍。ユリは隣にミカドがいるような気分になった。
『大丈夫。お前と私は本来、一心同体なんだ』
そう言われている気がして、ユリは剣の切っ先を相手の首の頸動脈に向ける。
ドスッ!
落下の衝撃で、相手の首筋に剣が突き刺さる。
天魔波旬の断末魔で、自分が相手を殺したのだとわかった。
しゅうう、と煙のように消えていく天魔波旬。後ろのカルマも、二発の銃声ののち、敵の急所を撃ったようだった。
消えていく怪物。
壊れた母屋の中央で、ユリは嘔吐した。




