第二十二話 祭 ~こんとん~
岬ユリは宮の待合室で、丁寧に化粧をされていく。
普通の少女でしかない彼女が、美術品のように手入れされ、美しく飾り付けられていく。
おしろいを塗られ、眉を整えられ、着物を着せられ……まるでお姫様のように、クラスメイトである祭りの担い手たちの手で別人のようになっていった。
衣装とメイクが完成すると、ユリは姿見の前でバツが悪そうな顔をする。
巫女服は上等なもので、決して醜い姿ではない。だが、自分と釣り合わない気がする。
「毎回、別の自分になった気がするわ……。こういうの、得意じゃないんだけど」
その時、出入り口で手を叩く音が聞こえた。
ユリがそちらを向くと、巫女姿のミカドが壁に背を預けてこちらを見ていた。
「ミカド……」
「似合うじゃないか、ユリ」
似たような巫女姿のミカドに言われても、ミカドのほうが何倍もスタイルが良く、お世辞だと思えてしまう。衣装を着こなした自然体のミカドのほうが、断然巫女という役に合っているような気がした。
「ミカドほどじゃないよ。多分、ミカドがライオンだとしたらあたしは子猫くらいの差があるよ」
「子猫は可愛いだろうが」
言葉の綾だが、可愛い、と言われてユリは照れてしまう。
「でもさぁ、今回、あの妖怪たちが来るかもしれないわけで……あんたたちがいるから不安はないけど、他の人たちに被害が行かないかって」
「それは善処する。だが、お前を守ることが最優先になることは許してほしい。そうしなければ、ひいては人類の危機に及ぶからだ」
ユリにもそれはわかっていた。自分の身体の中にある天叢雲剣。それを妖怪……天魔波旬たちは狙っている。
ミカドなら何でもしてくれると、出会った初めは思っていた。しかしミカドは思ったより不器用で、自分に気持ちもうまく伝えられない。
一見完璧で実はそうでないミカドだからこそ、好きだという気持ちはあった。
「あんたも万能じゃないのは薄々わかってる。力のないあたしには申し訳ないけど、戦いはあんたたちに頼るしかない。無責任な言葉だと思うけど……頑張って」
「私達はプロフェッショナルだ。そんな言葉は不要だ」
ユリはふっと微笑んだ。
「とにかく、お祭りが最後まで終わればいいのよね? そしたらさ、お疲れ様会しようよ。まだ行ってない遊園地でもいいから、四人で行こうよ。喧嘩はしちゃ駄目だけどね?」
「ああ……楽しみにしている」
ミカドは薄く笑った。
ユリは覚悟する。これから神輿に乗って市中を回るのだ。それは身を晒す苦痛であり、祭りの最中は言い得ぬしんどさに囚われる。
だが、今までの祭りのような孤独感をユリは感じなかった。
自分を守ってくれる人たちがいる。その事実がユリを支えていた。ユリに勇気を与えていた。
ミカドたちが自分のできることをするなら、あたしも自分にできることをするまでだ。
ユリは強く、そう思った。
・
「あいつ……大丈夫かな」
祭りを待つ熱気の中で、シスター服の流カルマは考える。この群衆の中でコスプレのような格好をしていても、より大きな関心ごとのある人々にはあまり顧みられない。
カルマはユリが心配だった。自分のように訓練を受けたわけではない、普通の少女でしかないユリが衆目に晒され、耐えることを強いられる。
カルマが見ていたユリは、そんなことに耐えられる少女ではなかった。であれば、自分は彼女のために何かしたかった。
こうして天魔波旬からユリを守るしかできない。邪を鎮める祭りが遂行されれば『神の器』を狙うものもいなくなり、西洋魔術協会が危惧する危険もなくなる。
仮に天魔波旬が現れてもミカドは戦うだろう。ただ敵に奪われ、いいようにされるだけの女ではない。あの気品の高さを思わせる、自立した女は無力ではない。一種の信頼感をカルマはミカドに抱いていた。
「頑張れよ……ユリ」
カルマはそう思うのみだった。
自分たちが人外による危険から守る。あとは、祭りの重圧にユリが耐えればいい。
・
祭囃子が響き渡り、宮から神輿が現れる。
金色に縁取られた神輿を上半身裸の男たちが持ち、上には巫女姿の少女が正座していた。
少女は微動だにせず、毅然とした態度を周囲に見せつけている。
この神輿が市中を一周すれば、結界が強化されるお祭りの完了だ。
「お祭り、始まったようね」
群衆の一人が言う。彼女はただの主婦のようだ。彼女は神輿に担がれるユリを見ている。
彼らは至って普通の、民間人の集まりに見えた。
その手に持っているスマホの画面に、『十二匹の猿教団』の指示が表示されている以外は。
「我々も始めよう」
スーツ姿の男性が言う。
彼の手には、液体の入ったペットボトルが入っている。ちゃぷちゃぷと音を立てる液体は、ガソリンか何かの揮発性のもののようだ。
男性はマッチを擦り、そのペットボトルに入れた。瞬時にペットボトルをユリに向け、男性は投げた。
ばん、と破裂音が響き、祭囃子が一瞬沈黙する。
ユリの顔の正面で、そのペットボトルは爆発したのだ。神輿の上で、ユリは負傷した自分の顔を覆った。
巫女服の少女が爆発物を投げた人物の元へ走ったのは、間もなくのことだった。




