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巫女×シス ~天魔波旬奇譚~  作者: 樫井素数
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第二十話 欠片 〜しゃしん〜

 祭りの三日前。

 ユリにとって、ミカドと出会ってからこの日まで来るのに長かったような気がするし、短かったような気もする。


 ミカドは紅白の巫女衣装、カルマはシスターの服、そして美猴王は、中国の舞台役者のように派手な格好をしていた。中国の鎧風の胸当てをした、赤い装束の美猴王は、まるで舞台劇の孫悟空だ。


「……そんな派手な格好でお祭りに出るの?」

 姿見の前でポーズをつけるミカドたちにユリは呆れて言う。ミカドはこともなげに返した。

「私達は賑やかしとしてそれぞれの装束を着る。別にコスプレじゃない。町に許可は取った」

「いつの間に……」

「これも祭りに取り入るための方便だ。お前を何があっても守る」

「でも……」

 美猴さんは、と言いかけたユリはそこで止まった。

 自分を好きだと言ってくれた美猴王は、嘘偽りではない。あの目は本心を伝えていた。

 だから、本当はスパイなのだろうと言うことはできなかった。この場合、内通者であってもスパイと言うべきか迷うものだったが。


 ミカドの巫女姿はスレンダーで、やはり見とれてしまう。ミカドは自分にはないものをなんでも持っている。それが見ていて格好良くも、妬ましくもあった。

「ユリ?」

 ミカドに訊かれる。はっと、ユリはミカドを見つめてぼけっとしていた自分に気づいた。美猴王がミカドの後ろから二人を睨んでいる。


「ごめん、ちょっとミカド、決まりすぎてたから」

「そうか」

 ユリの言葉にミカドは何の疑問もないようだ。よっぽど自信があるんだな、とユリには思えてならない。

 だが、その自信が頼もしい。

 もしユリとミカドが対立するような……例えばクラスメイトではあるが友達ではないような関係だったら、ユリはミカドが疎ましく思えてならなかっただろう。完璧超人、なぜそこまで堂々とできるのか不思議なくらいの自尊心。

 ユリはある意味、ミカドを独占できている。クラスの人気者だったとき、やや嫌いになった。今は周りの女子たちも落ち着いて、四人で帰っても何も言われない。


 ミカドは多くを語らないが、仕草一つにもユリへの気遣いが感じられる。『まるで昔、二つに分かたれた自分自身』のように。ここまで他人から優しくされたのは初めてで、意識するなというほうが無理というものだ。


 今回着る衣装の丈も合っているらしく、三人とも満足そうな顔をした。ユリはそんな三人を見て、ぽろっと言葉が出る。

「ねぇ、記念写真、撮ろっか」

 三人はうなずき、ユリがスマホを構える。

「撮るよー」

「いいやユリ。お前も入れ」

「ええっ?」

 ユリは何の衣装も着ていない。普通でしかない自分がこの美形の三人に囲まれても、不自然でしかないだろう。


「なんであたしが……」

「私達はお前の縁で集まってきた。なら、主役のお前がいないほうがおかしいだろう?」

「主役なんて御大層な、あたし、モブでいいわよ……」

「いいや主役だ。お前の人生ではな」

 ミカドがユリの肩をぐいと引き寄せる。「ちょっ」と言いつつ、ユリは少し顔を赤らめた。


 スマホを自動シャッターに切り替え、台に置き、四人で立つ。衣装を着た三人はそれぞれモデル顔負けのポーズをしたが、ユリは何をすればいいかわからず、苦笑いしてピースした。


 かしゃっ、と、平和な日常が一瞬切り取られる。


   ・


 夕飯が済み、ユリが眠ったあと、三人は居間で会議を始める。

 テーブルの中央にはマークを付けた町の地図が広げられていた。

「天魔波旬が今まで現れた場所を線でつなぎ、それぞれの移動ルートも考慮した結果、この場所に邪な気が集まっている可能性が高い。敵の親玉が『十二匹の猿教団』の本部に常にいるとは限らん。ここを拠点にして祭りを妨害してくるとも考えられる」

「俺とお前でさっさと片付けてこようぜ」

 カルマの提案にミカドは首を横に振った。

「駄目だ。ユリにもしものことがあったらどうする。それに……」

「私が裏切るかも、でしょ? 私はユリさんの味方で、あなたたちの味方をしたつもりは微塵もないけど」

 美猴王が白髪をかき上げる。


「お前は俺たちの敵、その分身だ。警戒しないほうが変だろ」

「ユリさんに振られて、必要なときに信用もされないなんて、自分が哀れで笑っちゃうわ」

 ふっと美猴王は鼻で笑った。しかし直後に、真剣な目つきになる。


「このまま私の本体を野放しにすれば、必ず祭りに介入する。私がユリさんを連れて帰れなかった場合、そうするつもりだったの。だから私が行く。けじめをつけるために」

 ミカドとカルマは無言で美猴王を見ていた。

「私、ユリさんの、好きな人の怒った顔なんて未来永劫見たくないもの。だから私は、全身全霊で私を止める。だからあなたたちはユリさんを守っていて」

「私達に……ユリを託すと?」

「そうよ」

 美猴王の顔に少し、寂しげな色が浮かぶ。

「勝つ、つもりでいる。少なくとも祭りが終わるまで、私は本体を食い止めてみせる。もし私がいなくなっても、あなたたちがいればユリさんは大丈夫だと思うから」

 決意に震える美猴王に、二人は続ける言葉もなかった。


   ・


 天魔波旬たちが現れているのは、町はずれの廃工場。ここから伸びる地下道があるのは、町の見取り図からわかっていた。美猴王は本体だった頃の記憶で、確かにここを使ったと覚えている。厳密に天魔波旬を送り出す場所を、彼女は決めてはいなかったが。


 恐ろしいほどしんと静まり返った夜更け。壁の破れた廃工場の中に、地下道への入り口がある。そこの階段を降りると、長い回廊になっていた。


 かつ、かつ、と美猴王は回廊を歩いていく。明かりはいらない。美猴王は身体から発する気で、周囲を常に知覚している。

 やがて闘技場ほどの広場に出た。


「待っていたわ」


 虚ろな空間に艶のある声が響いた。美猴王がよく知る声、忘れることのない、『自分』の声だ。


「『私』だったら、必ず私を倒しに来ると思った。天魔波旬たちは全員インフェルノにいる。あえて足止めはしなかった。だって無駄ですものね。私の力をほんの一部とはいえ持っているあなたなら」

 広場にいる影が一歩、こちらに歩く。

 美猴王はしゃらんと如意棒を構えた。


 部屋の中央にいるのは、牡丹色の中国における花嫁衣装を着た、薙刀を持つ少女。

 短い白髪の上に冠を戴き、白い顔には鮮血のような隈取がしてあった。

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