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巫女×シス ~天魔波旬奇譚~  作者: 樫井素数
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第十八話 蛟 ~みづち~

 白い砂に珊瑚が森のように茂っており、その間を魚たちが飛び交っている。

 大きめの魚影がゆらりと二人の上を通って行った。ミカドとユリは、まるでこれから戦うかのように対峙している。得も言われぬ緊迫感が二人の間に漂っていた。

「……あたしとミカドって、運命で結ばれてるの?」

「そう言いかえることもできるし、その言葉が示すほどロマンチックなものではない。むしろ宿命と言った方が正しい。私がこの世に再び現れた時、たまたま天叢雲剣を持っていたのがお前なんだ」

 告白されている、というより、ラブの意味ではなく懺悔のようにも聞こえる。

 ミカドの顔には翳りがあった。君をこんなことに巻き込んですまない、といった顔だ。

「ねぇ、ミカドたちって、何なの? あたし、どうしたらいいの?」

「それは……」

 ミカドは口ごもった。

 その先を言うのが憚られるように。

 だが、ユリは踏み込んだ。ミカドだけは信頼したい。その気持ちが強く、ミカドが自分を思いやっているがゆえに話せないのも知っていた。

 しかしそのままでは永久に平行線だ。ユリは相手を傷つけるのを恐れて、真実から目を背けることを良しとしなかった。

「全部話して。あたし、自分に関わることなのに蚊帳の外はもう嫌なの。あたしの中の剣。それが問題になって、三人があたしのとこに来てるんでしょ? 妖怪に襲われるのも、剣があるせいだって……」

「ああ。全部言う。少し長くなるが……」


 突如。

 水槽から差し込んでいた青い光が、夕暮れ時のような淡いオレンジ色になる。まだ午前中のはずだ。

 ばん、ばん、ばんと水槽を内側から叩く音。ユリとミカドはそっちを見やる。そこには手形がくっきりとついていて、魚の顔をした亜人たちが、「しゅううううう」と言いながらミカドたちを見下ろしていた。

 魚の胴体から二メートル大の青白い人間の胴体が生えている。魚たちはそれぞれ元の身体に爪で引っかかれたような傷がついていて、血が海中でリボンのように流れ出ていた。


「天魔波旬……? こんな時に!」

「ユリ、ここは逢魔空間だ!」

 カルマと美猴王が、物陰からざっとユリの前に躍り出る。いつでも出られるよう、スタンバイしていたようだ。

 カルマはスカートのホルスターからじゃきっと二丁拳銃を取り出し、美猴王は掌からしゃらんと如意棒を顕現させる。


「ユリ、ちょっと痛いぞ」

「もう慣れた!」

 ミカドはユリのシャツをめくって、手をへそに突っ込む。「うっ」とユリは声が漏れたが、剣を身体から取り出される痛みは最初に比べると感じなくなっていた。

 ミカドは天叢雲剣を取り出し、すぐさま柄にメギドの弾をセットする。

 腹部を押さえるユリは眉間にしわを寄せた。

「うぅ、何もないよりは痛い……」

 ユリは身体の芯である剣を抜かれて腰が抜けそうになったものの、溺れるのを避けるため階段のところまで行き、這いながら上った。

 ミカドたちはユリの前で、次々に水槽から出てきて迫ってくる魚人軍団を待ち受けた。


「どういうことだよ。お前が連中のボスじゃなかったのか」

 カルマが隣にいる美猴王に訊く。美猴王はいたって平常心を保ちつつも、この事態が彼女にも想定外だという顔をしていた。いつでも不敵なはずの彼女から、余裕が感じられない。

「私にもわからない。もしかしたら、私の本体が別の策を考えたのかも……。どのみち、こいつらは私も敵だと認識してるようね」

「どういうことだ。『十二匹の猿教団』はお前を見捨てたのか?」

「その可能性が高いわ」

 他人事のように美猴王は言う。

 しゃああああああ、と呻きながら魚たちはガラスを叩き、がしゃあんと割る。

 海水が一気に溢れ出して、廊下は浸水した。海のにおいが充満する中、三人の少女は武器を構える。

「行くぞ!」

 ミカドの合図で、だっと浸水する廊下を三人は駆け、襲い来る魚人たちを打ちのめしていった。ミカドの剣が叩き切り、カルマの銃が火を噴き、美猴王の如意棒が叩きつけられる。

 そうして三人は、魚人たちが発生する中心へと向かった。


   ・


 ウツボの身体と恐竜の手足、赤子の顔を持つ天魔波旬『ミヅチ』は水槽の中を泳ぎ、魚たちの胴体に傷をつけていった。

 長く鋭い爪で引っかかれると同時に魚は絶命し、無形の天魔波旬が潜り込む。

 天魔波旬に乗り移られた魚の体表は皮膚病のようにぼこぼこと盛り上がり、そこから四肢が伸びて醜い魚人となる。その目は文字通り、死んだ魚の目だ。

「きゃ……」

 次々に変化していく魚たちを幼子の目で見るミヅチは、残酷な笑みを浮かべていた。

 ミヅチは知る。三人の少女がこちらに向かっていることを。

 教祖たる美猴王の本体に与えられた指示は、岬ユリを守る身外身を殺すこと。袂を分かった分身の美猴王は、もはや教祖と同一のものと認められていなかった。

 首をもたげ、鰓を動かし、ミヅチは俊敏に水の流れに乗って廊下へと向かった。


   ・


 ミカドは海水に乗って溢れ出す魚人たちを斬り伏せながら、ひときわ大きなものの存在を感じた。

 まもなくミカドたちの前に、『それ』は飛び込んでくる。

 ミヅチは蛇のように「しゃああああああ」と唸り、三メートルある恐竜のような姿で威嚇した。

 ミカドたちはミヅチを前に武器を構える。


(……この通路が水没するまで、あと三分といったところか)


 ミカドは冷静に分析する。のしのしとミヅチはくるぶしまで水に浸かりながら、こちらを睥睨している。ミカドたちの膝まで海水が来ており、このままでは全員溺れ死にかけない。

 ミカド、カルマ、美猴王はそれぞれ目配せして、頷く。三人の間にはそれ以上の意思疎通は必要なかった。


「おらぁぁ!」

 だぁん、だぁんとカルマの銃が火を噴く。

 ミヅチは急所である頭を守り、手の硬い鱗で銃弾を防いだ。

 しかしそれも織り込み済みだ。

 カルマの右肩にミカドが、左肩に美猴王が飛び乗り、カルマの身体を踏み台にして二人はミヅチの上半身に肉薄した。


「はああっ!」

 同時に言い、ミカドの剣が、美猴王の如意棒がミヅチの頭を狙った。

「きしゃあああっ!」

 ミヅチは口から溶解液を吐く。

 いかに素早い二人でも、空中では回避もできない。

 しかしそこで、ミカドより一歩先に出た美猴王が如意棒を弧を描くように振り回した。


 美猴王の身体から放たれる気がバリアとなり、溶解液をはねのける。

 ミカドは守られる形になり、その気を自分も一部被って、美猴王の肩を経由してさらに跳んだ。

 

 ミカドの剣がまっすぐミヅチの脳天を捉え、ミヅチが手で防いでもそれを突き刺し、更に額に刺さった。

「うっ」

 ミヅチは呻いて、硬直する。

 ミカドは柄のトリガーを引く。刀身から水にも消えない退魔の炎が立ち上り、ミヅチの手を、顔を焼いた。


「きゃしりぃぃぃぃぃぃぃ!」

 ミカドが剣を抜いて飛び退った後もミヅチは顔をかきむしり、海水に顔を突っ込んで鎮火させようとするも、メギドの力による火は消せず、火だるまとなって倒れた。

 まっ黒焦げになってもぴくぴくと痙攣しているミヅチの心臓に、ミカドはとどめとばかりに剣を刺す。

 大きく、びくんと震えたのちにミヅチは絶命する。


 頭が倒れたと同時に、魚人たちも動きを弱めた。結局のところ、弾除けの雑魚敵にすぎない。

 カルマが腰まで浸かりながらも、正確無比な銃撃で鈍重な魚人たちの頭を狙い、ばたばたと倒していく。血が水面を赤く汚していった。


 これ以上浸水が酷くならないうちに、三人はばしゃばしゃと生臭い水をかき分け、ユリのいる上階へと向かう。

「俺を踏み台にしやがって! 高く付くぜ!」

 後ろから言い掛けるカルマに、ミカドは面倒くさそうに返した。

「後でチロルチョコでもやる。それでチャラだ」

「舐めてんのかテメェ!」

「いらんのか?」

「いる」

 そういうことになった。ほうほうの体で階段を上がるユリに三人がたどり着き、崩壊する水族館から脱出する。


 現実ではない異空間を作っていた逢魔空間が弾け、四人の後ろには無事な水族館が戻ってくる。

 それを振り見て、よかった……と四人とも地面に倒れ込んだ。一般人の犠牲はなさそうだ。

 通りがかった観光客たちは、なぜかずぶ濡れの少女たちが固まっている、としか見なかった。

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