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巫女×シス ~天魔波旬奇譚~  作者: 樫井素数
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第十六話 食卓 ~へいわ~

 その日の放課後も祭りの会議が行われた。

 ユリは何となく、参加しようと思った。いつもはサボっていたものの、どういうわけかその気になったのだ。

「珍しいじゃん、ユリ。しかもいい女侍らせやがって」

「うっさい」

 祭りの進行に関わる女子たちが図を広げ、この段取りはどうだと意見を交わす。

 ユリも必死にその話を聞き、よくわからないながらも提案を色々とした。それを後ろから、三人が眺めていた。


「天羅地網としての祭りか……」

 ミカドは顎に手をやり、考える。

「祭りの熱気、陽の気で地下にいる天魔波旬を抑える祭り。だからこそ毎年開催しなければ、地下から奴らが這い出てくる……」

「お前はこれが成功したら嫌だろうな?」

 カルマは隣の美猴王をねめつける。美猴王はいたって冷静な顔をしていた。

「ここから先の段取りは私も知らない。だから、私の本体が今どう思ってるかも知らない。私としては、ユリさんのひたむきな気持ちを応援したいと思う」

 苦虫をかみつぶしたような顔でカルマは美猴王を見た。美猴王の考えに嘘はないらしい。疑わしいが、だからといってどうすることもできないという顔をしていた。


 主役としての祝詞、そして町を回る順序について意見を言うユリに、クラスメイト達は目の色を変えていた。

「ユリ、前までサボってたのに、ちょっとやる気? 何かあったの?」

「ん……まぁね」

 神様に会ったからだとはとても言えなかった。

 この祭りは、きっとあの神様のためにある。神様は教えてくれた。ユリとミカドの関係性について。この祭りもきっと意味がある。そう思えばユリは、祭りから逃げ続けるわけにはいかなかった。


 クラスメイト達とユリはそれぞれの果たす役割について議論を交わし、どのように市民にアピールするか考え、また過去の祭りの進み方も参照して、ある程度形になったところでパソコン上にデータを保存、解散となった。

 三人の少女は、ユリの後ろで一部始終を聞いていたが、彼女たちなりに思うところがあるようで何も言わなかった。

 

 帰り道で逢魔が時が来たが、今日は何も襲ってこない。四人の少女の影が長く、歩道に伸びる。

「……あなたたちも、お祭りに来るの?」

 ユリが三人に訊く。

「……」

 三人は無言だった。

「もしお祭りに来てくれるなら、楽しんでってほしい。今までやる気がなかったあたしが言うのもなんだけどさ」

「……」

 無言。

 ユリはなんとなく気まずい雰囲気を察したが、それ以上は踏み込まない。

 彼女たちにもきっと事情がある。そしてそれは、ユリの想像を超えたものだと考えるに難くない。

 それでもなぜか、彼女たちのことは疑う必要がないと思えた。その理由は自分でも分からなかった。


 家に帰ってから、夕食は三人が作ってくれた。

 ユリは待っていればいいと言われたが、楽な反面どこか仲間はずれにされている気分も覚える。

 小さなテーブルの前に座布団を人数分敷き、四人座る。テーブルの上には焼き魚、餃子、杏仁豆腐、卵スープ、ご飯が均等な数置いてあった。

「おい、醤油取れよ」

「なぜ私が取らないといけないんだ」

「狭いんだよ! あとそっちのほうが醤油瓶に近い」

「狭い家で悪かったわね……」

 カルマとミカドが言い争い始め、ユリはやれやれと思った。美猴王は微笑しつつ、箸を小さな口に運んでいる。少しは賑やかさが戻ってきたと、ユリはどこか安堵してしまった。


「……で、今週末遊びに行くって、どこに行くの?」

 ものを食べながらユリが言う。

「水族館、動物園とカフェ……といったつもりでいる」

 ミカドが卵スープを飲みながら言った。

「なにそれ。いきもの大行進じゃん」

「他にすることもないからな」

「俺はカラオケでも、と思ったんだが」

「あなたの歌声が良いとはとても思えないわ」

「なんだと白猿女!」

「喧嘩するな! 梅干しでも食ってろ!」

 美猴王に食って掛かるカルマに、ミカドがテーブル中央に置かれた梅干しの小さな壺を掴んで突きつける。カルマは鼻白んで、壺を開けて梅干しを箸でつまんだ。


「でもよ、シスターは聖歌歌わされるんだ。コーラスには自信があるんだぜ」

「カラオケで聖歌歌うやつがあるか」

 ミカドがぴしゃりとカルマを一蹴し、むぅ、とカルマはむくれる。

「まだ時間はあるのだし、学校の勉強とか、お祭りの準備を頑張りましょう、ユリさん」

 美猴王がそう言ってユリに笑った。ユリも愛想笑いを返す。


   ・

 

 その夜。岬ユリ宅の寝室に三人が押し寄せた。ミカド、カルマ、美猴王、ユリの四人が布団に入り、何人かの足は外に飛び出していた。

(なんだこれ……)

 ぎゅうぎゅう詰めの布団はやけに暑い。だが……悪い気分ではない。

 余白のないスペースは、幸せで満ちていることなのかもしれないとユリは思った。


   ・


 次の日曜日。光陰矢の如し、とはまさにこういうことだ。平和な日常はすぐに過ぎていく。

 四人同時に家を出たはずなのに、水族館前に着いたのはユリとカルマだけだった。

「あれ? ミカドと美猴さんは?」

 きょろきょろとあたりを見るユリに、「あのよ……」とカルマがぼそっと言う。

「なぁに?」

 ユリが怪訝な顔をするも、カルマは余計にぼそぼそ声になり、やがて開き直ったように

「駄目だ! 俺には辛気臭いのは似合わねぇ! パス!」

 するとどこからか、残像すら見せずにミカドと美猴王が現れる。突然視界に入ってきた二人に、ユリは目を白黒させた。


「二人共、どうしたの?」

「いや、何でもない」

 ミカドが濁し、カルマに耳打ちする。

「お前がこういうのに向いてないのは知ってた。だが、お前の仕事はそれでいいのか?」

「協会からの任務は『神の器』が暴走しないように見張ること。今は小康状態を保っている。むしろ波風立てるほうが危険だぜ」

 ユリに二人の会話の内容はわからなかった。

 急にぎゅっと腕が掴まれ、引っ張られる。美猴王がユリの手を引いていたのだ。

「ユリさん。今日は楽しみましょう?」

「う……うん」

 水面下で何やら動きがあるのを感じながらも、ユリは悪くないな、と思う自分を否定できなかった。

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