第十五話 銭湯 ~せんとう~
翌週の日曜日に、四人で遊びに行くことになった。ユリ自身にもこの状況がよくわかっていない。スイパラから帰ってきたミカドにそう告げられた。
そしてさらに理解不能なのは、ミカドに続いてカルマと美猴王も家までついてきたことだ。
「邪魔するぜ」
「お邪魔します」
その堂々とした侵入に、ユリは逆に清々しささえ覚えた。
さらにあろうことに、彼女らは自分の家のようにくつろぎ始めたのだ。ユリは呆然として言葉が出ない。
「すごいナチュラルに入ってこられたんだけど、一体どういうわけで皆さんあたしの家に集まったんです……? パーティーか何か?」
「私達はお前の護衛が任務、のようなものだ」
「あの妖怪からの?」
「まぁ、そんなところだ」
じろっとミカドとカルマは横目で美猴王を睨む。美猴王は涼しい顔でソファに寝転がり、クッションに頭を預けている。
「いいじゃない。私は敵じゃないの。今はね。それにあいつらがまたユリさんに危害を加えようとしたら、私は全力で止めるわ」
ユリは首をかしげるも、美猴王に敵意がないのはわかったので、それ以上は気にしないことにした。
美猴王はクッションに顔を埋めて、深呼吸した。「これがユリさんの匂い……」とか言いながら。
その行動に若干の不信感を抱きつつも、ユリは困った顔で腕を組んだ。
「あたしを守ってくれるのはいいけど、三人まとめて狭い部屋に来られても……」
「そうしなきゃいけない理由がある」
「抜け駆けされたら困りますものねぇ……」
ばちばちと、三人が睨み合う。抜け駆けとは何のことだろう。彼女たちにしかわからない戦いがあるらしい。
やれやれ、とユリはため息をついた。最近、よくわからない連中に寄ってこられることが多い。それも退屈しなくて嫌ではなかったが。
この三人は理由があって自分の近くにいる、ということはわかる。しかしミカドをはじめとして曲者ぞろいの美少女たちだ。
「……それよりうちのお風呂、四人も入れないよ。せっかくだから銭湯でも行く?」
三人が顔を見合わせる。全員同時に頷き、ユリの提案に乗ることにしたようだ。
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スーパー銭湯は食事処、湯船、ゲームコーナーと娯楽が詰まった場所だ。隣町にあるこの施設はそこそこ人でにぎわっている。
ミカド、カルマ、美猴王はそれぞれ興味深げに四方を見渡した。テーマパークと癒し処が同居する場に、彼女らは馴染みがないようだった。
「俺の故郷にはこんなものはなかった……」
「スイパラという甘味処も時代の変化を感じたが、湯屋も変わったものだな」
「山奥の温泉が街中にもあるのねぇ」
そんな三人を、周りの人々が奇異の目で見る。ユリは自分が恥ずかしくなってしまい、三人を脱衣所に押していった。
「さっさとお風呂行くよ! 食事はその後!」
そうして四人は湯船へと向かったのだった。
広い浴槽に四人が並んで浸かる。ミカドは長い髪を後ろでまとめており、カルマが横に座っていた。
「……お前、意外と胸ないな」
カルマがミカドに勝ち誇ったように言う。Aカップの胸は二人とも大差ない。ミカドはむっと眉をしかめた。
「うるさい。そんなもの、私には必要ない。大事なのは胸の奥のハートだ」
「うわぁ、美猴さん結構大きいねぇ」
ユリが隣の美猴王を見て感嘆していた。ミカドとカルマは弾かれた様にそっちを見る。
美猴王はモデル顔負けのスタイルの持ち主だ。すらりとした体躯が、女の魅力を醸し出している。そして胸の形は、女性が憧れとするそのものの形をしていた。
「そうでしょう? ユリさん」
美猴王の胸の二つの球は、ぷくりと湯船に浮かぶ形でその存在感をアピールしていた。
ふふっと美猴王は笑い、ちらりとミカドとカルマを見る。その目には明らかに優越感が含まれていた。
カルマは自分の掴みどころのない胸を触り、ひとりごつ。
「後で牛乳飲むか……」
その後、ユリが体を洗いに行き、三人が湯船に取り残された。
再び三人の視線がかち合い、火花が散る。女には引けぬ戦いがあるのだ。
「ねぇ……こういうのはどう?」
美猴王がやおら口を開く。それは
「このお湯に一番長く浸かってられた人がユリさんの背中を流す……そういうルールはどうかしら?」
「根比べか。負けはしない」
「熱いのは幼少期から慣れてるんでね。この戦場では俺が最強だ」
それから三人の根競べが始まった。
最初に湯船に浸かってから三十分が経過しようとしている。美猴王とミカドは余裕の表情を見せているが、カルマは既にくらくらとした顔を見せていた。身体が小さい分、湯あたりも早いのだろうか?
そして更に、十分が経過した。
「……お前も苦しいんじゃないか?」
ミカドが美猴王に言う。美猴王は顔を上気させながらも、余裕ある顔で返した。
「全然、そんなことないわ」
ふふんと言う美猴王。その肌がつやつやとしているのに、ミカドは気づいた。
「お前……その肌は?」
「このお風呂は炭酸泉。炭酸が肌にまとわりついて、美肌効果が期待できるの。つまり……」
美猴王は言い放つ。
「私は湯に浸かりながらも綺麗になっている。つまり、戦いの中で成長しているのよ!」
くっ、とミカドは言うも、すぐに平常心を取り戻したようだ。
「その条件は私も同じ。私もまた美肌効果の恩恵を受けている!」
ミカドのきめ細やかな肌が潤いを帯びている。濡れたそれはシルクのような光輝を放っていた。
「面白いわね。どっちがより綺麗になってユリさんの気を引くのか、勝負しましょう」
「ああ。既に美しい私がこれ以上美しくなったらどうなるか、想像もつかんがな」
二人は不敵な笑みを浮かべながら、赤くなっている顔のまま湯を満喫している。
既にダウンしているカルマは頭頂部だけ出して、ぶくぶくと沈んでいた。
一方で、ユリはもう外で着替えて牛乳を飲みながら「皆遅いなぁ……」と思っていたのだった。
すっかり湯あたりした三人がユリに引きずられ、家に帰ったのは言うまでもない。




