第十四話 女子会 ~たたかい~
岬ユリの前で争うことは許されない。
ミカド、カルマ、美猴王はあの一件以来、武力の行使に否定的になった。またユリが暴走して、今度はどんな大惨事になるか予想もつかない。天魔波旬たちも動きを見せず、しばらく平穏な日々が続いた。三人が教室で顔を合わせても、以前のように険悪な雰囲気になることはない。
そして今日、日曜日。
「今日は出かける。スイパラという場所だ」
「スイパラ行くの? やった!」
ミカドは朝食の席でユリに行先を告げた。ミカドがユリの前で私服を見せるのは初めてだ。赤いクロシェ編みの上着、淡い色のジーンズ。まさに外行きの服だ。
ユリは顔を輝かせ、わくわくした態度を見せる。彼女はいたって普通のシャツとスカートだったが。
『スイパラ』。その四文字は女子にとって酒池肉林の宴の場を指す。正式名称は『スイーツパラダイスロスト』。ありとあらゆる甘味が食べ放題という、この世の極楽が詰まった楽園だ。そして大抵カップルや友人連れの客しかいないため、一人では行きづらい場所でもある。
そんなユリに、ミカドは申し訳なさそうに言った。
「いや……お前は来ないほうがいい」
「どうしてよ?」
「遊びに行くわけじゃないからだ」
「スイパラに遊びに行くんじゃないって、まさか……!」
ユリは一瞬にして泣きそうな顔になった。
「あんた、まさか『そういうこと』なの? あたしを差し置いて、オトコ作ってデートするってワケ?」
今にも消えそうな震え声を発するユリに、ミカドは慌てて取り繕った。
「違う、違うんだ。あいつら……流カルマと美猴、あの連中と話がしたくてな」
「あの物騒な人たち……?」
ユリは眉間にしわを寄せた。
「話って何の話よ?」
「とにかく、三人だけの話だ。留守番頼む」
じゃあな、と言ってそさくさとミカドは玄関を後にした。
取り残されたユリは、ぽかんとした顔のまま数分硬直する。
「なんであたしだけ仲間外れなのよー!」
・
物化町から電車で一時間、秋葉原の一角、大通り沿いにその店はあった。
『スイーツパラダイスロスト』があるビルの一階にはショーウィンドゥがあり、ハニトーやデカ盛りパフェのサンプルが展示されている。
「よー」
店の前に二人の少女が立っていた。
カルマは半そでシャツにカーゴパンツ、美猴王は胸の開いたスーツ風の黒コーデ。
全員が女子なりの勝負服を着ているのだ。
「話は後だ。とりあえず中に入るぞ」
ミカドの合図で凱旋するように、三人の少女は自動ドアからビルに入った。「いらっしゃいませー」と店員の声。
少女たちは、戦いに赴く顔をしていた。
スイーツバイキングはまるで熱帯のジャングルのように、色とりどりの甘味が並べられている。種類は様々で、和菓子もあれば洋風のスイーツもあり、点心もある。
カルマはいの一番にパンケーキに向かった。取り皿にパンケーキの山を作り、その上に別皿の生クリームとメープルシロップを嫌というほどかける。
ミカドの皿にはわらび餅や羊羹が、美猴王の皿には杏仁豆腐、ゴマ団子が盛られた。
それぞれの好物を取り終え、席に着いてから、本題が始まった。
「……まず、自己紹介といこうや。正体不明の奴も混じってることだしな」
カルマはフォークでクリームの乗ったパンケーキをぶっさし、一口で食べる。むしゃむしゃと彼女の頬が膨らんだ。
「そうだな。私は土屋ミカド。社から派遣された、天叢雲剣の守り人だ」
「俺は流カルマ。西洋魔術協会のシスター。使命は『神の器』と天叢雲剣の監視」
それで、とミカドとカルマは同時に美猴王を見る。
「お前は……何者だ?」
刺すような視線を前に美猴王は物おじせず、むしろ落ち着いた雰囲気で返した。
「私は美猴王。天魔波旬を操る『十二匹の猿教団』の始祖、その分身よ」
ミカドとカルマの顔色がさっと変わる。が、美猴王は一切身構えない。
「ここに殴り合いにきたのではないでしょう? 私も、できれば平和に話し合いたいの」
「お前がユリを狙うのは何故だ?」
「天叢雲剣を奪うため……っていうのは、もはや建前のようなものね。確かに私たちの計画……天魔波旬たちを生贄に『調律者』を呼ぶのに、天叢雲剣は必要よ。でもね」
美猴王は一呼吸置く。
「それ以上に私、ユリさんに恋してしまったの」
「……は?」
カルマが呆気にとられる。その口の端にはクリームがべっとりついていた。
はぁ、と美猴王がため息をつく。
「確かに計画は遂行しなければならない。教祖という身分から切り離された今、ユリさんと添い遂げたい。その気持ちの方がずっと大きいわ。しがらみも多かったし、どうせ私は本体ではなく駒に過ぎない。ここであなたたちを殺してもいいわ。だけどユリさんは、私たちが争えばあんなことになるのよ」
美猴王は杏仁豆腐をすくい、口に運んだ。細い喉がこくりと動き、嚥下する。
「ここはひとつ、穏便に解決しようじゃない。ユリさんが三人の中から選んだ一人が、ユリさんをものにできる。それなら文句ないんじゃない? ユリさんがパートナーに選んだ人なら、何をしてもユリさんは怒らないと思うわ。条件は、ユリさんに嘘をつかないこと。嘘で彼女を騙したら、また災害が起こるわ」
ミカドは無言のまま聞いていたが、やおら口を開いた。
「……そうするほかはなさそうだな」
「でしょう? 戦いではなく、ユリさんの心を掴んだほうが勝ち……つまりこれは、恋のバトルね。まぁ、私は負けるつもりはないわ」
ナプキンで上品に美猴王は口を拭った。
「今度、四人でトリプルデートをする。それぞれ二人きりの時間を作って、彼女にアピールする。それで少しは関係が進展すると思うわ」
「俺は色恋なんてわかんねーけどよ、そもそもなんでユリが俺らのうち誰かに恋することが前提なんだ?」
パンケーキをむさぼりながらカルマは言った。そろそろ皿が空になりそうだ。
「恋愛は人の持つ最も強い感情。好きな相手のために尽くしたいと思う、それこそが人間の尊い思考なの。それは仲間意識よりも強い絆。ユリさんを手に入れたいのなら、彼女の心を掴むべきなの」
「そーゆーもんかなぁ」
「私は異論はない」
ミカドが宣言し、羊羹を楊枝で刺して、薄い欠片を食べた。
「ユリは自我が強い女だ。あいつは納得がいく人間としか付き合わない。その勝負、乗った。絶対に私が勝つがな」
「まるで彼女のこと、何でも知ってるように言うのね」
「私とあいつは剣と鞘のようなもの。心の奥底で繋がっているからな」
「へぇ……」
美猴王は目を細める。
「だったらとっくに、彼女を味方につけててもおかしくなかったんじゃない?」
「それは……」
ミカドは口をつぐむ。ふふっと美猴王は笑った。
「来週の日曜日。それが決戦の日よ」
三人の視線がぶつかると、ふたたび火花が散るような緊張感が戻ってきた。




