第十二話 三女 ~みつどもえ~
だぁん、だぁんと破裂音を立て、カルマの弾が発射されミカドを狙う。
ミカドは転がって銃弾をかわし、突き刺さった剣のところへ行った。目標を逸れた弾は屋上に小さな火花を散らし、床に銃痕で軌跡が描かれた。
カルマはくるくると空中で回転して着地する。彼女の二丁拳銃から、ばらばらと空薬莢がこぼれ落ちる。天魔波旬たちとの戦いもあり、弾切れを起こしたのだった。
ちっ、と舌打ちして、カルマは懐からマガジンを取り出しリロードする。じゃきん、と弾倉に次弾が装填された。
ミカドは難なく剣のところまで行き、床から引き抜いた。その瞬間、カルマが銃口をミカドに向け、互いに硬直する。
両者が睨み合い、一瞬膠着した。殺気が周囲に立ち込める。
「銃か。西洋人の象徴だな。貴様らはその銃で異国の人間を脅し、従えてきた。貴様の性格はそうした西洋人そのものだ。我儘で相手を意のままにしようとする。私もユリも、貴様の思い通りになるものか」
「うるせぇ! 相棒を侮辱するな、女狐!」
「銃が相棒か。武力さえ持っていれば自分は何でもできると思い込んでいる。貴様は駄々っ子と同じだな」
「殺す!」
続けて二発、カルマが銃撃する。ミカドは弾が自分に達する直前、メギド弾を天叢雲剣に装填し、トリガーを引いて大きく振った。
剣の軌跡に炎の壁が出現し、ミカドとカルマを隔てる。炎の壁が弾を包み込んで、勢いを殺して地に落とす。
炎に包まれた弾は融解し、どろどろの鉄の塊となってからんと音を立てた。
「ちっ、考えやがったな」
カルマは歯噛みする。ミカドはいたって涼しい顔だ。
「こんなことにメギドを使いたくなかったが、これ以上貴様に付き合うのも面倒だ。次の一撃で決める」
ミカドの視線がカルマの目を刺す。
仁王に見据えられたような気迫にカルマは一瞬身構えた。が、すぐに平常心を取り戻し、憎らしい笑みがその顔に戻ってきた。
「面白れぇ。次はあんたの心臓を射貫いてやる。安心しろ。協会の医療なら心臓が破裂してても蘇生できるからよぉっ!」
ミカドは剣を構え、カルマは懐に飛び込んで至近距離での一撃を狙う。
両者は床を蹴り、激突しようとしていた。
しかしその時、ぴりっと空気が張りつめる。何かが声を発したわけではない。が、強大な何かが迫ってきている。熱した鉄に絶対零度の吹雪を浴びせるように、一瞬にして場が静まり返った。
威圧感を覚え、二人は急停止した。そして、出入り口から屋上に上がってくる人物を見た。
かつ、かつと階段を上ってきて、その全貌が逢魔が時の陽光の下、あらわになる。
それは美猴王だった。手には朱色の棒、如意棒を構え、その流し目が妖艶な雰囲気を放っていた。
しかし、ミカド以上のオーラが全身から立ち込めている。ミカドとカルマを押しつぶさんばかりの殺意が漲っていた。
「あなたたち、楽しそうじゃない。私も混ぜてほしいわ」
ゆらりと迫ってくる美猴王に、ミカドとカルマは先程まで敵対していたものの、新たな脅威を前に自然と互いへの対抗意識を霧散させていた。
「貴様は何者だ?」
ミカドが問う。ポケットから取り出したコンパスは、強烈に美猴王に針を向け、痙攣していた。
白髪の少女に強大な妖力が備わっている証拠だった。この逢魔空間を作り出したのは、間違いなく彼女だ。ゾンビのような見た目ではないものの、天魔波旬と何らかのかかわりがあると見える。
「我が名は、東勝神州傲来国は花果山の生まれ、水廉洞主人たる天生聖人にして美猴王……斉天大聖、孫悟空」
ふっと美猴王は笑った。
「でも、その名前は好きじゃないから、美猴王と呼びなさい」
カルマは何も言わず、先手必勝とばかりにだんっと発砲した。
美猴王はゆらりと陽炎のように身体をゆらめかせたと同時に、瞬間移動のように弾を避けていた。
何が起こったのかわからないといった顔でカルマは目を見開く。
「私と遊びましょう?」
美猴王の声は、獲物をいたぶる声音だった。
ミカドとカルマは床を蹴って相手に接近する。
美猴王は手にした如意棒を振った。目に見えぬ気の流れが波のように押し寄せ、ミカドとカルマは吹っ飛ばされる。
そして、がしゃあんとフェンスに叩きつけられた。
背中に痛みを感じつつミカドは冷静に相手を分析する。棒が直接当たったわけではない。
美猴王は大きく四肢を動かし、舞を踊るように動いている。それは、中国の舞踊を基本形としていた。身体に流れる気をコントロールし、ダイナミックに発散する。身体を通して空間に放射されるエネルギーそのものを武器にしており、一切の隙を生じないのだ。
「ちくしょう、てめぇ……」
カルマはなおも立ち上がり、銃口を美猴王に向ける。
「やめておけ、闇雲に撃っても防がれるだけだ」
「黙ってろ!」
BANG!
ミカドの制止を振り切り、カルマは美猴王の頭部を狙って撃った。
美猴王は大きく手を振る。その指先から目に見えない気が放出され、壁となって弾を受け止めた。
美猴王が一歩一歩迫ってくる。ミカドは動けぬまま次の一手をどうしようか、決めかねていた。
そして、美猴王はミカドの正面にやってくる。ミカドの顎を美猴王の細く白い指が這う。ミカドは彼女を睨み、美猴王は逆に微笑していた。
「『神の器』……あなたは儀式に必要なもの。私はあなたも欲しい。一緒に来てもらえる?」
「断る」
「私はしつこい女なのよ」
思ったより吹っ飛ばされたダメージが大きい。ミカドはなおも身体を押し付ける重圧で立ち上がれず、カルマもまた次の攻撃体勢に移れずにいた。それだけ、美猴王は存在するだけで凄まじい威圧感を与えているのだ。
しかし、その時間は唐突に終わる。
美猴王が出てきた出入り口から、ユリが這いずるように出てきたのだった。三人の目線が自ずとそちらに向く。
「あんたたち……」
ユリは肩で息をしながら、三人を睨んでいた。彼女の声は怒りに満ちている。
「やめなさいよっ!」
そのユリの叫びと同時に、ミカドの持つ天叢雲剣が輝いた。
びりびりと震え、ミカドは剣を持っているのがやっとだった。
ミカドにも制御できぬまま剣はひとりでに動き出し、その剣先が天に向く。
ウオオオオオオオン……。
唸り声が雷鳴のように轟き、刀身から光の龍が出現して、上空へと昇っていった。
金色の龍。それは天叢雲剣の意志だろうか。それが本体であるユリに呼応して、姿を現したのか。
「何が起こってやがる!」
「わからん!」
カルマとミカドは呆気にとられ、美猴王は目を細めながら刀身から離れて天空へと向かう龍を見ていた。
龍の身体が雲に隠れた後、ぴかっと稲妻が雲の間で煌めき、光の塊が雲を切り裂いて大量に校舎に向かってきた。
夥しい流星群が降ってきたのだ。




