第十一話 巫女対聖女 ~みこしす~
ミカドが剣を振りかぶり、飛び掛かってくる鵺に打ち付ける。
がぁん! と剣と鋼鉄の爪がぶつかり、火花が散る。
動より静を心得とした、相手に合わせて柔軟に対処するカウンタースタイル。余裕で攻撃を受け止めるミカドは、化け物の何枚も上手を行く。後ろにいるユリの目にはきっと、ミカドのほうが怪物に見えているだろう。
鵺は一撃が不発だったと知るや、飛び退って距離を取った。ミカドは剣を構え、じりじりと位置を変える。廊下の反対側にいる敵は、距離にして十五メートルといったところだ。
膠着状態が数分続いた。互いに感覚を研ぎ澄ませ、敵が何者か伺っている。見たことのない相手の弱点を見極めようとしていた。
先に動いたのはミカドだった。剣道のすり足のように、隙を見せない沈着な動きで徐々に距離を縮めていく。
「Shuuu!」
鵺が唾を弾丸のように飛ばしてきた。
ミカドは首を傾げ、頭に向かってくる弾丸を避ける。後ろの壁に当たった唾は、じゅうっと石膏を溶かした。その唾液は強い酸性を示している。肉などものの数秒で腐食するだろう。並大抵の人間なら、それだけで震えあがる。
しかしミカドは一切怯まず、それどころか気迫が彼女を包み込み、刺すような目線で鵺を睨みつけた。まさにその立ち居振る舞いは、仁王のそれに匹敵する。
「Urrrrr……」
鵺は怖気づいて後退する。最小限の動きで向かってくるミカドを脅威と感じたのか、がしゃんと窓を割り、外に逃げ出した。
「ふん。軟弱者め」
割れた窓からミカドは外を見る。そして飛ぶ。二階建ての校舎から、猫のように滑らかに着地した。
しかし着地するやいなや、鵺は待ち構えていたように吼えて引っ掻こうとしてきた。
外に出たのは、自分の巨体は狭い廊下では動きづらいと判断したためらしい。だがそうやすやすと攻撃を許すミカドではなかった。
ミカドは剣をかざし、爪を防ぐ。がつん、と爪の先が刀身に当たり、鋭い爪の先端は折れて粉々になった。鵺は流石にぎょっとして、顔を歪ませる。
返す刃でミカドは鵺のどてっ腹を斬り裂く。ばしゃっ、と水面を叩くような音。血しぶきが傷口から噴水のように溢れ出たのだった。
「Gya!」
悲鳴を上げ、鵺は背中から地面に落ちた。ぼきっ、と骨が砕ける音がする。
「そろそろ蹴りをつけようか」
ミカドは懐から銃弾を取り出す。それはカルマの持っているものと同じ、メギドの弾だった。
剣の柄にある挿入口に銃弾をセットした時、鵺は起き上がってこちらに走ってきた。
「Ugrrrrrrrr!」
もはや死に物狂いで噛みつこうとしてくる。ミカドはいたって冷静に相手を見て、十分近づいた時、その頭部に向けて剣を突き出した。
ざくっ、という手ごたえと共に剣が鵺の頭蓋を貫通する。驚いたのか、鵺の眼球が飛び出しそうに丸くなる。ミカドは間髪入れず、柄のトリガーを引いた。
剣から退魔の炎が立ち上り、鵺の身体を焼き尽くした。獅子の身体を炎が包み込み、みるみる真っ黒な炭に変えていく。
「Ugyaaaaarrruuuuuuu!」
地獄の業火の中で鵺はのたうち回り、苦悶の声を上げた。勝負は決した、と見ない方がおかしい。
かしゅっ、と剣の柄から空薬莢が飛び出し、地面に転がった。ミカドは燃え果てる鵺に背を向ける。
しかし、ぶつん、と蜥蜴が尻尾を切るように、全身が炎に包まれる前に鵺の尻尾がひとりでに切り離された。それは毒蛇そのものであった。そしてサイドワインダーのようにしゅるしゅると動いて、しゃあっと短く叫び、鞭のような身で地面を叩いてミカドの背中に飛び掛かる。
「ミカドっ!」
よろめく身体を必死に支えながら窓際まで来たユリが叫ぶ。鵺の悪あがきに気づいていたのか、ミカドは振り返りざま、剣を下から上へと突き上げようとした。その時。
だぁん! と銃声。蛇は空中で射貫かれ、ぼとりと地に落ちた。その身体はやはり、炭となって消える。
「……この程度の奴に倒されるあんたじゃないわな」
校舎の外を歩いてきたのはカルマだった。一戦終えてきたらしく、そのセーラー服には少し返り血がついている。しかし本人はいたって涼しい顔をしていた。
「ゾンビどもにてこずったが、逢魔空間はしばらく続いている。まだこの場を支配してる奴がいるってこったな」
「そうらしい」
ミカドの手にはコンパスがあった。コンパスは依然、妖力を感知してぐるぐると動いている。何か結界のようなものが働いているのか、どこに敵がいるのかまでは探知できないらしい。
「ま、今までの連中のレベルを見るに、まだ残党がいるって程度だろうな。その前に、俺と少し遊ばないか? この空間なら何を壊しても現実世界に影響はないんだぜ」
じゃきっ、とカルマは銃を構える。
ふん、とミカドもまた剣を構えた。
目の前のシスターは、自分への対抗意識を燃やしている。それならば応えてやるのが礼儀というものだ。奴の性格は犬と似ている。犬の躾は立場をはっきりさせることが重要。どちらが上かわからせてやる必要もあった。
「面白い。私もやや欲求不満でな。存分に戦える相手が欲しかったところだ」
「何秒遊んでくれる?」
「十秒間だけ付き合ってやる」
次の瞬間、ミカドとカルマは同時に跳躍していた。
そして屋上に飛び移り、接戦を行う。
互いにネコ科の動物のように瞬発的なジャブ、キックを繰り返す。武器は剣も銃もややリーチが長いため、至近距離では使えない。互いの実力を見極める必要もある。
しかしながら、高速で繰り出されては受け流される技は一進一退という表現が正しい。どちらも格闘技の選手も青ざめるほどの技さばきだ。それでいて二人の顔には汗一つ浮かんでいない。
カルマは銃把をトンファー代わりに使っていた。チタンの入った銃は、弾を使わずとも接近戦の武器足りえる。
一方のミカドは左手と脚しか使っていない。
「ぶっ倒れたあんたを見たら、あの女はどう思うかな?」
「ユリのことか。そんなもの考える必要はない。勝つのは私だ」
「その鼻っ柱が気に食わねぇ! あの女を保護して、あんたをボコボコにして協会に引きずってやる!」
「できるものならやってみろ」
カルマのジャブを左手で受け止め、ミカドは天叢雲剣を後ろに放る。どすっと剣先が床に突き刺さった。
そして空いた手で掌底をカルマの腹部にお見舞いする。全身の力を込めた掌底は、時に拳よりも重い一撃となる。
「ぐああっ!」
カルマは押し飛ばされ、フェンスに叩きつけられた。
カルマはミカドをねめつけ、フェンスを蹴って上空に跳び、二丁拳銃を向けた。
だぁん、だぁんと銃声が黄昏の空の下で響いた。
・
「……どうして?」
ユリはわけがわからなかった。
なぜミカドとカルマが戦わなければならないのか。事態が飲み込めない。
腹部にじんわりと痛みが残っている。よろよろと階段を上がって、ミカドとカルマのいる屋上へと急いだ。
二人を止めなければ。理解を超越した何かが起こっていても、その思いだけがユリにはあった。
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美猴王は離れた場所から、屋上での巫女とシスターの戦いを見つめていた。
鵺は動物の死骸を繋ぎ合わせ、天魔波旬を憑依させたものだ。正直な所あれは前座に過ぎない。ミカドとカルマを試すのが目的だったが、互いに潰し合ってくれるなら美猴王としても有難かった。
だが……美猴王の中でふつふつと血が滾る。
あの二人の戦いを見ていると、自分の戦闘本能も疼いて仕方がないのだ。
「私も遊んでもらおうかしら」
しゃらん、と美猴王は掌に隠していた小さな棒を持ち直す。
小さな棒はみるみる大きくなり、長く朱い棒となった。金色の中国文字がその身に印字されている。それは如意棒に他ならなかった。




