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慌ただしく日々は過ぎ、テオドラン様と私はリョースリンダ家のお屋敷へと住居を移した。
「おはよう、リオン」
テオドラン様のお部屋へと向かうともう、ご自分で目覚められていらっしゃった。
「おはようございます、テオドラン様」
この世界の貴族は、自分のことは自分でされる。流石に掃除や食事の準備等は違うが、着替え等は自分でされるのだ。不遜な言い方にはなるが、手が掛からないのだと思う。
テオドラン様も着替えの準備だけさせて、私に朝食を頼まれる。
朝食後、1日の予定を確認される。今日はリョースリンダ家に来てから初めて、自由な時間を頂けたようで街へと出掛ける事となった。
「リオンも休みなく過ごしているのに、僕だけ自由な時間を貰ってもと思ってね。街に行きたいと言っていたでしょう」
笑顔のテオドラン様に感謝を述べる。
リョースリンダ家は王都にある。テオドラン様の生家オルトロス家は王都に程近くはあるが、馬車で1日かかる場所なのだ。研究所は王都にもあるが、本拠地が王都よりは自然に近い場所が選ばれているからだ。
私が王都に来たのはテオドラン様の付き添いだけで、街中を見て回れる様な時間がなかった。まあそれはテオドラン様も同じなのだけれど。
だからこそなのだろう、リョースリンダのご当主シシリー・セレス・リョースリンダ様はテオドラン様に自由な時間をくざさったのだろう。
前は王都観光にあまり興味はなかったのだけれど、この街に移り住んでいる今は把握できる限り把握しておきたい。いつ何がテオドラン様の助けになるかなんて分からないから。
テオドラン様が出掛ける際の護衛をシシリー様が2人選んでくださったので、私も少し気楽な観光になりそうだ。
元々テオドラン様がいらっしゃる時に変な場所には行けないのだし、王都の広さを思えば隅々まで見て回るなんて1日で出来ないのだから、自分なりに楽しんでしまおう。
シシリー様が馬車をご用意されようとしたのだが、テオドラン様が歩いてみたいとおっしゃられたので徒歩でのお出かけだ。
私と護衛の騎士はもちろん、テオドラン様も体力のおありな方だから支障はないだろう。魔法士であるテオドラン様は十全に魔法を扱える様に、体力作りを欠かした事はないから。
魔法士が自分の魔法の影響で転んだらしたらお笑い種なんだとか。
そんな訳で王都観光である。
このラクナリューディ国は南大陸で唯一港がある。南大陸には3ヶ国存在しており、そのなかで唯一人類が上陸できる場所に存在している。
目にした事はないが、南大陸の海に面する場所の殆どが断崖絶壁だったり、強力な魔物の住処になっている森だったりするらしく、ラクナリューディ以外の国は港を作らない地形なのだそうだ。
故に南大陸と北大陸の移動は入るも出るも必ずラクナリューディを通らなければならない。だからこそこのラクナリューディは"富を統べるセレスオデット神"が座する国なのだ。
もちろん王都にもこの国の物だけでなく、世界中の物が集まる。だからこの国では他国より平民達も裕福な事が多い。富のある所には人の闇もやはり多い。
所謂スラムの呼ばれる貧困層街や奴隷商の数がその証拠だろう。そう言った暗部の事も知っておきたくはあるが、なにも今日でなくていい事だ。
神子であるテオドラン様を連れて行くのには値しない場所だしね。そう言った事も己の目で見て己で判断されたがる方だけれど、危険度が高いのだから。
テオドラン様は楽しそうに街を見て回っておられる。屋台などの出店の多い中央広場で、焼いた肉の串を食べたがった時は騎士2人が慌ててて面白かった。因みに私が念の為毒味をしてお渡ししたら嬉しそうに食べておられた。満足された様だ。
一応この国では教会の教えに食事の禁止事項はない為、肉を食べても大丈夫だ。土地によっては食べてはいけない物がある宗教もあるらしい。
そろそろ帰ろうかと来た道を戻り始めた。来た時も一度見た店が目に入る。気になっていた店だ。
「最後によってみましょうか」
そう言って私が気にしていた店にテオドラン様が向かう。楽しそうに辺りを見回していたのに、私の様子にも気が付いていらっしゃった様だ。
「……………開いているよね?」
店内にランプは付いているのに店員らしき人どころか、客すらもいない。思わずテオドラン様と顔を見合わせてしまった。
なんて不用心な店なんだろう。店内をぐるりと見るとこんな不用心で、閑古鳥の鳴いていそうな店だがいい品ばかりだ。王都の中央広場近くなんてそう簡単に出店できない場所で、店を構えられるだけの品しかない。
「待たせてすまんな、いらっしゃい」
そう奥から出てきたのは小柄でありながら筋肉隆々で、立派な髭を蓄えたとある職人種族、ドワーフだった。