【星宿(ほしやどり)の子シリーズ】 番外編 参 ララ
断頭台への道はやけに長くて、ところどころ窓から差し込む日差しが、やたらと眩しい。
リゲルに罪を暴かれた瞬間、安堵した。
もっと早く、捕まりたかったと思っていた自分に嫌気が差した。
加えて、よりにもよって、捕まえにきたのが末弟なのに、それを望んでいた己に吐き気がした。
そして、不快感、憎悪、厭悪が押し寄せ、次に外に出られるのは死ぬ時なのか、と思ったが、この世の生にさほど執着しているわけでもなし、これで良かったと自分を宥めた。
私は思えば幸せな時などあっただろうか。
母は麒麟国の姫だった。並はずれた美貌の持ち主で、矜持も並はずれた高さだった。
一国の姫にも関わらず、側室として迎えられたことが許せなかったのだ。
だから記憶の中にある母は父の熱が冷めてしまわぬよう多くの宝飾品を身につけ、金糸や銀糸がふんだんに使われた服を幾重も纏っていた。
父の周りには沢山の女がいた。母はそうやって父の愛を勝ち取って、私ができた。
だが、父の関心はすぐに消え失せ、また別のものへと移ると、母は壊れた。
壊れてあたまがおかしくなり、実家に泣きつき、落ちていった。
私にはわからなかった。知る由もなかった。
麒麟国と龍王国の国境の町カンカラを封鎖し、母上が龍王国を発展させぬよう働いていたことなど。
堰き止めた輸入品は一部の貴族や豪族に高値で売り捌き、その利益で側室にも関わらず、皇后をも凌駕するほどの分不相応な玉や着物を買い漁っていた。
私は常に宝飾品を見に纏っていたが、父から賜ったものは
柘榴石の簪だけだ。
私が4つの時、新年を祝う舞を踊ったところ、父が大層気に入ったようで、柘榴石でできた花の簪を私に下賜した。
私は得意げにその簪をつけていると、長兄はニコリと微笑み「似合っている」と言ってくれた。
長兄は将来この国を統べる王帝となる。整った顔立ちに、漆黒の艶やかな黒髪が、至高の宝石のようで本当に美しい人だ。
そしてどことなく父に似ていた。
私は長兄のことが大好きだったし、あまり告げられたことのないその言葉はとても私の心に刺さった。
だけれども、暫くして弟が生まれたら変わってしまった。
長兄は弟を溺愛するので、腹が立って弟に少しだけ意地悪をした。弟の住む後宮に向かい、鬼灯を煮出した汁を弟に飲ませた。
リゲルはひどく泣きづづけたので、兄にそのことを話した。すると、長兄の手のひらがララの頬にあたり、パンという音と共に強烈な痛みがララの頬に走る。
「お兄様」
「二度とリゲルに触れることを許さない」
その言葉と蔑むような冷酷な視線をララに送ると、兄は足早にリゲルの元へと行ってしまった。
兄がリゲルを抱きしめると、リゲルは泣き止んだと母から聞いた。
玉のついた扇で仰ぎながら母が冷ややかに言った言葉が忘れられない。
「ララ、弟が持ち直したらしい。生きても死んでも大したことないがな」
断頭台までの暗がりのじめっとした道を歩きながら、そんな昔の出来事を思い出した。
あの後、何度かリゲルと接点があったが、事あるごとに兄に睨みつけられ、手痛く注意された。
父からもらった簪も踏みつけられ、壊れてしまった。
もしかしたら、私は謝りたかったのかもしれない。
けれど、謝り方を知らなかった。
だから、いま、この場所で首を刎ねられるために歩いている。
出口から漏れる光が眩しい。
ああ、やっと罪を償える。