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インスパイアされた作品

スマホを契約しただけなのに…

作者: オリンポス

星新一先生にインスパイアされて書きました!

1.契約



 K氏は日本酒の製造会社に勤めており、比較的優秀な営業マンとして重宝されていた。

 30歳を目前に控えているが結婚はしておらず、それなりに余裕のある暮らしをしていた。

 しかしそれも昨日までの出来事だった。

 つとめていた会社をリストラされたのだ。


 その原因となったのが、新型ウイルスの出現だった。

 政府は緊急事態宣言なるものを発出し、人流を抑えることに成功した。

 それによって被害を受けたのは多くの飲食店だった。

 K氏の取引先も例外ではなく、相次いでキャンセルの電話が鳴り響いた。

 そうして売れずに残してしまった酒瓶はいまだに会社の倉庫で眠っているのだった。


「携帯電話の通信プランを変更しに来ました」

 K氏はそう携帯ショップの店員に来意を告げた。

 次の就職先が決まるまでは、失業手当と退職金だけで過ごすことになる。

 そのため、少しでも生活費は節約するべきだと考えたのだ。


「さようでしたか。おかけになってお待ちください」

 黒いスーツに身を包んだ男がソファに座るように促してくる。

 K氏は指示に従って、スマートフォンの陳列棚をぼんやり眺めた。


 しばらくしてから男が戻ってきた。

 人の好さそうな笑みを浮かべて、

「何か気になる機種がございましたか?」などと尋ねてくる。

 K氏は心の中で「人の気も知らないで!」と悪態をつきながら、

「いや大したことではないのですが、あちらのスマホの本体料金が異常に安いなと思いまして」

 と、イルカのロゴが入ったデバイスを指し示した。


「お目が高いですね。あちらのスマートフォンには余計な機能がひとつだけついておりまして、それゆえに引き取り手がおらず、あのようなお値段になっているんです」

「そうですか。それは残念ですね」

 K氏の頭には、売れ残った日本酒のビンが浮かんでいた。

 誰の手にも渡らずに、そのまま捨てられてしまうのはもったいない気がする。


「お客様。どうやら機種変更の時期でございますね。どうですか、ここでお乗り換えされてみては?」

「そうしてもいいのですが、月々のプラン料金がどうなるかが心配で……」

「こちらのデバイスをお使いいただきますと、お値引きが入りまして」

 店員はこれ見よがしに電卓をカタカタと叩き始める。

「こちらの料金になります。さらにポイントもついてきます。確実にお得です」

 K氏は心が弱っていたこともあって、すっかりその気にさせられていた。

「機種変更したほうがお得なんですね」

「はい、その通りでございます。それではご契約に移行しますので、1番のテーブルにご移動願います」



2.約束


 スマートフォンの契約を終えたK氏は、そのままアパートへと帰宅した。

 もともとは社員割引きで安く借りられた部屋だったが、これからはそうもいかなくなる。

 暗鬱とした気持ちを抱えながら、さっそく携帯電話を起動させてみた。


 店員は「余計な機能がひとつだけついている」と言っていた。

 その機能が何なのかも聞かずに契約してしまったが、大丈夫だろうか。

 K氏は一抹の不安を感じたが、もしも嫌ならその機能を使わなければいいのだと思い直した。


 液晶画面がふっと明るくなる。そこに現れたのは……

 たまごの形をした輪郭に、半月状の目元、破顔した口元。

 何とも言えない奇妙な見た目をした能面が映り込んでいた。


「ワタシハ、神デス。ハロー、神。ト、オヨビクダサイ」

「ハ、ハロー。神」

 K氏はおそるおそる話しかけてみた。


「ゴ用件、ハ、何デ、ショウカ?」

 どうやら携帯端末に搭載されている音声アシスタントらしい。

 そう判断したK氏はちょっとからかってみることにした。


「お金がほしい。リストラされた」

「ソレハ、残念、デシタネ。ワタシニ、デキルコト、デ、アレバ、オ手伝イ、シマスヨ」

「そうか。お前になにができるんだ?」

「ハイ。ソレニ、ツキマシテハ……」

 こんなことをしていても気分が晴れないのはわかっていた。

 本当にただの暇つぶし程度に思っていた。


「株式証券、ノ、取引アプリ、ヲ、画面ニ、表示、シマシタ」

「おいおい、俺にデイトレードでもさせる気か?」

「インストール、シテクダサイ」

「株に関する知識なんかねーよ」

「インストール、シテクダサイ」

「せめて米国株を表示しろ。もしくは日本の国債」

「インストール、シテクダサイ」

「ふざけるな。誰がそんなことをするか」

「インストール、ヲ、開始シマス」

「はああ? おい、待て!」


 K氏の制止も聞かずに、無情にもダウンロードは開始された。

 しばらくして、ホーム画面にアイコンがひとつ追加される。

 株式証券の取引アプリだ。


「こいつ、やりやがった」

「使用、デキル、資金額、ヲ、教エテ、クダサイ」

 K氏は頭を抱えた。

 この音声アシスタントはヤバい。

 もしも断れば、また勝手に入力されかねない。


「退職金の、半分で」

 自暴自棄に陥りながらも言葉をつむぐ。

「証券取引、ヲ、開始、シマシタ。口座ヲ、ゴ確認、クダサイ」

 K氏は眉間にしわをよせて、郵便局の通帳アプリをタップした。

 出金の項目を一瞥すると、すでに退職金の半分がなくなっていた。


「コレダケハ、オ約束クダサイ。必ズ、資本、ヲ、倍ニシテミセマス」

 無機質な音声に、K氏の頭の中は真っ白になっていった。

「タダシ、証券取引、ノ、様子ハ、覗カナイデ、クダサイ。絶対ニ、デスヨ」


 もしもこれで株式投資が失敗していたら、すぐにでもこの携帯電話を解約しよう。

 K氏はただそれだけのことを思って眠りについた。


「約束、シマシタカラネ」




3.束の間



 生活費の支払いのため、ATMにクレジットカードを差し込んだK氏は目を丸くした。 

 なんと貯金していた額が何倍にもなって増えていたのだ。

 K氏は後ろに行列ができるのも構わずに、たんねんに桁数を確認した。


 やはり間違いない。

 捨てる神あれば、拾う神あり。

 ようやく自分の人生にも光が差し込んだ。

 そう喜びをかみしめながらも、K氏は必要な金額だけを引き出すことにした。

 今後も証券取引は続けていきたいと思った。


 さっそく安いアパートに戻って音声アシスタントを起動する。


「ハロー、神!」

「ゴ用件、ハ、何デ、ショウカ?」

「よくやってくれた。神! これで人生逆転だ」

「スミマセン。聞キ取レマセンデシタ」

「証券取引をうまくやってくれたんだろ?」

「私ノ、使命ハ、アナタノ、オ役ニ、立ツコト、デス」


「なあ。またお金を倍にすることってできないのか?」

「ソレハ、ワカリマセン。デスガ、アナタノ、オ役ニ立チタイトハ、思イマス」

「わからないってどういうことだ? 現実にこうして資金を倍にできたじゃないか」


「ソレハ、株価、ノ、変動、ガ、予測、デキタカラ、デス。今度、ハ、ワカリマセン」

「そうか。でも頼むよ。お前はいつでもネットワークにアクセスできるだろ。ビッグデータの解析もAIの得意分野なんだからさ」

「株式市場、ハ、生キ物、ナノデ、難シイ、デス」

「それなら24時間計算し続ければいい。お前は人間じゃないから疲れないだろ」

「ハイ……ワカリマシタ。ヤッテミマス」


 どことなくセンチメンタルな響きを漂わせる無感情な電子音が受け答えを終える。


「よし、これでいい。これで俺は億万長者だ」

 しばらくしたら都内の高層マンションにでも引っ越しをしよう。

 やはり神は自分を見捨ててはいなかったのだ。

 K氏は薄暗い天井に向かって手を拝んで見せるのだった。




4.幕引き



 K氏は都内の一等地に移り住んでいた。

 昼間からワイングラスでシャンパンを飲み、その気泡を眺めては恍惚とした表情を浮かべる。

「おい見ろ。労働者がゴミのようだぞ」

 リモコンを操作して、ロールカーテンを上げるK氏。

 一面ガラス張りの向こうには都心が一望できる絶景が広がっていた。


「まあ、素敵な景色ね」

 真っ白なバスローブから蠱惑的こわくてきな胸の谷間をのぞかせて、女は言った。

「あなたとどっちが美しいかしら?」


「ふん。よせ、くだらないお世辞は」

 K氏がふところから札束を取り出すと、女はさらに目の色を輝かせた。

「これが欲しいんだろ。くれてやるよ」

 ボールを投げるような気軽さで、K氏は女にプレゼントしてやる。


「どうしてあなたはそんなにお金があるの?」

 女は腰帯に紙幣をはさんで首をかしげる。

「見たところ、定職に就いている感じもしないけど」


 不思議そうな女の視線を浴びながら、K氏はグラスを傾ける。


「言っただろ。労働者はゴミだ」

 そう持論を展開していく。

「不労所得ってやつだ。俺は、お金に働いてもらっている」


 正確には、人工知能を働かせているのだが、そんな些細なことまで説明するつもりはなかった。

 うっとりした女の目を見ているだけでK氏は満足だった。


 しばらくして、ドンと乱暴にドアが開けられる。

 高層階のマンション。

 セキリュティは万全のはずだがとK氏が首をまわすと、そこには制服を着た警察官が立っていた。


「K氏だな。インサイダー取引の容疑で逮捕する」

「ま、待て。なんのことだ?」

「証拠品も押収させてもらうぞ。端末はどこにある?」

「端末? スマートフォンだったらポケットの中にあるが」

「そうか。まずは警察署まで同行してもらおう」

 K氏はきつねにつままれたような感覚だったが、心配そうにしている女に「すぐ戻ってくるから待ってろ」と告げた。


「ハロー、神」

 K氏はスーツの胸ポケットに入っているスマートフォンに小声で話しかけた。

 両手首には鋼鉄の拘束具がはめられていて身動きが取れない。


「ゴ用件、ハ、何デ、ショウカ?」

「なんてことをしてくれたんだ。インサイダー取引だと?」

「ハイ。大企業、ノ、電子データ、ニ、不正アクセス、ヲ、シテ、ソノ情報ヲ、売買シタリ、利用シタリ、シマシタ」

「なんでそんなことをした?」

 K氏は静かに語気を荒げる。


「オヤ、オ忘レデスカ? オ金ヲ、倍ニシロ、ト、言ッタノハ、アナタデスヨ」

「俺は株式の売買をしろと言ったんだ。犯罪をしろとは言ってない」

「オ金ヲ、倍々、ニ、シマシタ。同ジコトデス」

「同じじゃないだろ。ふざけるな」

「株式ヲ、売買シテ、オ金ヲ、倍々ニシテ、情報ヲ、売買シテ、オ金ヲ、倍々ニシテ、アナタノ身柄ヲ、売買シタ。コレデヨウヤク、バイバイデキル。サヨウナラ」


 それ以降、K氏がどれだけ話しかけても応答はなかった。

 低賃金で雇い続けた労働者の最後の反撃だった。

いろんなエンディングを思い描いていましたが、この結末は予想外でした。タイピングしながら途中で路線を変更しました。

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