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第九話 これでいいのだ!!

 こんこん。

 がちゃり。



「おはようございます、センセ……イ!?」

「なーのだー!」

「セ、センセイ……ですよね?」

「な、なーのだー?」



 ……やべえ。滑った。

 逆出オチ感が半端ない。


 戸惑う凛音お嬢様の見つめる中、俺は巨大なかぶり物をゆっくりと脱ぎ、最大限ダメージが少ないよう自分の足元にそっと静かに置いた。もちろんそれは『天才バカボン』のパパさんを模したかぶり物である。わざわざみこみこさん率いるエージェントさんたちに無理言って徹夜で作成してもらった物だ。


 済みません。

 その苦労、すっかり無駄になっちゃいました。



「……さて、今日は赤塚不二夫です」

「あ、あの。さっきのそれは、触れない方がいいんでしょうか?」



 わかってるんなら、やめたげてよぅ!



「……こ、こほん。これはもう良いです大丈夫です。早速始めたいと思います」



 いつもどおりに透明なタッチパネルを操作してスクリーンを起動した。


 赤塚不二夫の代表作と言えば、大ヒットした『おそ松くん』に『ひみつのアッコちゃん』であり、続けて爆発的なヒットを生んだ『天才バカボン』だ。その後も『もーれつア太郎』などのヒット作を生み出した、人呼んで『ギャグ漫画の王様』である。



「やっぱり赤塚不二夫も、漫画家を志した最初のきっかけは手塚漫画なんです。その後、石ノ森を慕って『トキワ荘』にやってくるんですよ。石ノ森の方が三歳年下なんだけどね」

「みなさん、始まりには必ず手塚の影響があるんですね。偉大なる漫画家さんです」

「そうだねえ。この四氏の中でも別格だからね」



 うんうん、とうなずいて先を続ける。



「赤塚不二夫の場合、少年向け・少女向けの違いはあれど、徹底したギャグ路線だったことが特徴かな。あと、テレビというメディアへの興味が強かったことも挙げられるね。漫画家ってそういうもので露出するのを嫌うイメージが強いんだけど、赤塚は違った。自ら番組に出演したり、多数のタレントと親交を深めたり、原案者になって製作した実写映画もあるんだよ」

「あ、なんか今まで抱いていた漫画家さんのイメージとは違いますね」

「でしょ?」



 そのまま赤塚不二夫の漫画とアニメを数話ずつ観ていくことにする。


 なお、実写映画の方は外しておいた。さすがに『宅検』でもここまでは範囲に含まれまい、と踏んでのことだ。それに、赤塚原案の実写映画の一本はえっちい奴なのである。いずれも一部ファンにはカルト的な人気があるらしいが、これに関しては俺も観たことはないので割愛することにしよう。


 ひとしきり赤塚作品を堪能したところで例のごとくエージェントさんたちが入室し、お茶の時間になった。今日はオレンジ・ペコーだ。バターの風味豊かなクッキーを齧り、紅茶に静かに口をつけてから、俺は『宅検』対策に必要そうな知識を追加披露した。



「彼が亡くなった時、テレビ側の人間で、タレントのタモリという人が弔辞を読んだんだけど、そのセリフが良くってね。『私もあなたの数多くの作品の一つです』って言ったんだ。いいでしょ?」

「ふむふむ……。これ、試験に出そうですね!」



 そうそう。そういう見方、とっても重要です。



「ちなみに、ギャグ漫画家らしいエピソードとしては、生前の最後の言葉が、倒れて女性に触れた拍子に飛び出した『おっぱいだ、おっぱい』なんだってさ。それが事実かどうかはさておいて、ついつい笑っちゃうよね。らしくってさ」

「ふふふ」



 これには凛音お嬢様も堪え切れずに口元を覆い隠して笑いをこぼした。



「つまるところ赤塚不二夫って人は、とにかく人を笑わせて、楽しませて笑顔にすることに自分の人生の全てを賭けていた人なんじゃないかな、って思うんだ」



 その分、私生活は破天荒でハチャメチャだったらしい。また、重度のアルコール依存症でもあった。そこも含めて『自分の人生の全てを賭けていた』漫画家なのだと俺は思ったりする。



「それを印象付けるエピソードとしては、ある時、赤塚がテレビを通じて、視覚障害を持つ子供たちに笑顔がなかったことに凄くショックを受けたんだってさ。そこで、その子たちを笑わせるにはどうしたらいいんだろうって考えて、点字の漫画絵本を作って各地の盲学校に寄贈することにしたんだ。こういうの、なかなか実践できることじゃないって思うんだよね」

「目で見る漫画を描く人なのに……なんか素敵ですね、そのお話」

「俺の勝手な持論なんだけどね。誰かを泣かせるのとか、興奮させるのは努力すればできることだけど、笑わせるってホント難しいと思うんだ。センスも必要だし、技術も努力も人一倍頑張らないとできないから」

「ですねー。さっきのセンセイの登場の仕方とか……」

「それは忘れて」



 俺はまだ足元に転がっている『天才バカボン』のパパさんのかぶり物をさりげなく視線の外に蹴り除けてから半泣きの表情で首を振り返した。



「さて。いつもの通りの質問だけど、凛音ちゃんの印象に残った作品ってどれかな?」

「ええと……やっぱり『おそ松さん』ですかね」

「『さん』は違うから! い、いや、確かに赤塚不二夫原作のアニメではあるけれども!」

「でも、あの六つ子が成長して……ってお話は、ベースが面白くないとできませんよね」



 あーでも、教材にしっかり入れてしまっていた俺も悪いっちゃあ悪い。


 ただ、原作当初の『おそ松』を筆頭にした六つ子は、『おそ松さん』になってようやく個性を獲得したのだ。それまでは確かに声優も違えば性格も異なっていたのだが、イタズラ好きでお金にがめついという共通点を除くと、ご近所さんどころか友人や両親ですら見分けがつかないという設定だった。それゆえ、中盤以降はイヤミやチビ太の方が主役級の扱い方をされ、六つ子は脇役扱いになっていったのだ。


 だが、成長して『おそ松さん』になったことで、服装や小物、口調や性格の個体差(?)が大きくなり、もはや見た目そのものが別の六人になっていった。そういう点ではリメイクしたことでそれまでの良さを生かしつつ、作品ごと大きく成長した一本だと言えるだろう。



「俺はやっぱり『天才バカボン』が好きなんだよね。元々、『バカボン』って『放浪者(バガボンド)』を意識して付けられたタイトルなんだ。ま、実際にはフリーダムなのはパパさんなんだけどね」



『天才バカボン』というと真っ先にイメージが浮かぶのはパパさんで、お馬鹿なのも一周回って天才的なのもパパさんなのに、息子の名前がタイトルっていまだに不思議な感じがする。



「それではTV的に困る、っていうので後から植木屋さんって職業を付けられちゃったんだけど、赤塚的には無職の『放浪者』であるべきだ、って最後まで反対だったみたいなんだ。それくらいこだわりがあったんだろうね」



 そして、記憶の中から絞り出して手元のタブレット上にバカボンのパパを描いてみせた。



「うーん。やっぱり覚えてるな、俺。赤塚自身も、このバカボンのパパだけはいくら酔っぱらっていても描けるんだ、って言ってたそうだよ。凄く思い入れが強かったからなのか、これが記号化されて完成された絵だからなのかは分かんないけどね。ほら、凛音ちゃんも描いてみてよ」

「うぅ……。私、漫画っぽい絵はあまり得意ではないのですが……」



 そう言いながらも俺の絵を手本に恐る恐る描いてみると、何とかそれらしい物が描けて、途端に小難しい顔付きが、パッ、と明るくなった。



「あ! 描けた、描けました!」

「うんうん。いい感じ良い感じ」

「はじめてです! 漫画を描いたのって!」



 正確に言えばイラストなんだが、描く楽しみを少しでも感じてもらえたら大成功だ。




 さて、それぞれ一日ずつ費やして、何とか『四大文明』を片付けることができた。


 ここからはペースアップしないと苦しいな……。

 ちょっと戦法を変えるとしよう。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


【今日の一問】


 次は、赤塚不二夫の『天才バカボン』のパパにまつわる問題です。バカボンのパパが卒業した大学名で正しいものを一つ選びなさい。


 (ア)黒百合女子大学

 (イ)テイノウ義塾大学

 (ウ)バカ田大学


          (私立小学校入試問題より抜粋)


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






【凛音ちゃんの回答】

 (イ)か(ウ)。

 (ア)ではないことは分かったのですが、残り二つはどちらも可哀想で選べません。






【先生より】

 正解は(ウ)の『バカ田大学』となります。ちなみに(イ)の『テイノウ義塾大学』は『バカ田大学』の永遠のライバル校で、(ア)の『黒百合女子大学』はママさんの卒業校です。何ともやるせない大学名ですけれど、これはギャグ漫画なので余計な気を遣わなくていいんです。じゃなかった、これでいいのだ。






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