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第六話 代打教師・多田野、真剣です!

「あらためて自己紹介させてください。多田野宅郎です。今日からお嬢様の家庭教師を務めます」

「はい! よろしくお願いいたします!」



 みこみこさんが見立ててくれてエージェント経由で手渡された、高級そうな新品のスーツを着てみたが似合っているだろうか。元々ブランド物にはくわしくないタチだが、ダークブルーのジャケットの内側には金の刺繍の筆記体でブランド名が書かれているが、絶望的に読めなかった。ライトブルーのワイシャツにはパリッと糊が利かせてあり、スラックスの折り目も薄い紙なら切れそうなくらいにエッジが効いていた。むう、逆に着慣れなくて落ち着かない……困った。


 はたから見ても不審なくらいにもぞもぞ身体を動かしていると、ぺこり! と頭を下げたばかりのお嬢様はふにゃりと微笑んでみせる。



「でも……やはり、お嬢様はやめて欲しいのです。ここでの私は、教えを乞う生徒なんですから」

「って言われましても……。じ、じゃあ、凛音さん、で」

「ちゃん、がいいです。年下なのですし。『さん』付けはよそよそしい感じがしてしまって」

「じ、じゃあ遠慮なく、砕けた感じでやらせてもらいますね、凛音ちゃん。気に障ったら言ってください。直しますから。さてと……今まではどうやって『オタク・カルチャー』を学習していたのか教えてくれるかな?」

「昨日のとおりです。自分なりに低学年向けのドリルを解いたりしていました……けど」



 はい! と差し出されたドリルを受け取り、ぱらぱらとめくってみる。これ、この前の奴だ。


 ふむふむ……。


 が、俺は最後まで目を通しもせずに、それをぽいっと足元にあった屑籠に投げ込んでしまった。



「ええっ! せっかく手に入れましたドリルでしたのに……!」

「これ、無意味っすよ。『オタク・カルチャー』は、表面的な知識だけ吸収すればなんとなるってモンじゃないっすから。大事なことは、実際に触れてみること。それから、好きになって、夢中になることです」

「では、どのように?」

「ですよねー。……それでは、エージェントさん方、お願いしまーす!」



 特に事前の打ち合わせをしたわけでもないのだけれど、呼べば来る、というみこみこさんの乱暴なアドバイスどおりに背後を振り返りつつ一声かけると、すぐさまマホガニーの扉が大きく開かれ、わき目もふらず突入してきた数人の黒服さんたちに手によって機材ががらがらと騒がしい音を立てながら運び込まれてきた。


 五〇インチはありそうな極薄大画面のモニターに、ハイスペックなデジタルスピーカー。あとはマルチメディア対応の映像再生機が見える。ブルーレイの曾孫くらいにあたる光学メディアらしいのだけれど、取り急ぎ簡単な使い方だけはみこみこさんからレクチャーされていたので、細かい技術や仕組みの方はあまり気にしないことにしておく。



「一体……これは?」

「これから凛音ちゃんには、大量のアニメと漫画にどっぷり漬かってもらうつもりなんです。これらは、そのために準備してもらった機材と教材ですよ。俺の独断と偏見でラインナップは選定しました」



 そう言いつつも、個人的にはかなりこだわりのある外れなしのラインナップを揃えてもらったつもりだ。


 単純に作品自体が面白い面白くないもあるが、これぞアニメであり漫画である、という物を凛音お嬢様にしっかり体感してもらわなければならない。そのためには、ただ物量で圧倒するだけでは駄目なのだ。それなりの意義を持った、質の高い作品を見てもらう必要があるのだ。


 俺は壁に掛けられたカレンダーをちらりと確認してからこう続けた。



「今は夏休みということですから、これを、寝る時間以外ずっと見てもらいます。食事をする際も、この部屋で取るようにお願いしてあります。もちろん、食事している間も映像は止めずに流します。いいですね?」

「あぅ……かなり大変そうです……。でもセンセイ、食事しながらなんて、そんなついででいいのでしょうか?」

「いいんです、それで。元々アニメは、家族が食卓で見たりしていたものも多いんですから」



 深夜アニメなんかは別だけれども、いくら『オタク・カルチャー』だの国有財産だのと崇め奉られて持ち上げられようと、日々の生活におけるアニメや漫画の在り方は変わらないはずだ。そう肩肘張って見るものでもない。むしろ、リラックスした状態で、いつもの生活の中にアニメや漫画が当たり前のように存在しているように仕向けるのが狙いだ。


 などと言っているうちに、エージェントたちによる搬入と設置作業が完了した。

 実に手際がいい。さすがである。



「じゃあ、早速始めましょうか。ところどころで俺がカンタンに言葉と絵で解説を入れます。逆にわからないところがあったら、凛音ちゃんの方からもどんどん質問してください」

「セ、センセイは絵もお描きになられるんですね! す、凄いですっ!」

「い、いや。俺が描けるのは落書き程度ですって。一応、模写くらいはしますけど」



 そう慌てて否定したものの、凛音ちゃんの尊敬の眼差しは少しも曇ることはなかった。むしろ俺からしてみれば、落書きすらできない、ってのはよっぽどだ。しかしどうやらその、よっぽど、らしい。



「最初は、昨日のリベンジがてら『ドラえもん』から観ることにしましょうか」

「はいっ!」




 ぽちっ。

 視聴開始。




 OP曲が流れると次第に凛音お嬢様の表情がゆるみ、やがて恥ずかしそうに真っ赤になった。



「昨日の問題は、ここの部分だったんですね! こうして実際に耳にすると良くわかります」

「ちなみに『あんあんあん』の部分は『るんるんるん』みたいな心弾む様子を表現してます」

「は……恥ずかしい。文字だけ見て、てっきりいやらしい意味なのかと思い込んでました」

「んなわけないでしょうに……。さ、本編開始ですよ」



 ちなみにこの主題歌を聴いてもらうために一九七九年から二〇〇五年まで放映された第二作一期と呼ばれるシリーズから抜粋した。そして、ここからチョイスしたのはもう一つ別に理由があったりする。



「あ! あれですね! さっきの歌で言っていた『タケコプター』というひみつ道具は!」

「ですです。無駄知識ですけど、前のシリーズまでは『ヘリトンボ』と呼ばれてましてね――」



 なのである。


 これほどまでに『タケコプター』として世界中に名を馳せた超有名な『ひみつ道具』なのにも関わらず、連載第一話からしばらくの間は、漫画の方でも『ヘリトンボ』という名称だったのだから驚きだ。『ヘリ』じゃなくて『コプター』、『トンボ』じゃなくて『タケ』にして、順番を逆さにひっくり返しただけなのに、これほどまでにしっくりくるネーミングは他にはないと思うのである。



「でも……あの方式ですと、身体が浮くほどの揚力を得ようとすると首が捻じ切れません?」

「やっぱり凛音ちゃんは頭がいいですね! でもそれ、ブー! なんです。実はアレ、プロペラの揚力で飛んでいるように見えて、実際には反重力ボードとパネルの力で浮かんでいるんですよ」

「ええっ!? では……回っている意味、あんまりないですよね……」

「そうなんだよねえ」



 初期と後期で解釈は逆転するのだけれど、話がややこしくなるだけなのでスルーしておくとしよう。




 そもそもの話、当時のアニメにまともな科学考証を追及する方が間違ってるともいえる。


 SNS何かで良く挙げられた命題は、二つの『どこでもドア』を取り出して並べ、片方から入ってもう片方から出ながら、自分自身のシャツを摘まんで引っ張り出したらどうなるか? という論理矛盾(パラドックス)である。


 引っ張っている自分と、引っ張られている自分は、果たして同時に存在できるのだろうか。丸っと引っ張りだしてしまったら? 引っ張っている自分は消滅する? 未来のひみつ道具、ちょろっと深く突っ込んで考えるだけで怖すぎ。




 とりあえず初日ということで、ひたすら藤子不二雄メドレーで代表的な作品を数話ずつ鑑賞していくことにした。


 だがしかし、ひとまず凛音お嬢様を混乱させないように、藤子・F・不二雄の作品に絞ってみた。ここで藤子不二雄Ⓐ作品を混ぜてしまうと、後期になるにつれ児童向け要素は薄れていって青年向けのブラックユーモアが特徴として際立ってしまうからだ。


『オバQ』に『パーマン』に『21エモン』。個人的には『エスパー魔美』がかなり懐かしいが(断じてヌードシーンがあるからではない)、凛音お嬢様は『キテレツ大百科』が特にお気に召したようだった。ご先祖のキテレツ斎様がオットー・リリエンタールより先に飛行機を完成させた、というくだりを真剣に信じそうになったくらいである。




 あとは『はじめてのチュウ』。

 やっぱ強い(確信)。


 とりあえずはこの調子で、『トキワ荘』の住人からアプローチすることにしよう。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


【今日の一問】


 次は藤子・F・不二夫の『キテレツ大百科』に登場するキャラクター『熊田薫』のあだ名です。正しいものを一つ選びなさい。


(ア)ブタゴリラ

(イ)ゴリライモ

(ウ)クマちゃん


               (私立小学校入試問題より抜粋)


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






【凛音ちゃんの回答】

 (ウ)。

 他の物は、あだ名ではなく悪口だと思います。可哀想です。






【先生より】

 見事に引っかかってしまいましたね。正解は(ア)の『ブタゴリラ』です。熊田君は『(かおる)』という女の子っぽい名前がとても嫌だったので、自分でこのあだ名を考えて、主人公・キテレツをはじめとする友人たちにそう呼ぶようにさせたのです。ですからこれはイジメの(たぐい)ではありません。大丈夫な奴です。




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