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第三十話 出陣

 そして、翌日――。

 遂にその日はやってきた。




 俺と凛音お嬢様、そしてみこみこさんの三人は、『宅検』試験会場となった港北大学の校門の前に揃い立っていた。レンガ色と白の入り混じった校舎の中央には、中世の城を思わせる尖塔があり、そこに掲げられた時計盤は試験開始三〇分前を告げていた。俺たち以外にも集まってきた受験者たちは、広い校門を潜り建物の中へと次々に吸い込まれていく。



「もうここからは、凛音ちゃん一人で行かないといけない。心の準備はできてるかい?」

「……大丈夫です」



 手が――震えている。

 その手を取り力一杯握り締めると、凛音お嬢様は、ほっ、と息を一つ吐いた。



「大丈夫です。今、センセーから勇気を貰いましたから!」



 にっ、と二人で笑顔を交わした。


 道の向こう側には、研究所のロゴが入ったワゴンタイプの電気自動車が待機していた。試験終了まで、俺たちはその中で無事合格を祈り、見守る予定なのである。



「では、私たちはあちらで待機しております」

「ありがとうございます、美琴さん。行ってきますね!」



 凛音お嬢様はスカートの裾を翻し、ひとり戦場へと旅立って行った。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






「さてと、だ――」

「あのう……ひとつ質問いいっすか、みこみこさん?」

「なんだ、宅郎?」



 なんだ、じゃないよ!

 俺は若干キレ気味に、車内に据え付けられたモニター画面をばしばし!と叩いた。



「なんでここに、試験会場内の風景が映ってるんですかあああ!」

「ふふふ。鞠小路家の実力を侮るなよ。すでにエージェントが潜入しているのだ」

「褒めてない、褒めてないよ!?」



 まるでFPSのように揺れる視界から察するに、眼鏡かネクタイピンにカメラが仕込まれているらしい。これ見よがしにカメラを構えて行動するわけにもいかないからきっと隠し撮り中なのだ。けれど、さすがにいつもの黒服姿はしてないのだろう。そう思いたい。


 一瞬、画面の中に凛音お嬢様の姿が映し出された。


 他の受験生たちは最後の最後まで足掻こうと、持参した参考書やドリルに釘付けになっていたが、凛音お嬢様だけは、ぴん、と背筋を伸ばし、目を閉じて集中を高めているようだった。



「もしバレたら、失格になりません、これ?」

「だろうな。試験会場内にはカンニングなどの不正防止のために各種通信センサーが備え付けられているのだ。だがッ! 鞠小路家の科学力は世界イチィイイイッ! なのだよッ! チンケなジャマーなぞ、私の手にかかればちょろいもんだ」



 お馴染みの使い古しの筆がおっ立ったような髪型がすでにシュトロハイム。

 しかし、なぜこんなことを……?



「あー、誤解するなよ、宅郎。これは不正のためではない。凛音お嬢様を見守り、ともに受験に挑もうとする、そのためだ。我々もリアルタイムで試験問題をチェックしたいからな」

「それを聞いて、ちょっぴり安心しましたよ……ったく」



 そうこうするうちに画面の中の人物は自分の席へと辿り着いたようだ。画面の中には、ただの木の机……ではなく、全面ディスプレイで覆われたずいぶんとハイテクな光景が映し出されていた。個人名も受験番号もあらかじめ右上隅に表示されている。



「凄いな……。筆記用具要らずじゃないっすか」



 静電式タッチパネルなのだ。

 生徒に支給するのではなく全教室がこうなっているのだとしたら、かなり羨ましい進歩だ。



「まあ、ここは大学だからな。高校まではまだどこでも普通に鉛筆やシャープペンシル、あと消しゴムを使っているよ。すべてテクノロジー頼りにしてしまうと、むしろ学力が低下する傾向にある、と学会でも発表されたためだ。生徒に一切鉛筆削りを使わせずに、カッターナイフ一本で削らせるスパルタ小学校もあるそうだぞ?」

「なんでも便利にしてしまうと、人間は馬鹿になっちゃう、か。俺もそれには賛成っすねー」



 漫画を読むのだって、凛音お嬢様の学習用にわざわざ最初に紙媒体を希望したのはそういう意味合いもあったからだ。電子書籍で読むのと紙で読むのとでは、発光して表示された文字を受動的に認識するのと、外光による反射で文字を能動的に認識するという違いが生じ、おのずと脳での知識の吸収度合にも差が生じるのだ、というどこかの研究機関の発表を偶然目にしたからでもある。


 そんな背景もあるからか、紙媒体自体をすべて廃止してしまったというわけではなく、ただ単に『漫画』のオリジナルという意味での『紙』がもう存在していない、そういうことだったようだ。


 ともかく、これで名前の書き漏らしや、消しゴムを落としただのシャープペンの芯が切れただのと言ったラブコメ定番のプロローグやしようもないトラブルは起こりえない。目の前の問題に挑むだけだ。






 モニター越しに予鈴のチャイムが鳴り響く。

 試験開始五分前の合図だ。






「た、宅郎……すまん。手を……握っていてくれないか? こ……怖くなってきた」

「はいはい。これでいいですね」



 普段が普段だけに一瞬ネタかと思ったが、あまりに真剣なみこみこさんの表情を見て即座に応えてあげた。緊張して小刻みに震えている手は血の気を失って氷のように冷たい。俺はもう片方の手をその上からそっと重ね、ぎゅっ、と握り締めた。



「な、なあ、宅郎。お前は不安じゃないのか?」

「そりゃ、全然……と言ったら嘘になりますけどね」



 そう言ってから、俺は、にやり、と口元を笑みの形に吊り上げた。



「けれど俺は、凛音ちゃんを信じる俺でもない、俺を信じる凛音ちゃんでもない、凛音ちゃんを信じる凛音ちゃんを信じていますから」

「それは『天元突破グレンラガン』のアレか……。確かにそうだな。いいセリフだ」



 みこみこさんの顔に多少引きつりの残る笑みが蘇り、その手に力がこもった。




 再びモニター越しに、戦闘開始のチャイムが高らかに鳴り響く。

 いよいよ開始だ!




 ごくり、と唾を呑み込んだ瞬間、モニターにそれが浮かび上がった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


【第一問】


 次に挙げるのは、漫画の聖地『トキワ荘』に居住経験のある漫画家の名前です。この中で実際には居住経験のない漫画家名を一つ選びなさい。


 (ア)石ノ森章太郎

 (イ)つのだじろう

 (ウ)よこたとくお


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「ど、どうだ?」



 近い。狭い車内で横を向かれて、キスされそうな至近距離に慌てて仰け反りながらうなずき返した。



「凛音ちゃんならこれはいけます。(イ)の『つのだじろう』は、ホラー漫画をまとめて学習した時のおまけとして、トキワ荘にスクーターで通っていた、って豆知識を教えてあります」

「さすがだ。よし、次だ、次!」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


【第二問】


 次は、手塚治虫の『火の鳥』の各編の名称です。この中で実際には存在しない作品名を一つ選びなさい。


 (ア)エジプト編

 (イ)ギリシャ編

 (ウ)インダス編


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「これは?」

「楽勝ですね。凛音ちゃんは『火の鳥』が大好きで、何度も繰り返し読み込んでますよ」

「良いぞ。よし、次!」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


【第三問】


 次は、石ノ森章太郎の『サイボーグ009』のコードネームと登場人物です。この中で誤った組み合わせのものを一つ選びなさい。


 (ア)001 → イワン・ウイスキー

 (イ)003 → フランソワーズ・アルヌール

 (ウ)005 → グレート・ブリテン


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「これはどうだ?」

「こんなの、凛音ちゃんなら絶対間違えませんよ。何度も小テストで復習しましたからね」

「良いぞ。この調子で進んでくれ……!」



 今のところは……まずまずだ。

 頑張れ、凛音ちゃん!






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