第二十八話 あの部屋で待ってる
こんこん!
がちゃり!
「やっぱりか……くっ!」
「え……? いない……?」
みこみこさんと二人で戻った凛音お嬢様の部屋はもぬけの殻だった。
俺はただ唖然とするしかなかった。状況が全く見えていない。
と、みこみこさんに強めに胸倉を掴まれ、うっ、と息が詰まる。
「宅郎……! お前、凛音お嬢様に何を話した? 何をしたのだ!?」
「俺は……何も……!」
「なんでもいい! 洗いざらい話せ!」
思い出せ……俺!
と言っても、大した話はしていなかったのですぐに思い出せた。
ホールドアップの態勢で口早に告げる。
「お、俺はただ……例の婚約話が破棄されたってことを話しただけで……」
「そうか。……いや、待て。もし不合格だった場合の話は?」
「専属アドバイザーとして俺がこの世界に残るって言いましたけど。それだけですよ?」
「それだけ……? いや、それだろうな原因は。この……気をつけろと言ったろう!?」
「え……?」
みこみこさんはようやく俺を掴んでいた手を放し、溜息を吐きながら呆れたように何度も首を振っていた。ええっと、そんなに悪いこと言っちゃったのかな……。
「そんなにショックだった、と? そんなつもりは――」
「逆だ、馬鹿者。凛音お嬢様は、その話を好機だと受け取ったのだ」
「………………はい?」
「まったくお前という奴は……」
はぁ、と再び溜息を吐かれてしまった。力なくソファーに腰を降ろしたみこみこさんが、俺にも座るように無言で合図してきた。なので、テーブルを挟んで対峙するように座った。
「これは前にも言ったはずだ。凛音お嬢様は異性への免疫が極端に乏しい、と。正直、今までは男のエージェントに対しても距離を置き、どこか委縮した態度を取っていたくらいなのだ」
「はぁ。そこまでっすか」
「ああ。だが、お前に対する態度は明らかに違っていただろう。それに関しては少しくらい自覚があるんじゃないか?」
「え!? うーん……。その話を聞いた後だから言えることっすけど、少なくともそんなに怖がられていた感じはないっすね」
「怖がられてなかったどころじゃない。凛音お嬢様はお前に対して明らかに好意を抱いている」
「……え?」
んな馬鹿な。
俺の方は、教え甲斐のある優秀な生徒、もっと図々しく言えば仲のいい妹って印象だ。
好意?
それって……俺の考えているカンケイとは違う、って意味なのか?
「気づけ。前にも言ってやったろう? お前は割と見られる容姿だし、誠実でていねいで面倒見もいい。正直に言っていい奴だ。そんな奴と二人きりで長い時間過ごしてきたら、そこに恋愛感情に似た何かが生まれたとしても、少しもおかしくはないだろうが」
「だ、だからそれってみこみこさんの――」
「ん? 私が特別特殊な嗜好と性癖を持っている変わり者だとでも言いたいのか?」
「そっ! そうじゃないっすけど……」
慌てて手を振る。
そんな俺の狼狽っぷりを横目で見つつ、みこみこさんは薄笑を浮かべた。
「少し考えれば分かることだったのだ。お前に与えられたミッションは、凛音お嬢様が『宅検』に合格できるよう『オタク・カルチャー』の知識を徹底的に教え込むこと。だが……無事合格した暁にはどうなる? 当然お前は元の時間の世界に戻り、元通りの生活を続けることになるだろう。つまり――ここからいなくなってしまう」
「じゃあ凛音ちゃんは……俺がこの世界に居続けるように、明日の受験を放棄して逃げ出してしまった、ってことですか……?」
みこみこさんは敢えて答えを口に出さなかった。代わりに小さくうなずいてみせる。
それから立ち上がって、窓辺へと近づき、鞠小路家の庭内を見渡した。
「とは言え、だ。凛音お嬢様が、この御屋敷の敷地外まで出ることは容易くない。誰か特定のエージェントを抱き込んでいればそれもあり得たが、何せ宅郎から専属アドバイザーの話を聞いたのはついさっきのことだからな。突発的な思い付きで、単独で行ける範囲となれば、おのずと限られてくる」
「じゃあ、早速探しに――」
「探してどうする?」
みこみこさんは振り返って俺の顔を見つめるなり、訝し気に片眉を吊り上げてみせた。
まだわかってないな、そう言いたげだった。
「ここにいないことが問題なのではない。明日の受験を放棄するつもりなのだ、ということが問題なのだぞ? 見つけて無理矢理連れ出して受験させたところで、凛音お嬢様が一切の回答を拒否してしまえば事態は何も変わらない」
「そっすけど……。でも、見つけないと何も始まりませんよ」
「ま、それはそうだ。しかし、見つけた時にお前はなんと言って凛音お嬢様を説得するつもりなのだ? それをきちんと決めておかないと、見つけたところで逆効果になりかねんぞ?」
それは……その通りだ。
とは言え、何と言ったら良いものか。
俺は、さっきの通りで、凛音お嬢様に対しては、大切な生徒、仲の良い妹くらいの感情しか持っていなかった。
そりゃ確かに可愛いと思う。
だが、一回りも年の離れた女の子だ。誠に遺憾ながらロリ性癖がないこともないのだが、それはあくまで二次元の世界だけでの話だときっちり割り切っている。現実となると話は違う。
逆に、目の前のみこみこさんに対しては、ただの友人、同僚以上の感情を持っている。
しかし、かと言って、明日が試験本番というこのタイミングで凛音お嬢様にそんな話をしてしまったら逆効果に決まっている。みこみこさんの言うように、本当の本当に凛音お嬢様がこんな俺に対してライクじゃなくてラブな感情を持っているのだとしたら、そのカミングアウトはダメージを与える効果しかないはずだ。
どうすりゃいいんだよお……。
こんな状況に置かれた経験ゼロの俺は、ただひたすらない知恵を振り絞って悩むしかない。
うーん……。
こういう時、ハーレムラブコメの主人公ってどうしてたっけ……?
じゃねえよ!
これ、現実の話だって!
いくら俺がオタクとはいえ、こんな時くらい自分自身で向き合わなけりゃ俺が俺である意味なんてない。こんな大事なところまで『オタク・カルチャー』任せでどうするんだ。馬鹿か俺は!
決意の言葉を沈黙したまま待っているみこみこさんに俺は告げた。
「決まりました……いや、決めました! 凛音お嬢様に俺の正直な気持ちを伝えます」
「そうか。では……探しに行こう。多分、あそこに違いない」
俺たちはその場所を目指し、駆け出した。
そこに……凛音お嬢様はいるはずだ!
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【今日の一問】
次は、木村心一のライトノベル『これはゾンビですか?』より、各巻に付けられた副題です。実際に存在するものを一つ選びなさい。
(ア)はい、魔法少女です
(イ)いえ、それは爆発します
(ウ)はーい、眠れる乳です
(私立高等学校入試問題より抜粋)
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【凛音ちゃんの回答】
(ウ)。
(イ)か(ウ)だと思い、迷いました。
【先生より】
これは引っかけ問題でしたね。正解は(イ)で、(ア)は『はい、魔装少女です』、(ウ)は『はーい、眠れるチチです』がそれぞれ正しい副題となります。主人公と個性的(?)な美少女たちによる支離滅裂で奇想天外な展開が人気で、バトルシーンやギャグ要素が満載です。凛音ちゃんの苦手なホラー要素はありませんので、敬遠せずに読んでみて欲しいです。




