表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/34

第二十七話 あしたなんかいらない

 俺は残りのわずかな時間を惜しむように、ひたすら『凛音お嬢様ダメ化計画』を推進した。




 そして――。

 いよいよ明日が試験日だ。




 こんこん。

 がちゃり。



「おはようございまーす、センセー」

「おはよう、凛音ちゃん」


 どことなく口調から品位が薄れ、若干フランクに、いや、むしろお年頃の女子高生らしい笑顔を見せる凛音お嬢様に明るく挨拶を返した。『凛音お嬢様ダメ化計画』は昨日までだったので、今日は元通り凛音お嬢様らしい清楚で可憐な恰好をしている。やっぱりこっちの方がずっといいや。



「いよいよ、明日ですね! 心の準備はいいですか、凛音ちゃん?」

「正直、ドキドキで胸いっぱいです……」

「ま、ここまで頑張ってきましたし、あとは本番でそれを出し切るだけです。リラックスしてくださいね」

「はい! ふー……すー……」



 多少大袈裟に見えるほど、大きな身振りで深呼吸をすると、それを無言で見守っていた俺の方を見た凛音お嬢様は、ぷっ、と可愛らしく噴き出してみせる。



「センセーの方がよっぽど緊張した顔してますよ?」

「え? あ、ああ、そうかもしれない。何たって、凛音ちゃんの将来がかかってるから――」



 あ、しまった、と余計なことを口走ったことをすぐさま後悔したが、凛音お嬢様は笑顔を崩すことなく静かに首を振ってみせた。



「大丈夫です。もし受からなくっても、それが今の私の実力なんですから……。た、高道様との婚約の件だって、もう私の中ではしっかりと受け入れていますので、どうか気になさらないでください」

「ん?」



 あれ?

 何か忘れているような……。






 そ、そうだった!!






 俺は『凛音お嬢様ダメ化計画』に没頭するあまり、凛音お嬢様のこれからの人生を左右する肝心な話をし忘れていたことを、今頃になってようやっと思い出したのだった。


「ご、ごめん、凛音ちゃん! 一つ、大事な話をしないといけなかったんだ!」

「え!? ……な、なんでしょうか?」

「婚約の話だよ! あれ、もし今回『宅検』に合格できなくても、もうしなくて良くなったんだ!」

「ほ……本当ですか……!?」

「ホントホント。凛音ちゃんのお父様にもきちんと納得してもらってるからさ」



 受け入れている、と口では言いながらも、やっぱり不安になっていたのだろう。一瞬にして凛音お嬢様の表情が一輪の花が咲くかのように、ぱあっ、とほころぶのを見ていたら嬉しくなってしまい、俺たちは手と手を取りながらその場で輪になりぴょんぴょんと跳ね回った。



「もう高道様との婚約話は反故になっていると思うよ。お父様とみこみこさんから確かにそう聞いているからね。これは絶対だ。良かったね!」

「はい! ………………あ」



 しかし、ぴょんぴょん、がいきなり停止したので俺だけつんのめりそうになった。

 凛音お嬢様は訝し気に眉をしかめて、考え込んでいる様子だ。



「ど、どうしたの、急に?」

「あ、いえ。婚約が破棄になったのは実に喜ばしいことなのですけれど……もしやお父様は、無条件でそれを承諾されたのでしょうか?」

「ははは。いやいや、さすがに無条件で、ってわけにはいかなかったよ」



 そこで俺は経緯を手短にまとめて説明することにする。



「お父様にはこう言ったんです。『もし凛音ちゃんが合格しなくっても、その時は俺が『オタク・カルチャー』の専属アドバイザーとしてこの世界に残りますから』ってね。もちろん、いつまでもずっと、ってわけにはいかないんだけど……。え? あれ?」



 どうしたんだろう。

 なぜか凛音お嬢様は、俺のセリフを耳にしても喜ぶ素振りをみせなかった。


 反対に、少し思いつめたような表情を浮かべている。



「そう……ですか。そうだったんですね……」

「ご、ごめん! 俺……勝手なことしちゃったのかな?」

「あ! い、いえいえいえっ! そういう……わけでは……なくって……」



 今度はびっくりするくらいの晴れ晴れとした笑顔を見せる。


 気のせい……だったのかな。



「なら、安心して明日を迎えられます! 私、精一杯やりますから!」

「ほらほら。そんなに気負わないで。リラックスだよ、凛音ちゃん」



 ふん、と鼻息荒くガッツポーズを取る凛音お嬢様の背後に回って、やたらとはりきってコチコチになった肩を優しく揉みほぐしてあげた。触れた途端、びくっ! と身体がこわばったが無理もない。良く考えたらこんな感じのスキンシップって、今まで一度もしたことなかったんだっけ。でも、これくらい大丈夫大丈夫。惣一郎氏も許してくれるだろう。きっと。



「あの……センセー?」



 肩越しに振り返った凛音お嬢様が俺を見つめた。

 マッサージが効いてきたのか火照ったような熱を帯びた視線だ。



「そういえば私、美琴さんにお願いしている物があったのを失念していました。代わりに預かってきていただけませんか?」

「えっ? いいけど……。呼べば来てくれるんじゃあ――」

「ほら、ご存知のとおり美琴さんも忙しい方です。済みませんがお願いできませんでしょうか?」

「ま、いいよ。もちろん」

「急がせて済みませんけれど、早速お願いします」



 人を使い慣れた風の他人行儀な凛音お嬢様のセリフにどこか微妙な違和感を覚えた俺だったが、そこまで頼まれればNOとは言えない。マッサージ終了の合図代わりに、ぽん、と凛音お嬢様の肩を軽く叩いてから、笑顔を見せて部屋を退出する。


 扉が閉まる直前に見えた凛音お嬢様の表情から、どこか決意めいたものを感じとった気がしたのだが、俺はあまり気に留めず、みこみこさん探しに出かけたのだった。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






「……あー。いたいた。おーい、みこみこさーん!」



 屋敷の中をうろうろとうろつき回り、それでも見つからなかったので離れの研究棟まで戻って、ようやっと見知った顔を見つけた俺は手を振り呼びかけた。おかげでずいぶん時間がかかっちゃったなあ。



「なんだ、宅郎?」

「なんだじゃないっす。あの、あれです。凛音ちゃんから頼まれた物があるって聞いたので」

「ん? 何の話をしている?」



 きょとん、とした顔だ。

 芝居にしては出来過ぎている。



「いやいや。それが何だか知りませんが、もう秘密にしなくっていいですよ。凛音ちゃんに代わりに受け取ってきてくれ、って言われたのでわざわざこうして取りに来たんですから」

「ま、待て待て! 話が見えないぞ?」

「だからですね――」



 もー、面倒臭い人だなあ。


 仕方なく溜息を一つ吐いてからもう一度繰り返そうとした俺の口を強引に塞ぐと、みこみこさんは血の気のない蒼褪めた顔でこう言った。



「わ、私は……何も頼まれてはいないぞ……? 一体、なぜ………………おい、まさか!?」

「んぐ……ぷはっ! なんなんすか、もう!」

「馬鹿者! お前もいいからついて来い! 大至急だ!」



 もー、訳が分からないよ!






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


【今日の一問】


 次は、島田フミカネ及びProjekt Kagonishの『ストライクウィッチーズ』より、登場人物の名前及び通称です。正しくない組み合わせを一つ選びなさい。


 (ア)宮藤芳佳 → ちびっ子

 (イ)坂本美緒 → サムライ

 (ウ)フランチェスカ・ルッキーニ → 黒い悪魔


          (公立高等学校入試問題より抜粋)


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






【凛音ちゃんの回答】

(ウ)。

(ア)と(イ)は合っているので消去法で選びました。






【先生より】

 正解です。問題の解き方のコツを掴んできましたね。良いですよ。ちなみにルッキーニは『フランカ』とか『ガッティーノ(子猫)』と呼ばれています。『飛行機の儀人化』ともいえる本作では、使役する使い魔の影響で耳と尻尾が生えるため、スクール水着に似たボディスーツのお尻の部分には穴が空けられています。『パンツじゃないから恥ずかしくないもん!』は名台詞と誤解されていますが、実際にはキャッチコピーの一つなので注意してくださいね。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ