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第二十四話 最後の『ワンピース』

 どんっ!



「お、おい宅郎。わ、私は、き、聞いてないぞ!」

「言ってませんからね。……って、このやりとり二回目っすよ、みこみこさん?」



 翌日、またもみこみこさんが昨日の話を聴きつけたらしく、いきなり俺の部屋へと雪崩れ込んできたかと思うと、いきなり壁ドンされた。つか、鍵かかってたよね? どうして開くのかな?



「お前が、凛音お嬢様の婚約者になる……だと……!?」

「だーかーらー! 俺、そんなの承諾してないですって! もし仮に受験に失敗しても、俺が専属のアドバイザーになれば、無理してキモオタと婚約しなくてもいいでしょ、って――」

「永久就職ってことか!」

「言ってねえっすよ!?」



 またみこみこさんの悪い癖だ。ちっともこっちの話を聞きやしない。


 あと近い。

 キスされそう。どきどき。



「ともかく! 俺は、凛音お嬢様なら絶っ対合格できるって信じてますからね! はじめから負けることなんて考えてないんで。もう、それで良いっしょ?」

「むー!」



 むふー! と甘い鼻息がかかる。


 かと思ったら、いきなり距離が離れて、ぷいっ、とむくれてそっぽを向かれてしまった。



「お前は狡い奴だ……。油断がならない。そんなあくどいアイディアを思いつくとは……」

「みんなのためですって。だって、嫌でしょ? あんなのを旦那様って呼ぶのは?」

「………………やだ」

「ほら、やっぱり」



 みんながハッピーになるためにはこれしかないんだってば。


 もちろんそれに気づいていないみこみこさんではないはずだ。渋々認めながらも、他の理由を探そうとしている。



「で、でもな……? さすがにこちらでの滞在期間が長期にわたると、同じ日には戻してやれなくなるんだぞ? それを知っても同じことが言えるのか? どうなんだ?」

「って言われても……。あっちで俺を待ってるのは、ブラックな生活と寂しいひとり暮らしの部屋だけっすよ。あ、あとフィギュアと大量に録画したアニメ……って、HDDの容量があああああ!?」



 しまったあああ!

 その問題があった!


 んぎぎぎ! と苦悶する俺をジト目で眺めつつ、みこみこさんは呆れた顔をする。



「はぁ……人の気も知らないで」

「え? 何か言いました?」

「いいや。何も」



 やれやれ、と首を振る。



「ま、凛音お嬢様にはお前から伝えるといい。婚約話については、したければしろ」

「し、しませんよ、そんなの。嫌がるじゃないですか、きっと」

「どうだかな」



 腕組みをして言い捨てる。

 なんかさっきからずっと怒ってるんだよなあ、みこみこさん。


 今度は俺が呆れた顔をする番だった。苦笑を浮かべ、なだめるように言い聞かせた。



「さ、さすがにないですって。凛音お嬢様はまだ十七歳でしょ? そりゃあ可愛いですよ? 嘘は言えません。でも……婚約とか、ましてや結婚なんてないっすよ。俺、二十八ですよ? 一〇歳も下って……」

「わ、私だって、お前より五つも上なんだが」

「見えないっすよ! 全然いけます! 超余裕です!」

「……遂にデレたか? そうなんだな!?」

「い、いやいやいや! デレとかではなく! そ、それよりも!」



 自分で自分の発した台詞の微妙さにまったく気づいてなかった。頬が熱い。

 は、早く話題を別のところに持って行こうそうしよう。



「もう残すところ数日なんです! でも、まだ何かやり残したことがあるような……!」

「お前、この前からずっとそう言ってるな。何が不安だ?」

「それが自分でもわからんのです。パズルのピースがあと一つ足りない、みたいな」

「ふうむ。最後の『ワンピース』か……」



 おかしい。やれることは全部やってきたはずだ。

 なのに、なぜ不安が消えないんだろうか。


 漫画は有名どころは一通り読破したし、アニメも観れるだけ浴びるように観た。コスプレもやったし、BLにもチャレンジして、今やどんな題材だってアテレコまでできるようになったじゃないか。


 もうこれだけできればオタクと名乗っても問題ないと思っているのに。

 あと、何が足りない?



「うーん……。うーん……」



 悩んで悩んで、さらに悩み続ける俺を見かねて、みこみこさんがストップをかける。



「待て待て。これ以上はさすがに厳しいだろう。お嬢様がパンクしてしまう。過積載だぞ?」






 ……ん?

 何か足りないんじゃなくって、何かを……減らす?






「そ、そうか! そういうことだったんだ! わかりましたよ、俺!」



 その時俺は、天啓を得た。


 一気に視界が晴れた気がして、勝手に盛り上がって、勝手にみこみこさんの手を取ってぶんぶん振り回し、嬉しさが有頂天でつい抱きつきそうになったところをすんでで堪えた。



「んなっ!? な、何が分かったのだ、宅郎? あ、あと……ち……近いの、だが?」

「今の凛音お嬢様に足りない何かじゃなく、今の凛音お嬢様に要らない物、ですよ!」

「なるほど! って何がだ!? あ、あと……その……つ、続きはしないのか? 終わりか?」

「は、はい?」



 なんでこの人、この一大事に、んちゅー! って顔してんだろうか。

 もう時間ないんだってばよ!



「えと……意味わかんないんで、後です後! それより凛音お嬢様のところに行かないと!」

「またか、またなのか!? くっ! この恋愛ゲー、壊れてる! バグってるぞ!?」



 そんな意味不明な叫びを上げつつ、ダッシュする俺を地団駄踏みながら追い駆けてくるみこみこさん。すっげえ器用。俺は振り返る間も惜しんで、背中越しにメッセージを投げつけた。



「凛音お嬢様から、大切なアレを奪い取らないと駄目なんだ! それがわかったんです!」

「では、私まで行かなくても……。んんんっ!? 今なんと言った、この鬼畜外道めえええ!」

「絶っ対誤解してる!?」



 背後に感じるプレッシャーが急激に膨れ上がる。

 抜かれる訳には……いかない!



「んごおおおおお!」

「なんとおおおお!」



 なんだ、このデッドヒート。


 僅差ながらも差されることなく無事逃げ切ってみせた俺は、一息吐く間もなく凛音お嬢様の部屋の扉に手をかけると、ノックもなしに一気に開け放った――。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


【今日の一問】


 北条司の『シティハンター』より、スイーパー『シティハンター』への仕事の依頼時には新宿駅東口にある伝言板に、連絡方法とある暗号を書くことになっています。次の中からその暗号として正しいものを一つ選びなさい。


 (ア)ABC

 (イ)BCG

 (ウ)XYZ


           (私立中学校入試問題より抜粋)


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






【凛音ちゃんの回答】

(ウ)。

(イ)は結核予防のワクチンだったと記憶しています。






【先生より】

 正解です。(イ)については説明の通りで、『オタク・カルチャー』以外の成績優秀な凛音ちゃんにはわかってしまいましたね。(ア)の『ABC』については、さまざまなところで手順・ステップを表すフレーズとして用いられることが多いです。『恋愛におけるABC』みたいな感じですね。先生の学生時代には、夏になるとファッション誌の表紙にこれがたくさん出没したものです。リア充爆発(略)。






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