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第二十一話 俺の教え子と同僚がアテレコするわけがない

 次の日は、少し長めな作品に挑戦してみよう、ということになった。



「おはようございます、センセイ!」

「おはようございます、お嬢様」

「おざっすー」



 俺だけ挨拶が業界人っぽくなってるのは単なるノリである。

 なんか気分だけでも売れっ子ぽくっていいよね。



「昨日一日やってみてどうだったかな、凛音ちゃん?」

「最初は緊張ばかりしてましたけど……実際やってみて、慣れてきたら面白いですね!」

「ねー。サポートしてくれてるエージェントさんたちも優秀で、うまいことエコーとかSEとかBGMとか入れてくれるもんだから、つい、こっちもノってきちゃうよね、ホント」



 カラオケボックスで似たようなコンテンツはあったけど、あっちは題材がアニメだったし、意外と難しくて手が出せなかったなあ。漫画の方がコマの進め方に自由度があるので楽な印象だった。



「自分が声を当てているのかと思うと役の気持ちも分かりますし、どういう性格でどういうセリフを言うのかも、以前よりずっと理解しやすくなりました。他のキャラもセンセイと御子柴さんの声なので馴染みがありますから、これなら視覚で読むだけより格段に覚えられますね!」

「視覚と聴覚、二つの感覚を使ってるから、記憶への刷り込みもしやすいんだ。……おっと」



 そうだったそうだった。



「みこみこさんも期待通りでしたよ! きっとやってくれると思ってました!」

「ん? そ、そうか? それは嬉しいな。好感度も上がったのだろうか?」

「そりゃもう。ぐーんと一気に」

「よーっし! 漲・っ・て・き・た・!」



 ……やる気出し過ぎです。



「じゃ、今日は何やってみます? 昨日は早く慣れるために四コマ漫画ばかりでしたからね」

「そうだな……さ、凛音お嬢様もこちらへ」

「はい! わ、私が選んでもよろしいのでしょうか?」

「うん。もちろんだよ。見てみて」



 三人揃って映像担当のパソコンモニターを覗き込みながら、ああでもないこうでもないと議論を交わす。凛音お嬢様の積極性は一層興味が増してきた証拠でもある。生徒の自発的なこういうところ、大事にしないといけないよね。



「えと、この『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』をやってみたいのですが……」

「おっと。意外なチョイス。あ……でも、アニメはまだ無理っすかね?」

「一部はすでに準備できているぞ。……ふむ、『俺妹』はいけそうだな」



『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』は、伏見つかさによるライトノベルだ。コミック化にアニメ化、果てはドラマCDやゲーム化までされている人気ラブコメで、俺も好きな作品の一つである。


 とあるきっかけから、スポーツ万能・成績優秀・読モもこなすギャル系の社交的な妹が実は『隠れオタク』だった、と知ってしまった平凡で平穏な生活を理想とするごく普通の兄が、今まで疎遠気味だった妹のために『オタク』世界に足を踏み入れるというのが物語の始まりだ。




 ある意味、物語の中での主人公の兄・京介の成長の仕方は、今の凛音ちゃんに近いともいえる。京介は『オタク・カルチャー』に対してそれなりの偏見を持っていたのでそこには多少違いがあるものの、今まで知らなかった未知の世界を辿り知っていく過程に関しては相通じるものがあるだろう。



「……ちょっと待ってください。『俺妹』ってことは、ハーレム展開っすよね?」

「何が不満か。男なら生涯一度は体験したい役どころだろうが?」



 そりゃ不満じゃないけどさ。

 そんなイケメン、できるのかな。



「つーか、女子キャラ多いっすね……。俺、女声までは無理っすよ?」

「ええい。そこはなんとかしてやるとも。ところで、凛音お嬢様はどの役をご所望で?」

「わ、私に合っているのは、麻奈美だと思うのですが……。ここは敢えて、メインヒロインの桐乃役をやってみたいと思っているのです」

「ほう」

「やる気だね」



 桐乃は勝気ないわゆるツンデレキャラだ。

 普段の凛音お嬢様と比べれば、最も遠い位置に存在するキャラでもある。


 ただ、だからこそやってみたい、というのは分かる気がした。鞠小路家の科学力と財力を駆使して揃えたこの盤石の態勢であれば何でもできそうな気がしてくるし、何より、今までの自分の殻を破って、別の自分を演じてなりきることができるのがアテレコの魅力でもあるからだ。



「ええと……さすがに残りの女の子キャラが多いなー。ま、みこみこさんなら素で沙織・バジーナはできるとして」

「んん~? 失礼でござるな、貴殿は」



 何だ、すでにできてるじゃん。しかも、瓶底ぐるぐる眼鏡を外したその正体は、超絶可愛い御令嬢なんだぜ。文句はなかろう。



「超最低限に絞ったとしても、麻奈美とあやせと黒猫の三人は兼役でお願いしないと駄目ですね。どっすか? いけます?」

「……莫迦言わないで頂戴。私の力をもってすればこんなもの何の問題もないわ」

「はいはい。できる、と。じゃ、やってみましょっか?」




 3、2、1、スタート。




 が、しかし、最初から苦戦しまくる俺たち。やっぱり当初に俺が抱いていた感想は正かったようで、漫画と違い勝手に動いていってしまうアニメは声を当てるのが非常に難しい。もちろんプロではないので口パクに合わないのは無理もないとしても、それでなくったって絵に追いつくだけで必死の有様だった。


 徹夜で文字起こししてくれた字幕テロップが表示されるタイミングを有能なエージェントさんたちが微調整してくれながら続けてみたものの、それでも難しいものは難しかった。緑の字幕は男キャラなので全部俺が読むことになるのだが、女キャラの方はもっとカオスだ。桐乃が学校に行くシーンだけで、あやせや加奈子といった友達がわんさか出てくる。リア充キャラなのだから仕方ないのだが、みこみこさんは大忙しだ。



「んぐ……これは……キツイな……」



 しばらくするとみこみこさんが弱々しく手を挙げ、休憩したいのだが……と合図を出した。


 昨日のアテレコでさすがに無理があると悟ったのか、今日はいつもの黒いスーツ姿じゃなくざっくりしたニットにスリムなジーンズとラフめな格好をしている。だが、それでも、ふーふー、と息を切らし、襟元をぐぐっと広げてぱたぱたと空気を送り込んでいた。あ、ブラ見えそう。見たい。くそ、見えねえ。


 じゃねえよ。


 俺は煩悩を振り払い、即座に冷えたミネラルウォーターを差し出した。だが、受け取るのも億劫そうだったので、きゅぽん、と蓋を開けてそっと口元に添え、飲むのを手伝ってあげた。



「す、すみません、御子柴さん! 私ばかり楽をしてしまって……」

「いやいや。凛音お嬢様が演技に集中できるのであれば、苦ではありませんとも。……んぐ」

「うん。みこみこさんは大変そうだけど、その分、凛音ちゃんが生き生き演じられるのであれば、やってもらった甲斐があるってモンだよ。実際、凛音ちゃんのツンデレキャラって新鮮だし、よく声も出てるもの。良い感じだよ」

「そ、そうですか……。良かった……!」



 こっちはこっちで照れたのか、頬をほんのり染め上げてもじもじし始めた。現実での俺もハーレムっぽい展開だなあ。つーか、慣れないことばっかりで、普段使ってない筋肉使ったみたいに妙に疲れるんですが……。




 とん、とん。

 とん、とん。






 ばし、ばし、ばしっ!






「ん? ……んなあああああ! み、みこみこさん、済みません!」



 飲ませっ放しだったのを忘れていた。みこみこさんが必死にタップしはじめたのでそのことにやっと気づき、慌ててペットボトルを引っぺがすと、若干涙目になったみこみこさんに、きっ、と睨まれてしまった。



「けほっ……ひ、ひどいぞ、宅郎……。そんなにしたら溢れてしまうじゃないか……すっかりぐちょぐちょだ。責任、とってもらうぞ?」

「ご、ごめんなさい! すっかり夢中なってしまって……」



 口元から溢れ零れた水でみこみこさんの胸元はびっちょりと濡れてしまっていた。女のエージェントさんが素早くタオル片手にささっと救出に入る。


 と、みこみこさんの顔に小悪魔めいた閃きが浮かび上がった。



「な、宅郎? 今のやり取り、ちょっとエロゲっぽくなかったか?」



 ……ん?


 溢れちゃう……ぐちょぐちょ……責任……言われてみれば、確かにそうとれなくもないやりとりである。と思った途端、唐突に頬が灼熱のごとく紅潮し始めるのが分かった。



「うむ。これは是非、録音して取っておこう」

「ちょ――! 消して! 消してください!」

「ふははは! そうはいかん! これぞ既成事実だ!」

「完っ璧、捏造じゃないっすか!? 消してえええ!」




 くっそ!


 俺の方が恥ずかしくなって真っ赤になるはずがない!






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


【今日の一問】


 次は、アニメ作品でアテレコを担当する声優の名前です。この中で『インテリ腹黒メガネキャラ』を担当する場合にもっとも適切な声優名を一つ選びなさい。


 (ア)梶裕貴

 (イ)石田彰

 (ウ)森久保祥太郎


          (公立高等学校入試問題より抜粋)


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






【凛音ちゃんの回答】

(イ)。

 この回答には少し自信があります。理由はお察しください。






【先生より】

 正解です。不思議なことに、一つハマり役があると、似たようなキャラクターの声を求められることが多いのが声優業界です。梶裕貴の場合には、若年齢の陽気で明るいキャラクターが多い傾向にあります。森久保祥太郎の場合には、チャラくてイケイケなキャラクターが多いですね。先生は森久保祥太郎の声真似が得意です。『なにぃ? 潰すよっ!』。……文字じゃ分かりませんね。






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