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第十七話 納豆は大豆には戻れない

 無事に(?)旦那様、奥様へのお目通りも済ませた俺は、さらに一層凛音お嬢様のオタク度を上げるため、次なる段階へと学習レベルを進ませることにした。




 BL(ボーイズ・ラブ)との邂逅である。




 俺自身、これはかなり危険な賭けだとわかっていた。何せ凛音お嬢様は、言っても最低限の知識武装を施しただけのオタク初級者である。まだドラクエで言うところの、ひのきのぼうになべのふた、ぬののふくという最弱装備で、素っ裸よりマシってだけの防御力しかない。


 だが、この夏休みが終われば、すぐにも『宅検』の受験日がやってきてしまう。


 一か八かの荒療治になるかもしれないが、ここらのタイミングでBLに出会うことで、多少なりとも免疫をつけておかないとこの先の学習は困難になる、そう思っての決断だったのだ。



「ええと……。心の準備はいいかい、凛音ちゃん?」

「ごくり。……は、はい!」



 とは言え、何せ相手は純真無垢な十七歳。極めて合法かつおとなしめな作品から体験していく必要がある。なので、僅かばかりの知識をフル回転させて俺がチョイスしたのは、初心者向けとしてふさわしいであろう『世界一初恋』だ。


 とは言え、『世界一初恋』のすべてに触れてもらおうとすると、漫画だけに留まらず、スピンオフの小説が二作あり、アニメもOVAを含めると四作もある。その漫画だけでさえ、当時十四巻発売されていたはずだが、教材としてここに準備された物を見る限り、結局完結するには二十一巻までかかったようだ。


 設定としては、要するにツンデレと俺様の王道。


 画風としては少女漫画系であり、内容は割と真面目な読み応えのあるお仕事漫画でもある。



「と言う訳で。あのー、い、一旦、俺は自分の部屋に戻ってるね……」

「ど……! どうしてですか!? 一人にしちゃ嫌です!」



 ……って言われてもだな。



「さ、さすがにね、BLを俺のいる前で読むのは厳しいと思うんですよ、凛音ちゃん」

「そ、そんな……っ! わからないことがあったらどうすればいいんですかっ!?」

「いやいや! いやいやいや! わかってます? これ、ボーイズ・ラブな訳ですよ?」

「はぁ」

「やっぱわかってないいい! 男の子同士がきゃっきゃうふふで、えっちぃ奴なんですよ?」

「で、でも……!」



 無理無理無理!

 頼りたいのに、超肝心な時に限ってみこみこさん不在だったりするのである。



「じゃあですね、凛音ちゃん」

「はい」

「それ、読み始めてから、五分経過したらもう一度聞きます。それでいいですか?」

「え――ええ! それでお願いします!」



 凛音お嬢様が頷いたのを確認してから、俺はささっ!と後ろを向いた。






 五分経過――。

 非常に長い五分間であった。






 さて……聞いてみようかな。



「で……どうします? 俺、戻ってもいいよね?」

「は……っ! は、は……い……。そうしてくださると……助かります……」



 たっぷりとした沈黙の後、実に申し訳なさそうな弱々しい掠れ声が背後から届いた。


 ですよねー……。

 俺は決して後ろを振り返らないようにして、研究棟の自室に戻って待機することにした。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






「おい宅郎。何をサボっているのだ? 凛音お嬢様の家庭教師の役目はどうした?」

「あー、みこみこさん。もー、もっと早く戻ってきてくださいよ。大変だったんですから」



 手持無沙汰で一人休憩スペースでちびちびと圧縮パック入りのジュースなんぞを飲んでいた俺の前にみこみこさんが現れたので早速愚痴りつつ、空の容器を出すとシュートに放り込んでからみこみこさんの抱えている大荷物を半分引き受けてあげることにした。中身はきっと追加でお願いしておいた教材か何かだろう。


 肩を並べて歩きながら会話の続きをする。



「荷物、済まんな。……で、何が大変だったのだ? このサボり魔め!」

「サボってなんかないっすよ。今、凛音お嬢様にはBLの世界を体験してもらってるんです」

「び、BL!?」



 ぶふーっ! と噴き出したみこみこさん。

 軽く咳払いをして呼吸を整えると、恐る恐る俺に尋ねてきた。



「ほ……ほう? ずいぶんと思い切った方法を取ったな。……だ、大丈夫なのか?」

「正直、わかんないっすね。どういう化学反応が生まれるのか。でも、これは賭けなんすよ」



 残り時間が少ないことはみこみこさんも十分承知しているはずだ。この状況下では、多少の、いや、かなりのリスク含みであってもギャンブル要素は必要悪とも言える。すべて納得――とはいかないが、渋々うなずいてくれた。



「ううむ。まあ確かに、お前が付き添いの状態でBLを読むのは、さすがの私でも嫌だな……」

「でしょ? でも、なかなか納得してもらえなくて――」

「仕方ない。凛音お嬢様にしてみれば、未知の世界だからな。不安もあるのだろうさ」

「だから、せめてみこみこさんがいてくれたらって思いまして」

「私だったら、同性がいる方がよっぽど気恥ずかしいぞ? 女心のわからん奴だな」

「へーへー。済みませんねー、鈍感でー」



 そんな会話をしつつ、教材をしまってある御屋敷内の部屋へと向かう。


 その途中、凛音お嬢様の部屋の前を通ることになるのだが――。

 ぎくり、と足を止めたみこみこさんは俺に尋ねた。



「……ちょっと待て。お前が離席してからどのくらいの時間が経過している?」

「うーん。ざっと二時間くらいっすかね」

「ここらで一旦、凛音お嬢様の様子をうかがった方が良くないか?」

「……ですね」



 俺に代わりみこみこさんが、失礼します、と一声かけるが返事がない。


 開けてみると――。



「ま、まずいぞ、宅郎! 凛音お嬢様が真っ赤になって倒れている! お前も手を貸せ!」






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


【今日の一問】


 次のうち、オタク用語の組み合わせとして正しいものを一つ選びなさい。


 (ア)攻め×受け

 (イ)オタク×腐女子

 (ウ)撮り鉄×乗り鉄


          (私立小学校入試問題より抜粋)


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






【凛音ちゃんの回答】

(ア)。

 理由は聞かないでください。






【先生より】

 正解です。理由は問わないという約束なので、ここは華麗にスルーします。それよりも、この問題が私立小学校の入試問題であることの方に先生としては大いなる疑問と恐れを抱きました。小学生のうちからBLへの理解がある方が将来に不安を感じるのですが、おかしいのは先生の方でしょうか……。






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