第一話 未来の国からはるばると
オッス!
オラ、ブラック企業に勤めるサラリーマン、多田野宅郎、二十八歳!
ひゃー!十九連勤とかマジで死ぬかと思っちまったぞ!
……とか言ってる場合じゃねえだろ悟空。
先々週の月曜から金曜日の今日まで休みなしとか、ホント、ウチの会社黒いっす。漆黒。
二度の土日も、クライアントのイベント出店の設営手伝いとか言って出勤余裕でした。マル。
さっきも、飲み会行くぞー!って突如叫び出した課長の魔の手から『にげる』連打するのに必死だったぜ。この状況でチューハイ一杯でも呑まされようものなら死ねる。即落ちしてパイプオルガンの音色とともに再び無人のオフィスに送還されるか、大して仲良くもない同僚ん家のベッドで素っ裸で朝チュンとか。とにかくロクな運命しか待っていなかったのは確定的に明らか。
んなワケで。
「我が家だー……。床冷たい……うふふー……」
地獄の帰宅ラッシュに朦朧となりつつ、玄関開けたところに無様に倒れ込んで、絶賛独り暮らしの我が家のツンデレな温もりを堪能しているところだ。倒れた拍子に手に下げてたコンビニ袋の中身がどばーっと散乱したが気にしない気にしない。せっかくレンチンした弁当の熱が徐々に失われていくが気にしない気にしない。
明日は休みだ!
明後日も休みだ!
「明日は何しよっかなぁ……。溜めに溜めてたアニメを観るか……。いや、否!」
そうだ、アキバ行こう。JR東日本。
天気予報では明日はハレ晴レユカイ。この時期、アキバを徘徊するのは大汗必至だが、だがそれがいい。つーか、オタク成分補充しないと、僕もう死んじゃう。
『とら』行って新刊チェックして、『メロン』行ってえっちな本をぐふふふ眺めつつ、一ポンドステーキ喰って腹ごなしに『レジャラン』行って音ゲーなんぞやったりして、隙を見てメイド喫茶で一休みしてから『ソフマ一号館』でエロゲ新作を吟味してもいい。あとは自由演技で裏通りを足が棒になるまで無意味に練り歩く――。
うん。それください。
「よっし! そうと決まれば……! むにゃむにゃむにゃ……」
そして、そのままの態勢で見事に寝落ちした訳ですわー。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
朝――。
「はっ! す、済みません、マネージャー!……って、焦ったあ……」
社畜体質というのは実に厄介なものっすね。かけてもいない目覚まし時計が六時きっちりを指した瞬間に脊髄反射で起きちゃった俺。そのくせ、ちゃんと目覚ましをセットすると必ずと言っていいほど寝坊するのはなぜなのか。俺は例の『機関』の仕業ではないかと疑っている。仕方がない、何とかしてみせるさ。エル・プサイ・コングルゥ。
「やっべ、玄関で寝落ちかよ……。出かける前にメシ喰ってシャワーでも浴びないと」
もちろん、買ってきたコンビニ弁当はすっかり冷えていた。
『衣・食・住・オタク』の中からどれかひとつを選べと言われたら、迷わず『オタク』を選ぶ俺であるからして、ワンルームの我が家にはパソコンやブルーレイレコーダーはあっても、電子レンジなどという画期的なシロモノはないのであった。
だって、コンビニにあるじゃん?
無料で使い放題じゃん?
……ま、すっかり冷えちゃってるんだけどね。
冷たいままの弁当をもそもそと口に運びながら、すっかりよれよれになったスーツとシャツを脱ぎ脱ぎして、ハンガーに掛けてシュッシュッとファブっておく。そろそろクリーニングに出す時期かもしれないな。出かけるついでに出しておこうと心に刻む。
いくら俺がコミュニケーション下手なオタクとはいえども、陰でこそこそスメハラ扱いされたらさすがに心が死ぬ。それに、そもそも職場でのオタバレはまだしていない。これからも、身も心も清いオタクのままでいたい俺なのである。
喰うものをさっさと片付けて、狭いバスルームに飛び込んで熱いシャワーを浴びた。もうすっかりウキウキで、訓練の末出せるようになった自慢の裏声で「あたしの歌を聴けー!」とか叫んでみたり。完全なる近所迷惑。途中、「キラッ☆」ってポーズを決めた瞬間に滑ってコケそうになった。危ない危ない危険が危ない。危うく意識だけ星間飛行するとこでした。
「さて、と」
髪型オッケー。
服装オッケー。
所持金オッケー。
「い・く・ZE!」
がちゃっ!
「……多田野宅郎だな?」
「だ、誰デスか、あんたたちは!?」
玄関開けたら二秒で黒服。
見分けのつかないクローンもどき五名が勢揃いしてた。
後ろの方にいたひとりが、見たこともない透明でやたらデカいスマホみたいな奴を俺に向けてかざし、上から下までそいつを使ってたっぷり舐めまわすように視姦された。かと思ったら、神妙な面持ちでうなずいた奴が、重々しく渋い声でこう告げるのを耳にした。
「本人適合率一〇〇パーセントです。多田野宅郎、本人と認めました」
「そうか。なら早速始めよう」
あ。
これ、MIBで見たことある。
確か『ニューラライザー』とかって名前のペン型の――。
ぱしゅっ!
次の瞬間――。
超絶浮かれていた俺の意識は、ぷつり、と途切れてしまったのだった。