第62話【魔の終わり】
イージスがズネーラに勝利したその頃、 勇者バアル達は魔王を倒すべく魔界の入り口があるというカロスナへ向かっていた。
「ここのはずだ……」
(座標ではここで合っているはずだ……)
バアル達が辿り着いた座標の場所はカロスナの中央広場である。
街では既に勇者達の旅立ちを聞きつけて人が集まっていた。
『勇者様がいよいよ魔王に挑むって本当か! 』
『お願い勇者様、 魔王を倒して世界に平和を……』
誰もが勇者の勝利を願い、 平和を求めた。
(……平和……か……皆はまだ知らないんだったな……)
そう、 魔王を倒したところで真の平和が訪れる訳ではない……そして……ゼンヴァールの存在が真の悪であるということを人々はまだ知らない……
人々の事を案じながらもバアルは広場の真ん中で剣を突き刺した。
すると剣を突き刺した地面から光が溢れ出し、 辺りのレンガが宙に浮き、 円型のアーチのような形に集まり出した。
そのアーチの中に光の膜ができ、 ワープゲートが完成した。
「……よし、 行くぞ! 」
『はい! 』
そしてバアル達はゲートの中へと入っていった。
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裏世界……
そこは人間は愚か、 通常の生物も存在しない……辺りには魔族、 悪魔……凶暴なドラゴン等しか存在しない。
「……遂にここまで来てしまった……もう後には引けない……」
バアル達の視線の先には魔王がいる城があった。
バアル達は途中で邪魔をしてくる魔物達を倒し、 城へ向かった。
(魔王を倒せば後はイージス様がゼンヴァールを倒してくれるはずだ……)
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数時間にも及ぶ格闘の末、 バアル達はいよいよ魔王の城へ着いた。
しかし城には警備は一人もおらず、 静まり返っていた。
「……何だ……やけに静かだ……」
「四天王がいるはずなのに……城の前で一人も警備していないなんて……」
「何かおかしいですよ……」
警戒しながらもバアル達は城の奥へと進んでいった。
…………
その頃、 魔王の城の玉座の間にて……
「……来たようだな……勇者……」
玉座に座った何者かがバアル達を待っていた。
そして……
「魔王、 どこだ! 」
部屋の大きな扉を勢いよく開け、 バアル達が飛び込んできた。
「バアル、 あれ! 」
セレルが指さす方向にいたのは……
「この時を待ちわびたぞ……勇者よ……」
全身に貴族のような黒い服を身に纏い、 片手に黒い木のような大きな杖を持った人型の黒い霧のような魔物だった。
顔は全体的にはっきり見えず、 目の部分に赤い光だけが見える。
その視線を合わせようとすると全身に寒気が走る。
「お前が……魔王……」
「そうだ……我こそは魔王軍の頂点にして魔の王……魔王 ニヴァである……」
「今日で終わりだ……魔王……」
バアルは剣を構えるとニヴァは黒い霧になり、 バアル達の背後へ移動した。
「まぁそう慌てるな……その様子ならもう一人の英雄から真実を聞いているのだろう……」
「! ……もう知っていたのか……イージス様のことも……」
バアルは一度剣を下ろし、 魔王の話を聞くことにした。
そして魔王は話した……自身の歩んできた生い立ちを……
「我も……元よりゼンヴァールの事など知らなかった……ただ世界を巡って邪神軍と争うのみだった……だが……今から300年以上も前、 ガインと直接出会って我の運命は大きく変わった……」
「……どういうことだ……」
するとニヴァはバアル達の方を向いた。
「ゼンヴァールの存在を知ったのだよ……ガインはゼンヴァールに対抗するための手段をかの英雄、 ダイアと共に考えていたのだ……それを知った我は……ダイアと共に、 ゼンヴァールと戦ったのだ……」
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今から300年以上も前の昔……
ゼンヴァールの軍団との戦争は激化し、 世界は火に包まれた……
世界のいくつもの国が滅び、 犠牲者は億にも上った……
何もかも絶望に包まれた世界……そんな中でも魔王軍はガイン、 ダイアと共にゼンヴァールに戦いを挑み続けた……
「もはやこのままでは世界は滅びかねない……ダイアでも討つ事が叶わぬと分かった今、 あの手段を使う他は無い……」
追い詰められていたニヴァ達は最後の手段に出る。
それは剣の力を持つダイアの命を代償とし、 ゼンヴァールの軍団を天界なる光の空間へ封じ、 地上と天界を完全に分断する空間結界を作ることだ。
ゼンヴァールの軍団と共に疲弊しきっていたニヴァ達はチャンスは今しかないと判断し、 ゼンヴァールの封印を決行したのだ。
「行くぞ……ガインよ……」
「……あぁ……」
そして英雄 ダイアの犠牲を持ってゼンヴァールの軍団は封印された……
その後、 魔王軍と邪神軍により世界中の人々からゼンヴァールの記憶は改ざんされ、 当時の悲劇を世界を襲った大災害として片づけられた……
そして人々は魔王軍、 邪神軍こそが世界の悪とし、 恐れるようになった……元の両軍の正しい在り方として……
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「これが我が憶える世界の真実だ……あれ以来、 我は結界を維持するために代々受け継がれてゆく勇者達を退けてきたのだ……」
「……」
ニヴァの話が終わる頃にはバアル達は完全に武器を下ろしていた。
それを見たニヴァは再び黒い霧となり、 玉座の方へ戻った。
「話は変わるが……我はこの300年もの間考えたのだ……本当の害悪というのは何なのかを……だが考えれば考えるほど答えは人間に辿り着いてしまう……」
「……何を言いたい……」
「考えてもみろ……人間はこの世界で何をしてきた……罪も無い心優しい異種族を奴隷として扱い、 迫害……挙句には戦争までも始める始末……我らが何をした? 異種族たちが人間達に害を為したことがあったか? 人間共は己の自己満足のために自らと違う者達を魔と称するようになり、 自らの行動を正当化した……それを我らにとって害悪と言わず何と言おう……」
ニヴァの言葉にバアル達は遇の音も出ない……
(ニヴァの言うことに間違いはない……確かに俺達人間は自分達とは違う種族達を魔物と勝手に呼ぶようになった……それを勝手に全面的に否定し、 彼らを全て滅ぼそうとしていた……罪無き、 心優しい者まで……)
そう考えていたバアルにニヴァは言った。
「……だが……我は今一度、 人間の心に賭けてみたいと思うのだ……人間は皆汚れた心を持つ者だけではないということに……」
「……」
「英雄 ダイアを見た時……我は人間の持つ優しさを知った……魔族である者達を信頼し、 背中を預けるその姿に……そして今、 ダイアを受け継ぐ英雄が再び現れた……」
するとニヴァはバアルの目の前に歩み寄った。
「……ガインがいなくなった今、 ゼンヴァールを止められるのはかの英雄しかいない……我はその英雄に……今を生きる人間達に……賭けたい……希望を……」
そう言うとニヴァはバアルに胸を差し出した。
(魔王が……命を差し出した……? )
「……本当にいいのか……? 」
「もはやこの世界に我は必要ない……配下も皆いなくなった……我に残されたのは死のみ……さぁ……」
ニヴァはその言葉を最後に黙り込んだ。
バアルは何も言うことなく剣をゆっくりとニヴァの心臓に突き刺した。
すると剣を突き刺した部分から光が漏れた。
「……我が消え、 表の世界に戻ったなら……一早くその場から逃げろ……後はかの英雄がやる……」
そう言い残すとニヴァは黒い霧となり散開してしまった。
ニヴァが消えた後、 魔王の城は崩れ始めた。
「城が……! 皆、 逃げるぞ! 」
バアル達は慌てて城から脱出し、 ワープゲートの場所まで戻った。
ワープゲートの所まで戻った時、 バアル達は城の方を見た。
城はあっという間に廃城となり、 さっきまでの禍々しい雰囲気が消えてしまった。
「魔王ニヴァ……まだいくつか聞きたいことがあったんだが……」
「バアル……行こう……」
そしてバアル達はワープゲートをくぐり、 表の世界へ戻った。
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バアル達が去った後の裏世界にて……
裏世界の上空が段々と渦を巻くように雲のようなものが集まってゆく……
すると渦の中央から何者かが降りてきた。
「……裏世界か……久しいな……ということはニヴァは死んだのか……」
降りてきた何者かは元魔王の城の所へ降り立った。
「……では……『再開』するとしよう……」
『世界の全てを……絶望に……』
…………
その頃、 表世界では……
ワープゲートは歪み、 そこからバアル達が出てきた。
「戻ってきたか……そうだ、 早く住民達を避難させないと! ニヴァの言っていたことの意味は分からないが……とにかくここは危ない! 」
「そうですね、 ここは分かれて避難指示をしましょう! 」
そしてバアル達はそれぞれに分かれ、 街の住民達の避難を促すことにした。
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カロスナのギルドにて……
「皆! 今すぐこの街から避難しろ! 」
バアルがそう言いながら飛び込んできた。
バアルの姿を見た冒険者達は驚いた。
『勇者様だ……』
『勇者様が帰ってきたぞ! 』
バアルの帰還に歓喜を上げる冒険者達を余所にバアルは受付の方へ駆け込んだ。
「ここにいては危ない! 早く避難指示を! 」
「ま、 待って下さい! まず事情を……バアル様は二週間もの間裏世界に潜っていたんですよ? その間に一体何があったのですか? 」
「に……二週間! ? 」
そう……バアル達が裏世界へ行っている間、 表の世界では二週間が経過していたのだ。
(まさか……そんなに時間が経っていたなんて……)
バアルは少し動揺したがすぐにニヴァのことを思い出し
「……ギルドマスターと話をさせてくれ……緊急なんだ……このままでは皆危ない……」
そしてバアルはギルドマスターと話をすることにした。
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ギルドの応接間にて……
「……勇者バアル……二週間前に裏世界へ行ってからようやく帰ってきたと思えば……いきなり避難指示を要請するとは……一体何があった……」
ギルドマスター デルダ、 カロスナのギルドの管理をしている世界中に存在するギルドマスターの一人……通常人間である他のギルドマスターとは少し異なり、 人間ではなくダークエルフの女性……異種族である。
「俺はこの前……イージス様から世界の真実を聞いた……真の敵は魔王軍でも邪神軍でもないと……」
「イージス様と聞くと……あのメゾロクスの……? 」
バアルは一から順にデルダに真実を話した。
真の敵は何者であり、 絶望の元となっている存在は何なのかを……
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「……なるほど……イージス様が言っているのであればそれは真実なのかもしれないな……だが……魔王の逃げろという言葉を君は信じるというのか? 」
「確かにいかれてるかもしれない、 だがイージス様の話を聞くに魔王の言葉も信じない訳にもいかないと思ってしまうんだ……」
「だが魔王は今まで多くの命を奪ってきた……その歴史を知らない訳ではないだろう……そんな魔王をいきなり信じろと言われてもな……」
(もっともだ……魔王は今まで多くの人々を恐怖へ落とし入れてきた『悪』の一人……そんな者を今更信じろなんて無理な話だ……)
デルダの意見に間違いは無い、 『悪』を信じるというのはそう簡単なことではない。
今まで積み重ねられてきた人々の恐怖心が魔王への不信感を増幅させているのだから……
(……だが、 人々を守るのが勇者の役目……ここで引いたら終わりだ)
「……そうだ……あなたの言うことは正しい……しかし、 俺は見たんだ……魔王は最後、 ゼンヴァールを倒してくれるという英雄を信じたんだ……敵である俺に命を差し出したんだ……そんな奴が……本当の『悪』と呼べるのか……? 」
「……」
「魔物と一緒に差別される心優しい異種族達の為に『悪』となり、 人間と戦った魔王は……最後、 敵である人間を信じた……今を生きる人間達に賭けたんだ……」
するとバアルはデルダに頭を下げた。
「頼む……住民に避難指示を……」
デルダは少し黙り込んだが
「……今の言葉、 魔王の言葉ではなく勇者バアル、 君の言葉として受け取る……それでもいいな……」
「あぁ、 自分の言葉には責任を持つ……」
バアルがそう言うとデルダは通信魔法で受付に連絡した。
「私だ……早急に街の全員に避難指示をしてくれ……勇者バアルが危機を知らせている……」
連絡が終わるとデルダは席を立った。
部屋を出る時、 デルダはバアルに言った。
「言い忘れていた……勇者バアル……魔王討伐、 ご苦労だったな……」
そしてデルダは部屋を後にした。
(……皆の所へ行こう……)
バアルも席を立ち、 部屋を後にした。
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続く……