第59話【竜の戦士の夢】
シードゥーにてミーナと分かれたヒューゴとザヴァラムは二人で街を観光していた。
「……」
「……」
(気まず……! ! )
ヒューゴがそう思っているとザヴァラムが話し出した。
「あなたはいつも……私のことをどう思っている? 」
「え……そりゃあ……尊敬できる師匠? 」
「……本当にそうかしら……」
ザヴァラムはヒューゴの前世を聞いてからずっと思っていた。
ヒューゴは自分を殺した祖父のことを恨んでいないのか……また、 その祖父の孫であるザヴァラムを良くは思っていないのではないかと……
竜の戦士……グレア……彼は私の祖父を恨んでいるはず……夢も果たせず、 最強でもない祖父に殺され……挙句には生まれ変わっても尚、 その祖父の孫である私と旅をするなんて……
「……私があなたなら……もう一緒に旅なんてできない……どうして躊躇も無く私がいるこのパーティと一緒にいられるの? 」
「……」
するとヒューゴは黙って街の高台で夕日を眺めた。
「……答えて……私には分からないの……なぜあの時から……真実を知っても尚も、 私達と旅をできるの……? 」
ザヴァラムが聞くとヒューゴは持っていたアイスを口に運びながら答えた。
「何でだろうな……そんなの大昔の俺に聞いてみねぇと分からないですよ……」
「……祖父は彼が死ぬとき、 彼はとても悔しそうに散っていったと言っていた……前世の力を取り戻した今、 少なくともあなたには彼の感情が流れ込んできたはず……」
私が彼なら……きっと殺したいほど憎んでいた……恐らく人間なら尚更そのような感情は芽生えるだろう……
人間の事は良く知らないザヴァラムは人間の黒い感情しか知らない故、 そのような考えしか思い浮かばないのだ……
しばらくしてヒューゴは言った。
「確かに……前世の俺が悔しい思いをしながら死んでいったのは事実です……でもそれ以上に憧れの感情の方が強かったな……」
最強の竜の戦士……そんなのはおとぎ話でしか存在しない……あらゆるドラゴンをもろともせず、 立ち向かう勇気を持つ……その勇気は勇者にも劣ること無く、 世界最強の戦士の一人……だがその道は過酷を極め、 覇龍族の王を倒し、 認められなければいけない……グレアはそんな誰もが不可能と言うまでの道に挑み、 死を前にしてもその夢を諦めなかったのだ。
夢……か……
ザヴァラムは何か夢を追うという感情を抱いたことがなかった。
「憧れというのは……憎しみをも越えるのか……? 」
「さぁなぁ……俺、 難しい事はよく考えられない奴だし……」
「……」
するとアイスを食べ終えたヒューゴはザヴァラムの方を見た。
「ただな……例え前世の俺がザヴァラムさんの爺さんに殺されていたとしても……俺は覚えてねぇし、 今がとっても楽しい! それに今の俺の憧れはよ……」
「ザヴァラムさん、 貴女だ」
「……」
人間というのは本当に不可解な生き物だ……弱く、 儚く……そして醜い……なのに……時として美しく見える時がある……
「思い出した……祖父は死ぬ前……こんなことも言っていた……」
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ザヴァラムが幼少期の頃……
「ザヴァラムよ……今後、 お前の人生に……いつしかグレアの生まれ変わりが関わってくるかもしれん……」
覇龍族の里が見えるあの崖の上でザヴァラムの祖父は話した。
「グレアって、 お爺様が倒したと言ったあの人間ですか? 」
「左様……彼の夢は何だったかは、 前に話しただろう……」
するとザヴァラムの祖父はザヴァラムの頭を撫でる。
「最強の竜の戦士となる……彼は死しても尚、 その夢を諦めなかった……彼は再び我が一族の前に現れる……」
「その時は私が彼を殺せばいいんだね? 」
無邪気な声でザヴァラムが言うとザヴァラムの祖父は笑った。
「はっはっは……次は違うさ……お前が彼の夢を叶えてやるのさ……」
「え? 」
ザヴァラムは祖父の顔を見上げる。
しかしザヴァラムから見て祖父の顔は太陽の光で良く見えなかった。
「儂は彼の夢を潰すが如く殺してしまった……だが今の時代になり、 儂はこの数千年を経て……初めて人の持つ美しさというのを理解した……」
ザヴァラムの祖父はザヴァラムの方を見降ろした。
「お前が……儂の成し得なかったことをするのだ……」
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「人間の美しさは……夢を追うその姿にあるのだ……と」
「爺さんは既に分かってたんだな……」
するとザヴァラムはおもむろに自分がいつも使う大剣の一本を出した。
「ヒューゴ、 私は今まであなたの姿を見て思った……あなたは生まれ変わっても尚、 その心に勇気を抱き続け、 立ち向かい、 最強を夢見てきた」
ザヴァラムはそう言いながらヒューゴの前に大剣を差し出す。
「あなたには……最強という名に恥じぬ心を持つ戦士だと私は今の言葉を聞いて実感した。 よってあなたを……千竜騎士としてこの剣を授けよう」
「うぇっ! ? そんないきなり……っていうかいいのかよ……そんな大層なものを俺なんかに……」
ヒューゴがそう言うとザヴァラムはフッと笑った。
「覇王龍であった私に一度攻撃を命中させたんだ、 誰も文句は言わない……それとも師匠が認めるのにそれを拒むと? 」
「……そっか……ザヴァラムさんが言うんだ、 その誠意は受け取らないと無礼ってもんだな……」
そしてヒューゴはザヴァラムの剣を受け取った。
竜騎士、 それはドラゴンの中でも最強とされる種族、 覇龍族にしか与えることのできない職業……そしてその覇龍族の中でも最強とされる龍の頂点に君臨する龍、 覇王龍に認められなければ……例え覇龍族の者がその職業を与えたとしても本来の力を引き出すことはできない……
しかしヒューゴは今、 覇王龍を超える者……覇神龍 ザヴァラムによって竜騎士の称号を与えられたことにより、 更なる頂点に君臨する竜の戦士……千竜騎士となった。
「……ありがとう、 ザヴァラムさん……これで前世の俺の夢が叶った気がするよ……」
「その剣で更なる夢を叶えるといい……」
お爺様……貴方との約束……今ここで果たせたでしょうか……
するとヒューゴはザヴァラムの剣を見ながら言った。
「俺……もう一つ夢ができたよ……ザヴァラムさん」
「……何だ? 」
「俺はこの剣でイージスさんと一緒にゼンヴァールを倒して、 世界一の英雄の一人になる! 」
それを聞いたザヴァラムは嬉しそうな表情をした。
その時、 初めてザヴァラムはイージス以外の人間に優しい表情をした。
「……愛する者も守りたいんでしょう? ならそれも言えばいいのに……」
ヒューゴは顔を真っ赤にした。
「い……いつから! ? 」
「……さぁ? 」
そう言うとザヴァラムはヒューゴに背を向け、 歩き出した。
「ちょっ、 ザヴァラムさん! ミーナちゃんには言わないでくれよ! ? 」
ヒューゴは後を追いながらザヴァラムに言った。
そんなやり取りをしながら二人は再び街の観光を始めた。
…………
その頃、 メゾロクスにて……
守護者達はいつものように各々の仕事をしていた。
「今日も以上は無しか……」
ガムールは街の巡回をしていた。
すると突然ガムールの上から暴風が吹き荒れた。
「……この気配……ようやく現れたか……」
ガムールの前に現れたのはズネーラだった。
「王族集会以来だな、 ガムールよ……」
「……既に空間遮断の結界を張っているか……」
「その方が都合が良かろう……」
するとガムールは剣を抜いた。
それと同時にズネーラは自身の周りに複数の剣を出現させ、 その内の一本を手に取った。
二人は構えを取った。
「……再びようやくこうして会うことができた……ダイア様とクローロの悔い……ここで晴らさせてもらう! 」
「……そう言うと思って我から来てやったのだ……来い……」
そして次の瞬間、 二人の姿が消え……辺りに激しい金属音と衝撃波が発生した。
時々チラホラとガムールとズネーラの姿が見える。
(ここは空間が遮断された世界……他の守護者も呼べない……だが逆にそれでいい……これは俺と奴の戦い……誰にも邪魔はさせない……! )
ガムールがそう考えているとズネーラは言った。
「……そんなことを考えている余裕は無いのではないか……? 」
「……貴様こそ……」
するとズネーラは一度に五本の剣をガムールに飛ばした。
ガムールは剣を一瞬で弾く。
「その剣はクローロの腕を斬り落とした剣だ……お前の腕も斬り落としてやろう……」
「そう簡単には行かぬ……! 」
ズネーラは両手に剣を構え、 ガムールに突っ込んだ。
両者の剣はまるで絡み合うリボンの如く残像を作りながらぶつかり合う。
しばらくするとガムールの体には所々傷が入っていった。
「疲れが出ているのではないか? 老いるのは本当に嫌なものだな……」
「うるさい……例えどんなに傷つきようと、 貴様だけは倒さなくてはならぬ! イージス様の為にも! 」
「悪いがここで長く貴様に付き合ってやれる程暇ではないのだよ……ゼンヴァール様がこの地へ降り立つまでに我々が準備をしなくてはならぬのでな……」
そして二人は剣のぶつかり合った勢いで後方に弾かれた。
「では決着をつけてやる……貴様といつか戦うと思い、 この技を練習していたのだ……」
するとガムールは剣を鞘にしまい、 態勢を低くして構えた。
それと同時にガムールの周りには黒いオーラが出てきた。
「ほう……その構え……かつてダイアも使っていたな……」
そう言うとズネーラは両腕を広げ、 剣を垂直に立てて構えた。
しばらく二人は沈黙した。
そして数分が経過したその時……
「……ッ! ! 」
ガムールは姿を消し、 ズネーラの背後を取った。
「うおぉぉぉぉッ! ! 」
次の瞬間、 ガムールは低い体勢のままズネーラの背後から目にも留まらぬ速さで通過した。
ガムールの剣はいつの間にか抜かれており、 剣は天に向いていた。
しかし……
「……ふむ……中々の威力と精度だ……まともに食らっていれば我の体は縦に真っ二つだっただろう……だが惜しかったな……」
ズネーラは剣を自身の背中で交差させ、 防御したのだ。
ズネーラの剣は刃こぼれしかしていなかった。
「……くそっ……! 」
ガムールは再び構えようと振り向いた瞬間、 ズネーラの剣がガムールに向けて飛んできた。
ガムールは剣を弾くとズネーラは新たな剣を持ってガムールの目の前に距離を詰めてきた。
「……百連斬……」
次の瞬間、 ズネーラは両手の剣を振り下ろした。
振り下ろしてから時間差でガムールの体は吹き飛んだ。
ガムールは地面に転がり、 倒れた。
ガムールの体には無数の切り傷があった。
「う……ぐ……」
「……」
ズネーラはガムールの側に寄った。
「前よりかは楽しめたぞ……だが力不足だ……この技を防げないようでは我を殺すなど夢のまた夢だ……」
「……俺の負けだ……殺すなら殺せばいい……」
「否……お前はもう殺さん……」
そう言うとズネーラは剣をガムールの目の前に突き立て、 背を向けた。
「以前の貴様が敗北した時点で……お前は当に死んでいる……」
「ガムールは死んだ……」
そう言い残し、 ズネーラはガムールの前から立ち去った。
ガムールは何も言えず、 その場で倒れていた。
「ガムールは死んだ……か……」
生きろ
ガムールはズネーラの言葉に……その意味を感じ取った。
ズネーラは自らを残虐無慈悲な悪と言いながらも、 ガムールを生かしたのだ。
続く……